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毎朝満タンのトラックで、異世界をゆっくり走る。  作者: たむ


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19/20

減らさないという選択

無限を持つ者にとって、最大の勇気は使わないことだ。これまで彼は量を調整し、線を引き、非常時には解禁もした。だが今、彼の中で別の恐れが膨らんでいる。補充の代償が自分の記憶なら、使うほど帰り道が薄れるかもしれない。村々は少しずつ自立し始めた。ならば、自分は減らさなくてもいいのではないか。満タンのまま走る日々が、静かに始まる。

井戸が機能し、売れ残りを経験した翌日、彼はトラックをゆっくりと走らせた。目的地を決めない走行。補充員だった頃にはあり得なかった無目的な移動だ。

荷台は満タン。

減らさなければ、翌朝も満タン。

その単純な事実が、今は重い。

彼は小さな村を見かけたが、あえて入らなかった。煙が上がり、畑が緑で、井戸も見える。必要はなさそうだ。

ミアが不思議そうに彼を見る。

「行かない」

彼は首を振り、胸を指してから荷台を指し、両手を広げる。今日は出さない。

ミアは不満そうに耳を伏せるが、すぐに外を眺め始めた。

昼、街道沿いの木陰で休む。彼は荷台を開けず、ただ水筒代わりに自分の分だけ一本取り出した。ミアにも一本。

それだけだ。

通りすがりの旅人がトラックを見て足を止めた。

「奇跡の箱だろう?」

片言の共通語で話しかけられる。

彼は微笑み、首を横に振る。

「今日は売らない」

旅人は落胆し、去っていく。

胸が少し痛む。

だが、痛みはすぐに静けさへ変わる。

売らない。配らない。

それでも世界は回る。

夕方、丘の上に停め、彼は空を見上げた。風が草を揺らし、遠くで鳥が鳴く。

記憶を試す。

会社の同僚の顔。名字は出る。下の名前が出ない。

自分の部屋のドアの色。白、だったか。いや、木目だったか。

焦りが胸を締め付ける。

「使わなければ、減らないのか」

仮説だ。

彼は昨日から極端に供給を絞っている。記憶の薄れが止まるかどうか、確かめたい。

夜、焚き火の前でミアが彼をじっと見る。

彼は地面に二つの箱を描いた。一つは満タンの箱。もう一つは自分の頭の形。

箱から矢印が頭へ向かい、少し削られる絵を描く。

ミアは目を細める。理解は半分だろう。それでも、彼の不安は伝わっている。

ミアは自分の胸を叩き、彼の頭を指し、それから大きく腕で丸を描いた。

「全部あっても、いい」

そんな意味に見えた。

彼は苦笑する。

全部あればいい。

だが全部は持てないのかもしれない。

翌朝、荷台は満タンだった。

そして、彼の記憶は――。

同僚の下の名前が、少しだけ戻った気がした。気のせいかもしれない。

だが少なくとも、悪化はしていない。

彼は決めた。

必要なとき以外、減らさない。

奇跡を日常にしない。

満タンの箱を抱えたまま、走る。

それは商売としては愚かだ。だが彼の旅は、利益のためではない。

彼はエンジンをかける。

満タンのままでも、走れる。

減らさなくても、存在できる。

その静かな事実が、彼の心を少し軽くした。

第19話は「使わない勇気」です。彼は供給を極端に絞り、減らさないことで代償の進行を確かめようとします。無限を持ちながら消費を選ばない姿勢は、物語の静かな転換点です。次話はいよいよ最終話。彼は“何を補充しているのか”という問いに向き合います。

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