百本という線
無限を持つ者にとって、最大の力は「出さない」という選択だ。彼はこれまで曖昧に量を調整してきた。しかし噂と信仰が膨らむ中で、明確な線を引かなければならない。百本。多いのか少ないのか、誰にもわからない。ただ、その線があることで、彼はまだ自分でいられる。制限は檻ではなく、輪郭だ。彼は今日、初めて大きな数字を掲げる。
城下町から離れ、彼は再び小さな村々を巡った。だがどの村でも、彼の到着を知っている者がいた。
「奇跡の箱が来た」
言葉は違っても、意味は同じだ。
彼は決めた。
曖昧な上限ではなく、はっきりとした数字を示す。
その日、広場の中央で、彼は地面に大きく「100」と書いた。アラビア数字は通じないかもしれないが、横に線を百本、十本ごとに束ねて描く。
通訳役の若者が説明する。
「一日、百本まで。それ以上、出さない」
ざわめきが起こる。
「なぜ百だ」
「もっと出せるだろう」
彼は静かに首を振る。
「出せる。でも、出さない」
若者が訳すと、空気が変わる。
出せるのに出さない。
それは傲慢にも聞こえるし、節度にも聞こえる。
彼は続けた。
「足りないから、ありがたい。全部あったら、誰も作らない」
井戸を掘る仕草をする。畑を耕す仕草をする。
若者が懸命に伝える。
村人の中に、理解の色が浮かぶ。だが全員ではない。
ひとりの男が前に出て、怒鳴る。
「神の恵みを制限するのか!」
その言葉に、周囲がざわつく。
彼は強く首を振る。
「神じゃない」
胸を指し、首を横に振る。
「ただの、運ぶ人」
若者が訳すと、笑いが少し起きた。緊張が和らぐ。
販売が始まる。百本という数字は、思ったより早く減る。昼前には八十本。
並べなかった者の不満が募る。だが列は守られる。百本目が渡された瞬間、彼は荷台を閉めた。
「終わりだ」
怒号が上がる。
ミアが彼の前に立つ。小さな体だが、耳を立て、牙を見せる。守る姿勢。
彼は胸が熱くなるのを感じた。
怒号の中、ひとりの老人が前に出て、静かに言った。
「百でも、多い。昨日はゼロだった」
若者が訳す。
その一言で、空気が少しだけ落ち着いた。
彼は老人に水を一本渡した。百本の外だ。
ざわめきが再び起きる。
彼は首を振り、老人を指差す。
「井戸、掘った」
老人の手は土で汚れていた。
努力への敬意。例外は、理由がある。
村人たちは黙った。
その夜、ミアが問いかけるように彼を見る。
「なぜ、百?」
言葉は通じないが、目がそう聞いている。
彼は焚き火を見つめながら答える。
「多すぎず、少なすぎず。俺が覚えられる数」
百は象徴だ。
無限ではなく、数えられる数字。
数えられる限り、彼はまだ補充員でいられる。
夜空に星が広がる。
荷台は静かだ。
明日も百まで。
その線を守れる限り、彼は神にならずに済む。
第10話で彼は明確な上限「百本」を宣言しました。無限を持ちながら制限する姿勢は、理解も反発も生みます。大切なのは、彼が自分で決めたということ。次は自然の試練。干ばつが訪れ、百本では足りない状況がやってきます。




