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〜使用人の私が王子も敵国王子も夢中にさせる〜  作者: レノスク


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第7章 天才と、知らない道

王城の奥。


 普段、使用人があまり近づかない区画に、アリシア・ルミエールは足を踏み入れていた。

(この先……魔道研究室、だよね)


 掃除の当番表を何度も確認する。


 間違いない。今日の担当はここだった。

 

重厚な扉の前で、アリシアは一度深呼吸をする。


「……失礼します」

 扉を押し開けた瞬間、ひんやりとした空気が肌を撫でた。


 部屋の中央には、複雑な魔法陣。


 棚には見たこともない器具や書物が並び、淡い光を放つ結晶が宙に浮かんでいる。

(す、すご……)


 思わず声が漏れた。


「……誰だ」

 低く、淡々とした声。


 視線を向けると、魔法陣の前に一人の青年が立っていた。


 白衣に身を包み、どこか疲れたような表情。


「えっ、あ……! す、すみません!」

 慌てて頭を下げる。


「本日はこちらの清掃を任されていまして……」


「……ああ」

 青年は一瞬だけアリシアを見てから、興味なさそうに視線を戻した。


「勝手に触らなければ、それでいい」


「は、はい!」

 その冷静すぎる態度に、少しだけ肩の力が抜ける。

(この方が……)


 宮廷魔道士。


 若くしてその地位に就いた、天才。

 

セシル・フェイン。



 ◆



 アリシアは部屋の隅から、静かに掃除を始めた。


 音を立てないよう、気をつけながら。


 一方、セシルは魔法陣の前で腕を組み、眉をひそめていた。

(……おかしい)


 何度構築しても、魔力の流れが乱れる。


 今までなら一度で成功していたはずの術式。

(理論は合っている。なのに……)


 苛立ちが、じわじわと胸に溜まる。


 そのとき。


「……あの」

 控えめな声。


「何だ」


「す、すみません。これ、倒れそうで……」

 見ると、棚の端に積まれた書物が今にも崩れそうになっていた。


「ああ……」


 セシルは軽く指を動かし、魔法で支えようとする。


 だが、魔力がうまく乗らず、本が一冊、床に落ちた。


「……っ」

 沈黙。


 アリシアは慌てて駆け寄り、本を拾い上げた。


「だ、大丈夫ですか?」


「……問題ない」

 即答だったが、声音は硬い。


「……その、失礼かもしれませんが」

 アリシアは少し迷ってから、続けた。


「もしかして、うまくいっていない……んですか?」

 セシルの視線が、鋭くアリシアを射抜く。


「君に、何が分かる」

 拒絶。


 それは明確だった。


「あ……すみません」

 それ以上、踏み込まない。

 

ただ、少しだけ考えてから、アリシアは言った。


「でも……」


「……まだ何か言うのか」


「うまくいかない時って、ありますよね」

 セシルは黙ったまま。


「私は魔法のことは分かりませんけど」

 アリシアは、床に落ちた本の埃を払いながら言う。


「最初から全部うまくできる人って、いないと思います」


「……」


「だから……」

 言葉を選びながら、続ける。


「少しずつ、やってみるしかないのかなって」

 沈黙が落ちる。


 しばらくして、セシルは小さく息を吐いた。


「……努力、というやつか」

 どこか自嘲気味に。


「私は、それを知らない」

 淡々とした言葉。

 

だが、その奥には、はっきりとした行き詰まりがあった。


「生まれつき魔力があり、理論も理解できた。だから――」

 視線を逸らす。


「つまずいた時の対処法を、誰も教えてくれなかった」

 アリシアは、少しだけ目を見開く。

(……この人)

 

天才。


 でも――。


「じゃあ」

 アリシアは、柔らかく言った。


「今から知れば、いいんじゃないでしょうか」

 セシルが、再び彼女を見る。


「……簡単に言う」


「簡単じゃないです」

 即答だった。


「でも、やってみないと分からないです」

 そう言って、にこっと笑う。


「私も、失敗ばっかりなので」

 その笑顔に、セシルは一瞬、言葉を失った。

(……何なんだ、この使用人は)


 理論も魔力も持たない。

 

それなのに――。


 胸の奥に、今まで感じたことのない感情が、かすかに芽生え始めていた。


 それが何かを、セシルはまだ知らない。

 ――そしてアリシアもまた、

 この出会いが、後に大きな意味を持つことを、まだ知らなかった。

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