第6章 それが恋だと、気づくにはまだ遠い
カイル・アルディアは、自室の窓辺に寄りかかり、夜の庭を見下ろしていた。
月明かりに照らされた中庭。
昼間とは違い、静かで、少しだけ寂しい。
(……最近、変だ)
自覚はある。
けれど理由が分からない。
兄の恋を応援する。
それは決めていたことだ。
第1王子である兄、レオニスは優しくて、誠実で、誰からも慕われている。
アリシアの隣に立つのに、これ以上ふさわしい人はいない。
――はずなのに。
(なんで、あいつの顔ばっかり浮かぶんだよ)
カイルは小さく舌打ちをした。
◆
翌日。
訓練を終えたカイルは、汗を拭いながら回廊を歩いていた。
「……あ」
角を曲がった先で、見慣れた姿を見つける。
アリシアだった。
重そうな箱を抱え、ふらふらと歩いている。
「……あのさ」
声をかけるより早く、足が動いた。
「ちょっと、それ重いだろ」
「え?」
驚いたように振り返るアリシア。
「カイル殿下!」
「殿下はいらない」
箱を軽々と受け取る。
「ほら、どこまで運ぶんだ?」
「え、えっと……倉庫までです」
「じゃあ行こう」
当然のように歩き出す自分に、カイル自身が少し驚いていた。
(……なんでこんなに自然なんだ)
◆
倉庫に着き、箱を下ろす。
「ありがとうございます!」
アリシアは深く頭を下げる。
「……だから、頭下げすぎ」
「でも……」
「でもじゃない」
カイルはため息をつく。
「アリシアはさ」
「はい?」
「……俺と話すとき、緊張しなさすぎ」
アリシアはきょとんとした顔をした。
「そうですか?」
「そうだよ」
王子として扱われないことに、腹が立つわけじゃない。
むしろ――。
(……楽なんだよな)
「殿下って呼ばれないの、嫌ですか?」
アリシアが少し不安そうに聞く。
「……別に」
少し間を置いてから、付け加える。
「嫌じゃない」
その言葉に、アリシアはほっとしたように笑った。
「よかったです!」
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
(……なんだよ、これ)
◆
その日の夕方。
レオニスと並んで歩きながら、カイルはふと口を開いた。
「兄上」
「どうした?」
「……もし」
言いかけて、言葉を止める。
「?」
「……なんでもない」
(聞けるわけ、ないだろ)
「もし、自分の気持ちが、誰かを傷つけるものだったら」
そんな仮定。
口にする勇気はなかった。
レオニスは穏やかな表情で前を見つめている。
(兄上は、あいつを――)
そう思った瞬間、胸がざわついた。
(……やめろ)
自分に言い聞かせる。
これは恋じゃない。
ただの興味だ。
兄の相手を知りたいだけだ。
そう、何度も。
◆
夜。
ベッドに横になっても、眠れない。
アリシアが笑う顔。
驚いた顔。
少し困ったように頬をかく仕草。
(……あー)
カイルは、布団に顔を埋めた。
(これ、完全にアウトじゃないか)
それでも、まだ認めない。
認めた瞬間、
兄との関係も、
自分の立場も、
すべてが変わってしまう気がしたから。
だから、カイルは目を閉じる。
この感情に、名前をつけないまま。
――まだ、“恋”だと呼ぶには、臆病すぎた。




