第4章 城という世界の、中心で
アリシアが十二歳になった頃。
彼女とリオは、本格的に城で働くようになっていた。
「アリシア、次は東棟の回廊ね」
年上の使用人にそう言われ、アリシアは元気よく返事をする。
「はい!」
ほうきを抱えて歩き出すその後ろを、リオが静かについてくる。
「……走らないで」
「大丈夫だってば」
そう言いながら、少しだけ早足になる。
リオは小さくため息をついて、歩調を合わせた。
城の中は、相変わらず広かった。
磨かれた床。
高い天井。
そして、どこか張りつめた空気。
(ここ、やっぱり慣れないなぁ)
アリシアは心の中でそう思いながらも、表には出さない。
仕事は嫌いじゃなかったし、誰かの役に立っている実感もあった。
◆
その日、事件は突然起きた。
回廊の角を曲がった瞬間。
「――あ」
誰かと、ぶつかった。
「きゃっ!」
バランスを崩し、転びそうになる。
次の瞬間、強い腕に支えられた。
「大丈夫?」
聞こえてきたのは、穏やかで落ち着いた声。
アリシアは顔を上げる。
そこにいたのは、年上の青年だった。
整った顔立ち。
柔らかな金色の髪。
気品があって、自然と背筋が伸びる。
「……す、すみません!」
慌てて頭を下げる。
「こちらこそ、前を見ていなかった」
青年はそう言って、優しく微笑んだ。
「怪我はない?」
「は、はい!」
その瞬間。
(……え)
胸の奥が、ふわっと熱くなった。
理由は分からない。
ただ、目を逸らせなくなる。
「……?」
青年は少し不思議そうに首をかしげる。
そこへ、慌てた声が響いた。
「兄上! こんなところで何してるんですか!」
駆け寄ってきたのは、アリシアより少し年下の少年。
明るい声。
活発そうな雰囲気。
「また使用人さんに迷惑かけたんじゃないでしょうね?」
「かけてないよ」
青年は苦笑する。
「彼女が転びそうになったから、支えただけだ」
少年はアリシアを見ると、にっと笑った。
「へえー。君、新しい使用人?」
「は、はい!」
「ふーん」
じっと観察するような視線。
少し落ち着かない。
そのとき、遅れてリオが駆け寄ってきた。
「アリシア!」
アリシアの無事を確認すると、ほっとしたように息を吐く。
青年は二人を見比べて、静かに言った。
「君たち、名前は?」
「えっ」
一瞬戸惑ってから、アリシアは答える。
「アリシア・ルミエールです」
「……リオです」
青年は頷いた。
「僕は、レオニス・アルディア」
(れおにす……?)
聞いたことのある響き。
「こちらは弟の、カイル・アルディア」
その名前を聞いた瞬間、頭の中で何かが繋がった。
(アルディア……王家……)
アリシアは、はっとして背筋を伸ばす。
「だ、第1王子殿下……?」
「そこまで緊張しなくていいよ」
レオニスは穏やかに笑った。
「君たちは城で働く、大切な人たちだ」
その言葉は、まっすぐだった。
(……王子様って、こんな人なんだ)
アリシアは、無意識に頬をかく。
自分の鼓動が、少し早くなっているのを感じた。
一方で。
「へえ、君、面白そうだね!」
カイルがにやりと笑う。
「兄上、こういう子、好きそうだなー」
「カイル」
軽くたしなめる声。
そのやり取りを、リオは少し離れたところで見ていた。
胸の奥に、言葉にできないざわめきが生まれる。
(……遠い)
そんな感覚。
アリシアは、もう“自分だけの世界”にいる存在じゃない。
そう、初めて強く意識した瞬間だった。
この出会いが、
やがて彼女の心を大きく揺らすことになる。
まだ誰も、恋だとは気づいていない。
――けれど、確実に運命の歯車は、回り始めていた。




