第18章 隠し通す
午前の光が宮廷の窓を柔らかく照らす中、アリシアは掃き掃除をしながら、今日もいつものようにリオと呼吸を合わせていた。二人の動きは無言の呼吸のように自然で、床を磨く手のリズムもぴたりと合う。
「リオ、昨日の夜の王子の会議、やっぱり長引いたのかしら」アリシアが小さな声で呟く。
リオは静かに首を振った。「そんなに長くはなかった。レオニス王子は落ち着いていたけど、カイル王子はちょっとそわそわしていた。昨日は何か気になることがあったのかもしれない」
その声を聞きながら、アリシアは心の奥で少しだけ微笑んだ。リオも王子たちをよく観察している。彼の目は鋭くも温かく、何気ない表情の変化を拾い上げる。彼と一緒に働く安心感が、今日も自分を支えているのだ。
一方、王子の間では、静かな緊張と微妙な心理戦が進行していた。レオニスは書類を整理する手を止め、弟のカイルの様子を横目で観察していた。カイルはいつも通りに笑い、冗談を飛ばしてはいるが、その笑顔の奥に少しのざわめきがあるのを、レオニスは感じ取った。
「カイル、少し顔色が悪いぞ」レオニスが静かに言うと、カイルは軽く肩をすくめた。「えー、そんなことないよ。昨日の夜はちょっと眠れなかっただけさ」
だが、レオニスはその言葉を文字通り受け取らなかった。弟の手の震え、声のわずかな揺れ、それらはすべて心の内を映す鏡だ。優しいが鋭い観察眼が、カイルの恋心と嫉妬心を微かに捉えている。
その午後、アリシアは王子たちの書斎に呼ばれ、ちょっとしたお茶出しの手伝いをしていた。リオも同じく側に控え、二人で静かに王子の作業を支える。
「お茶、どうぞ」アリシアが差し出すと、カイルは軽く手を伸ばしながら、心の中で葛藤していた。自分の心の揺れを悟られたくない――しかし、アリシアの純粋な笑顔を目にすると、胸の奥で嫉妬心が鋭く疼く。
レオニスはそんな弟を遠目に見て、内心で微笑んでいた。まだ幼さの残る弟の感情を、兄として理解しつつ、彼の心の奥に触れすぎないように慎重に距離を保つ。
午後の光がさらに強まる頃、王子たちの間に小さな緊張が漂った。アリシアが差し出した書類を見つめるカイルの手がわずかに震え、リオがそれに気づく。
「カイル王子、少し手が震えていますよ」リオが静かに指摘すると、カイルは慌てて手を引っ込め、にやりと笑った。「気のせいだって!」
だが、レオニスはすべてを見抜いていた。弟の恋心も嫉妬心も、決して表に出さずに行動している。その巧妙さを評価しつつ、兄として微笑むしかない。
その後も、王子たちと使用人たちの時間は続いた。アリシアの笑顔、リオの冷静な観察、カイルの不器用な感情の動き、そしてそれを見守るレオニス。小さな日常の積み重ねの中で、それぞれの心理は少しずつ絡み合い、今後の物語の伏線となる小さな糸を紡いでいくのだった。
夕暮れ時、宮廷の窓から差し込む黄金色の光が床に影を作る。カイルは心の中で決意する。「誰にも悟られずに、でもアリシアを見守り続ける……」
レオニスはその様子を静かに見守りながら、微かに眉を上げる。弟の成長と、人間としての感情の揺れを、兄としての責務と優しさで見守るのだ。
アリシアとリオ、そして王子たち。それぞれの思惑と心情が交差するこの日常の積み重ねが、やがて大きな物語の決定的な局面へとつながっていく――




