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〜使用人の私が王子も敵国王子も夢中にさせる〜  作者: レノスク


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第14章 仕事の絆

宮廷の書庫は、昼間の光が差し込むとはいえ、どこか時間が止まったような空間だった。棚にぎっしり並んだ魔導書の匂いと、紙や古い羊皮紙の香りが混ざり合い、外界の騒音を完全に遮断していた。セシル・フェインは、薄暗い光の中で魔法陣を描き、細かい符号を精密に配置していた。手元の動きは一瞬の迷いもなく、完璧な集中力を維持している。


隣に立つアリシア・ルミエールは、知識的な魔法の理解はない。それでも、セシルの手元をじっと観察し、表情や指先の緊張から変化を読み取ろうとしていた。専門的な指摘はできないが、精神面での支えとして、彼の心を安定させることはできる。それだけで、セシルの動きは滑らかさを増し、研究は着実に進んでいった。


「セシル、少し休んだほうがいいんじゃない?」

アリシアの声は低く、柔らかく、しかし明確な意思を感じさせるものだった。その一言で、セシルの肩の力はわずかに緩む。


「ありがとう、アリシア。君がそばにいてくれると、気持ちが落ち着く」

セシルは微笑んだ。けれどその微笑みは、単なる礼儀や友好的なものではない。深く、静かで、誰にも見せたことのない感情が含まれていた。


アリシアは頷くだけで、顔を赤らめることもなく、微笑を返すでもなく、ただ静かにセシルを見守った。その視線は、魔法陣に集中する彼の心を支え、乱さず、導く力を持っていた。


リオ・ヴァレンティアは少し離れた場所でその光景を見守っていた。使用人として雇われている彼は、二人の距離の近さに気づかないわけではなかった。目に見えるのは、仕事としての協力――しかし、その空気の中に微かな温度があることも確かだった。


「……仕事の関係にしては、少し近すぎるな」

リオは自分の胸のざわめきを押さえつつ、視線を逸らさずに二人を見つめる。干渉はできない。あくまで使用人の立場だ。けれど、心の奥底で芽生えた違和感は無視できなかった。


時が経ち、セシルの魔法陣は徐々に完成の形を見せ始めた。淡く揺れる光の粒が浮かび上がり、空間に微細な波紋を広げる。セシルは深呼吸を一つし、アリシアの方へ目を向けた。


「これも君のおかげだ。君がそばにいてくれたから、焦らずに集中できた」

その言葉は、感謝の意味を超えて、信頼と絆を示していた。アリシアは微笑みを返すだけで、言葉はなかった。だがその沈黙は、彼女の心もまた、セシルに寄り添っていることを伝えていた。


リオは影の端で眉をひそめる。確かに二人は仕事をしている。しかし、互いを支え、互いを必要とする空気は、ただの仕事の関係ではない。感情が入り込む余地が生まれつつあるのを、リオは無意識に感じ取っていた。


「……ただの仕事の協力では済まないな」

心の中でそうつぶやき、リオは少し目を逸らす。彼には干渉する権利がない。見守ることしかできない。だが、そのざわめきは、やるせなさと共に胸の奥に残った。


やがて二人は成果をまとめ、国王ヴァレンティアス・アルディアに報告するため、玉座の間へと向かった。大理石の床に反射する光、壁に掛けられた豪華な装飾、柔らかく差し込む光――王の居室は静かでありながら、威厳に満ちていた。


王は二人の姿を認め、微笑みを浮かべながら、温かい声で呼びかけた。


「セシル・フェイン、アリシア・ルミエール、よくやったな」

その一声で、二人は一瞬身を正した。国王の声には、威厳だけでなく、温かさが含まれていた。仕事を評価するだけでなく、二人を個人として見てくれていることが伝わる。


「この成果は、貴君たちの努力の賜物だ」

国王は続けた。「特にアリシア、君の精神的支えがあったことで、フェインの力を最大限に引き出せたのだろう」


アリシアは驚きと照れを混ぜた表情を見せたが、すぐに微笑を返した。セシルは胸を張り、誇らしげに微笑む。その瞳にはアリシアだけを映していた。


リオは少し離れた場所から二人を見つめる。王の前で称賛される二人は、確かに仕事の成果を示していた。しかし、リオの胸には微かなざわめきが生まれた。


「……この絆は、もう仕事だけじゃない」

彼は心の奥で、二人の関係がこれ以上深まることを予感していた。目の前の光景は、彼にとって仕事としての秩序を越えたものに感じられた。


報告を終えた後、宮廷を歩くセシルとアリシアの後ろ姿は、自然と互いに寄り添い合っていた。アリシアは笑顔を見せ、セシルは微笑みを返す。その距離は、互いを信頼し、互いに心を預ける証となっていた。


リオはその背中を静かに見守りながら、複雑な心境を抱えていた。干渉できない焦り、しかし信頼する二人への羨望。それは使用人としての立場の限界と、自分の感情の入り混じった感覚だった。


玉座の間を後にし、静かな廊下を歩きながら、セシルはアリシアにそっと声をかける。


「今日は、ありがとう。本当に……君がいてくれてよかった」

アリシアは微笑みながら、答えた。


「私も、セシルと一緒にいられてよかった」

二人の間に交わされたその言葉は、互いの信頼と絆を確かなものにした。仕事としての協力を超えて、心と心の結びつきが静かに芽生え始めた瞬間だった。


リオはその様子を見て、わずかに息を吐いた。心の奥で生まれたざわめきは消えることはなかったが、彼は静かに決めた――二人の絆を邪魔せず、そっと見守ることを。


宮廷の廊下に、二人の絆を祝福するかのように光が差し込み、静かに揺れていた。

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