第12章 月光の廊下と心のざわめき
月光が長い廊下を銀色に染めていた。
カイルは壁際に身を寄せ、アリシアとレオニスの会話を遠目で見つめている。
彼らの声は静かで穏やかだが、どこか温かく、耳に届くたびにカイルの胸の奥がざわついた。
「今日も、外はとても寒かったわね」
アリシアの声は軽やかで、無邪気に楽しそうだ。
「そうだな。でも君とこうして歩けるなら、寒さも悪くない」
レオニスの声には落ち着きと優しさがあり、言葉の一つ一つが自然に温もりを帯びている。
カイルはその声に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる感覚を覚えた。
(ずるい……兄上はいつも自然体で、優しくて……俺は……俺は……)
言葉にできない気持ちが、カイルの中で渦巻く。
◆
カイルは普段通りの明るい笑顔を浮かべ、声も弾ませる。
「兄上、寒そうだな! ほら、走って体を温めようぜ!」
ふざけた口調に、いたずらっぽい笑顔。
しかしその笑顔の奥には、嫉妬と焦りがひそむ。
アリシアはくすくすと笑う。
「カイルって、やっぱり面白いわね」
その無邪気な笑い声が胸に突き刺さる。
認められたい、でも兄上を傷つけたくない――矛盾した気持ちがカイルの心を揺さぶる。
◆
レオニスは微かにカイルの動きや表情を観察していた。
肩のわずかな緊張、声のかすかな震え――普段の陽気な演技の裏に、心のざわめきを感じ取る。
「……カイル、何か心配しているのか?」
問いかけの声には責める調子はなく、静かに見守る温もりだけが含まれている。
「な、なんでもないよ、兄上!」
カイルは瞬間的に笑顔が揺れた。
外見は明るく、口調も冗談めいているが、指先の緊張と肩の硬直は隠しきれない。
レオニスは微笑みを返し、深追いはしない。
(……嫉妬してる。でも、彼は自分の気持ちを押さえている……)
その洞察は優しさと共に、静かにカイルを包むように漂った。
◆
月光に照らされた廊下は、三人の距離を映し出す。
アリシアの無邪気さが二人の間に柔らかい光を落とす一方、カイルの心のざわめきはその光を揺らす。
「俺は……兄上のためなら、どんな気持ちも押し殺せる……」
カイルは小さく心の中で呟き、笑顔の裏で拳を握った。
レオニスの視線が、わずかに自分に向けられている。
問いではなく、静かに見守るまなざし――
カイルを責めず、理解するための目。
アリシアの笑顔、レオニスの優しさ、そして自分の心のざわめき。
三者の感情が月光に映え、廊下の静けさの中で複雑に絡み合う。
カイルは笑いを続けた。
でも胸の奥では、まだ整理しきれない感情が、静かに揺れていた。




