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〜使用人の私が王子も敵国王子も夢中にさせる〜  作者: レノスク


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第9章 はじめての成功

夜明け前の宮廷は、まだ静まり返っていた。


 研究室の灯りだけが、細く廊下に漏れている。


 セシル・フェインは、一睡もしていなかった。

(……三十七回目)


 失敗の回数を数える癖など、これまでなかった。


 だが今は、数えている。


 それは諦めではない。


 むしろ――前に進んでいる証だった。


 魔法陣は、これまでとは違う形をしていた。


 理論上は、効率が悪く、無駄が多い。

(だが、安定する)


 昨日、あの使用人――アリシアの言葉を思い出す。


『違うやり方もあるのかなって思いました』


(感覚的な発想だ)

 それでも、完全に切り捨てることはできなかった。


 セシルは深く息を吸い、魔力を流す。


 ――魔法陣が、歪まない。


「……」

 静かに、光が巡る。


 構築は、最後の段階へ。


 詠唱を、わずかに短縮する。


 理論上、危険な選択。

(失敗してもいい)


 そう、心の中で繰り返す。


 光が、収束する。


 ――成功。


 魔法陣は最後まで崩れず、淡く消えた。


「……できた」

 思わず、声が漏れた。


 それは派手な成果ではない。


 新魔法でも、革命でもない。


 だが確かに――前進だった。

(これが……努力の結果)


 胸の奥が、静かに熱を持つ。


 不思議な感覚だった。



 ◆



 朝。


 研究室に、ノックの音。


「失礼します」

 聞き慣れた声。


「……入れ」

 アリシアが、いつも通り控えめに入ってくる。


「今日は資料の整理を――」

 途中で、彼女は魔法陣の痕跡に気づいた。


「あ……」

 床に残る、微かな魔力の残滓。


「成功、したんですか?」

 セシルは一瞬、言葉に詰まる。

(誰かに成果を伝えるなど)


 これまでは不要だった。


「……ああ」

 短く答える。


「小さな成功だがな」

 アリシアは、ぱっと表情を明るくした。


「よかったです」

 その一言が、妙に胸に響いた。

(なぜ、こんなにも)


「君の助言のおかげだ」

 口にしてから、自分でも驚く。

(私は今、感謝を)


 アリシアは目を見開く。


「いえ……私は、何も」


「違う」

 セシルは、視線を逸らしながら言う。


「“変えてみる”という発想を、与えた」

 それだけで十分だった。


 アリシアは、少し困ったように笑う。


「……でも、成功させたのはセシル様です」

 その言葉に、なぜか否定できなかった。

(……そうかもしれない)


 だが同時に、思う。

(この成功は、一人では辿り着けなかった)



 ◆



 アリシアが部屋を出たあと、セシルは窓辺に立つ。


 朝日が、宮廷を照らしていた。

(私は、まだ天才だ)


 それは揺るがない。


 だが――。

(努力する天才、か)


 悪くない。


 そして、あの使用人。


 彼女は、才能も魔力も持たない。


 だが、恐れずに前へ進む力を持っている。

(……厄介な存在だ)


 だが、嫌ではない。


 その感情を、まだ名前では呼ばない。


 呼ぶ必要も、今はない。


 セシルは、机に戻り、新たな魔法陣を書き始めた。


 次の成功を、

 今度は――自分の意志で掴むために。

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