第五話 「経過」
困っています。
村に帰るか、学校に通うため、ここに留まるか。
要相談な話なので、フォフィたちは帰った。
ヴィオラは、今もここにいる。
「あの子、こっちに預けてもいいと思うの」
それが、ヴィオラの言い分だ。
ルークたちを二人にしないため。というのもある。
フォフィと仲良くなったのに、引き離すのが申し訳ない。という気持ちが大きいそうだ。
でも、課題はある。
学校に通う人たちは、隙のない教育を受けているため、村のガキんちょのようなのは逆にいない。
しかし、フォフィの心境のこともある。
そして、ジノさんやクリスタさんの気持ち。
子どもが自立し始めるのは、早くても一二歳。
六、七歳の子どもと離れるのは、きっと寂しいだろう。
あとは金。
俺に関しては、ヴィオラの息子ということもあって、一応は補助してもらっているが、お金は要る。
フォフィとケネスは、ただの赤の他人。
どんな話になっているかは知らないが、都合のいい話ではないはずだ。
三日経ち、今度は三人揃って来た。
つまり、預けると判断し、送りに来たのだ。
ジノさんの財布は、ルークと同じく「領の護衛」の仕事のため、貯金はあった。
ケネスも、言い出しっぺだし......というような感じで、必要なお金の四分の一を出すことになった。
ジノさんたちは、村でぼんやり生きて終わるのではなく、少し他のところも見てほしい。嫌なら帰って来ればいい......的な感じだ。
寂しい気持ちもあるが、耳のこと、将来のこと。いろんなことを考えて、そのような考えに至った。
しかし、それらは一年後の話。
フォフィが七歳になった時の話だ。
いきなりは無理。少し前置きを......ということで、僕は四年通うことになりましたー。
六歳から通わせるところもいるが、九歳からだっている。そこは自由らしい。
大して変わらないからいいけど。
どうしてそんなことになっちゃったかは知らないけれど、そういう方針になったのは、話し合いの結果だ。
九歳で卒業する子というのは大抵、政治の駆け引きに早くから関わる子だ。六歳から教育すれば、大人にとって都合がいい。汚い話だ。
だが、貴族学校も作法だけを学ぶ場所ではない。それ以外の一般常識も学べる。
まあ、とりあえずそんな感じだ。
ただ、一つネックな事がある。
シニアという護衛の獣人がいるのだが、初対面で「伸びるな」と言い放ち、毎日稽古をさせられている。
女のくせにとか言うのは良くないが、力が強すぎて木刀の打ち合いにもならない。
いつか、ケロッと殺されそうだ。
向こうの家はどうなっているだろうか。
俺の居ないところで喧嘩してないだろうか。
あれから、五年が経とうとしている。
もうじき卒業の頃合いだ。
なんでこんなにも間が空いてるの?とか言われそうだが、意外にも忙しかったんだ。
それに、前世の記憶のせいか、時の流れが早い。
でも、時間が経てば経つほど、前世の記憶は薄れていく。
とはいえ、基礎知識は意外にも覚えているし、忘れることもちょろっとしかない。
記録は、入学してからも書いたが、忙しくて少ししか書けていない。
でも特と問題なく、普通に過ごせている。
ブツの隠し場所も見つかったし、ひとまずは安心だ。
アナスタシアとも、随分と仲良くなれた。
トントン。
「アルフォンス、今空いてるか?」
ケネスも随分と仲良くしてくれている。
普段はメイドさんがあれこれ呼びにくるが、たまに自分から顔を出してくる。
「今は勉強中か......ん?なんだこの字は、初見だな。その歳で随分と難しい字を勉強するんだな」
勉強しているわけではない。
久々に記録していたが、やはり誰にも読むことが出来ない。前世の記憶の引き出しによる、俺だけが扱える言語だ。
「あー。これから外食に行くつもりだったんだが、来れるか?」
窓の外を見ると、少し暗く、ポツポツと雨が降っている。地面は少し濡れていて、屋敷のランプの光が地面に反射している。
「みんな行くんですか?」
「エミリアとアナスタシアと俺だけだ」
「......今日はウチで済ませちゃいます」
「メイドに作らせるか?」
「いや、自分で」
「グハハ!感心するぞアルフォンス」
実はというと、いいとこしか行かないので、あまり外食は得意じゃない。
行くとしても、たまにとか、イベントとか。
「あ。アナスタシアの誕生日は?」
「明日にパーティーがある。プレゼントは何を......いや、楽しみにするものだな。では、行ってくる」
「ういー」
アナスタシアは一個だけ年上なので、もう一二歳になる。
誕プレか......。誕プレには嫌な思い出がある。
夕飯は適当なのでいい。
貯蔵庫にいろいろ食材があるし、材料に困ることはない。
何がいいかなー......。
「アルフォンス。行かなかったのか?」
シニアが本を持って、机に座ろうとしている。
護衛だっちゃうのに、ついていかなくていいのだろうか。
「シニア、今は何を?」
「......本を、読もうと思ってな」
シニアは、俺が来てから本を読むようになった。魔術が使えるようになりたいらしい。
俺はというと、最近は魔術の使用を控えている。
ここ半年、調節が効かないという感じなのだが、練習すればするほど逆効果になっている。
自分にはわからないので、エミルに手紙を出した。
「アル?」
フォフィもいる。これから食べるところらしい。
「フォフィ、今から?」
「うん。作ってもらった。アルは?」
「今から作る」
リゾットと......卵でも焼くか。
まず、少し辛めの丸い野菜を細かく切る。卵もフォークで混ぜる。泡は立てない方がいい。ついでに、水と白ワインっぽいなんかを温めておく。そしたら、油を引いてそこそこ炒める。
フォフィは、ちょくちょくスプーンの手が止まっている。気になるのだろうか。
さておき、色が少し変わったら、貯蔵庫にあった適当な穀物を少し炒める。あとは勘で少しずつ水を混ぜる。入れきったら、空いたところに溶き卵を入れて蓋をする。どっちもいい感じになったら、味付けに塩胡椒とバターを入れる。
はい完成。
野菜は、赤くて丸いやつと、サラダに使う葉っぱ。
赤いやつは、丸かったり楕円っぽかったり、さまざまな形があるが、実はこちらでもトマトと呼ばれている。
切ったら酸っぱくなるから、切らずに丸齧りする。
名前が同じなのは偶然だろうが、植物の形状や基本的な動物が、俺の知っているものに近いのは、環境が似ているからだ。
魔物は例外だが。
「アルフォンス、あたしの分の肉も焼いてくれるか?」
ちっ。注文が増えたぜ。俺はコックじゃねぇんだよ。
強火で蓋をしてはいドーン!
「できたよ!?」
「すまない、ありがとう。アルフォンスの肉は、早いし変な味がしなくて美味い」
で、さっきのことだが、魔物は生き物っていうより魔力の集まり的な感じだ。
漂っている魔力自体も、場合によっちゃあ、自然と独立した働きを持つらしい。
昔、エミルに連れ出されたとき、魔物は人を襲うもんだと思っていたが、正直何がしたいかわからんもんらしい。
人を襲うこともあるが、襲わないこともあるし、そこんとこは解明されていない。
さてさて、上手にできたじゃないか。
と、フォフィが身を乗り出して、皿の中を「何だろう?」という顔で見ている。
「どうしたの?」
「あの人が、すごく美味しそうにアルの食べるから、どんなのかなーって」
「......一口いる?」
「え?でも、アルのぶんが......」
「ん」
最初の一口くらい、人にあげてもいい。
「いいの......?じゃあ、あーん」
スプーンに一掬いして、口元に近づけてあげる。
「ぁ、ん」
「おいしい?」
「......ん、おいしい」
「おいしい?食べてみよ。......まあできたんじゃないかな」
「えっ、スプーン変えないの?」
「変える理由ないし......あ、嫌だった?」
「え?ううん。びっくりしただけ......だよ」
「ほんとのこと言っても平気だからね?」
「え......へへ。じゃあ、今日はおしおきね」
「え!?おしおき?」
同い年なのに、ケツでも叩かれるのだろうか。
でも、そもそもそんなことしないだろ。ふざけてるだけで。
「じゃあ、寝る前私の部屋来て」
おい、マジに叩く気かよ。
毎日風呂に入るわけではないけど、今日は体を洗った。不潔だと嫌だろうし。
「えー、トントン。フォフィ......?」
「トントン?へへ、口に出すんだ。じゃあ、はい。こっちきて?」
「......はい」
「いつもお世話してくれる人にね、今日は一緒に寝るって言ったの」
「誰と?」
「......ねー、アルだよ」
「え?」
「床に敷いてもらったから、いいでしょ?」
お仕置きって、これのことか?
同じじゃないだけマシだけども......。
「あー、用事を思い出したー」
「嘘はいいから。いいでしょ?それとも......いやなの?」
な、涙目......ずるいよ!
「や、いやじゃないよ?」
「やったー」
うーん?寂しがり屋なのか。まだ子どもだし、親も居ないし......先に寝たところで帰るか。
「で、でも、今日だけね?」
「あ。あと、昔話してー」
「......むかーしむかし―」
それからは、適当に桃太郎の話をした。こっちの世界じゃ桃太郎は通じないだろうし、少しアレンジして。
「―残った鳩は、旅人に翼をもがれ、そのまま川に......」
「それ、本当の話......?」
「昔話」
「......」
一時間くらい経っただろうか。
ケネスたちは、もう帰ってきているだろう。
フォフィも寝ただろうし、そろそろ自室へ......。
起き上がると、フォフィがこちらを見ていた。
ずっと見ていたのだろうか......。
「......どうしたの?」
「ん......怖いの。雨の日は、時々雷が降るから」
「だから呼んだの?」
「そっち行くね?」
え、え?それは良くないぞ?男女の壁っていうのが、エリコの壁があるのに!
「ま、待って。男女で一緒に寝るのは、好きな人同士と......」
「いいもん。それに、アルが悪い」
「そういうのは、ちゃんと考えないと......」
「うるさい、いいって言ってるじゃん」
抵抗も虚しく、すっぽり入られてしまった。
「ねぇ」
「......なぃ?」
「もう寝るの?」
そう聞くと、頷くようにおでこを擦り付けてきた。
「本当に今日だけね」
「......」
これ、ケネスやアナスタシアが知ったら何と言うか。
雷のせいにしておこう。
もう、考えたくないや......。
夜明け前。屋敷の縁で少し音がするくらいの時間に、さっそく起きた。
フォフィを起こさないように、ゆっくり自室へ戻る。
今日はアナスタシアの誕生日パーティーだ。プレゼントも実は用意した。
パーティーは、夕方から始まった。
俺は、端っこの方でアナスタシアを眺めているだけだった。
フォフィはいないので、話し相手がいない、と思っていたら、シニアが隣にやってきた。
「シニアさん?」
「アルフォンス。私が我慢出来なくなったら、全力で抑えてくれ」
「......もしかして、料理食べれないんですか?」
「ここにいる私は、あくまで護衛だからな」
俺は、一つアイデアが浮かんだ。
いつも自分の世話をしてくれるメイドさんに声をかけた。
「シーナさん。ゴニョゴニョ......」
「承りました。では、ゴニョゴニョ......用意させていただきますね」
「はい」
パーティーが終わり、屋敷がすっからかんに感じる。
しかし、まだ楽しみがいろいろと残っている。
「シニア、ちょっといいですか?」
「......?どうした」
「アナスタシアはどこに?」
「客を見送るために、扉のところにいると思う」
「じゃあ、プレゼントがあれば、それを持ってついてきてください」
開けっぱなしの扉のところに、アナスタシアが立っていた。
ケネスはお酒の飲み過ぎでダウンし、イブリッドは奥の方で客と話をしており、母は部屋に戻っているので、話かけるなら今がチャンスだ。
「アナスタシア?」
「なーに?アルフォンス」
「用意したものがあるんだ。いいかな?」
「え!?いいよー!」
「アルフォンス、私は腹がもたない」
「シニアもですよ」
メイドのシーナさんに頼んでおいた部屋に向かう。
そこには、一つの机の上にパーティーの料理と、申し訳程度の花瓶があった。
「アルフォンス、料理用意してくれたのか?私のために」
「うん。ずっと抑えさせられたシニアのために、メイドさんに用意してもらったんだ」
「アルフォンス、お前......いいやつだな」
「だけど後で食べてね」
「......ああ」
「あと、アナスタシアにプレゼント!」
「わーありがとう!今開けていい?」
「うん」
そう応えると、アナスタシアはそっと箱を開けた。
「ブレスレット?綺麗......」
「アナスタシア様」
「シニア、様はいいのに......」
「そ、そうか。私からもプレゼントだ」
「......リボンと、ベルト?」
「ああ、どんなのがいいかわからなくて、店にあったかわいいやつと、丈夫そうなベルトを用意した」
リボンはシニアの乙女心を感じさせるが、ベルトは使う機会ないぞ。
「ありがとう」
しかし、教養がなっているアナスタシアは、ちゃんとお礼が言える。
そのあとは、シニアがムシャクシャ皿を平らげ、その間にプレゼントをつけてみたり、パーティーの話をして片付けて解散した。
部屋に戻ると、フォフィがベッドを占拠していた。
そのため、次の日は肩こりが酷かった。
『サプライズは静まってからが効く』




