第四話 「ケイオスブレイカー」
六歳になったということで、エリーナの雇用期間が終了した。
あくまで雇われ者だが、お世話になったと思う。
ということで、今日はヴィオラとプレゼントを選ぶため、隣町まで来ている。
選ぶついでに、いろんなところへ行った。
村では食べない、その町での料理。パンケーキみたいなのは、結構美味しかったので、一番のお気に入り料理として記憶しておこう。
材料さえあれば、再現も不可ではない。
さて、プレゼント選びだ。
子どもの手作りなんてすぐぶっ壊れるだろうから、ちゃんと職人が作ったものを買う。
しかし、エリーナがどんなものを貰えば嬉しいかなんて、俺にはよくわからない。
おしゃれ系、日常使い系と、プレゼントには選択肢があるが、エリーナが喜ぶ姿がなかなかに想像し難い。
失礼だが未婚だろうし、おしゃれ系とかどうだろうか?
しかし、それが子どもから貰ったものだとしたら、ちょっとそういう系には向かないかもしれない。
贈るとしたら、日常使い系がいいかもしれない。
小物は基本的にある。だとしたら、それらを入れるための箱なんかはどうだろうか。
そういうわけで、両手サイズの木箱を買った。ちょっと金具にこだわったやつ。
ヴィオラは、方向的に下着だった。
何年も一緒にいるわけだし、そういうのもわかるのかな。
どんなものを買ったかは、知りません。
二人ともプレゼントが用意出来たところで、家に帰ることにした。
帰りの道中、フォフィとそのお父さんが声をかけてきた。
「アルフォンス君、この前はありがとー」
「あ、あの時」
「ほら.......」
「あ.......助けてくれて、ありがとう」
「どういたしましてー。フォフィ?だったよね」
「うん。そうだよ」
「あはは。やっぱり、随分と仲がいいんだね」
ん?あったばっかりじゃないか。
「え?会ったばっかりですよ?なんだったら、一回しか......」
「え、そうなのかい?フォフィライトは、君のことアルって言うし、君もフォフィって......」
あれ......そこ繋がってたのか。
「あぁ、前名前教え忘れちゃって。あと、うまく聞こえなくて......」
「そうだったのね......」
「アルフォンスだよ。よろしくね」
「うん、知ってる」
えぇ。知ってる?
「じゃあ、改めてよろしくね」
なんか、じゃあねとか、さようならとかじゃなくて、よろしくねって言わなきゃいけない雰囲気がする......。
「フォフィライト......さん?」
「あ、あのね。その、私のことはフォフィって呼んでっ......」
「あ......別にいいよ?」
「いいの?ありがと......」
「じゃあ、迷惑かけるかもしれないけど、これからもフォフィライトと仲良くしてあげてね」
なんか、大変だな。
雰囲気の正体は、お父さんだな。
まあ、問題はないし、いいけど......。なんかあったらちょっと可哀想だし。
「ふふん、私の息子は立派ね」
「そうでもないよ」
「まぁ、謙遜しちゃって。ふふ」
少々時間がかかったが、もうそろそろというところまで来た。
エリーナもルークも、今日は何かしらの予定があって家を空けていた気がする。
家には誰も居ない。
そのため、プレゼントを隠せる。
居ないはずだ。
ヴィオラは、まず二階へ向かった。
俺もどっかに隠すか......。
「―!」
と、上の方で何やらヴィオラの声が聞こえてきた。
えー、ヴィオラは寝込んでしまいました。
どうやら、あの二人のアレに遭遇してしまったらしい。
浮気現場だ。
家の中がカオスだ。
以前とはまた別種。修羅場というやつだ。
ケイオスブレイカーは居ない。
しかし......子どもが首を突っ込める話ではない。
でも、なんだかこのままは良くない気がした。
二人に聞くのもなんだが、今一番傷ついているのはヴィオラだ。
仕方ない、愛する我が子がいれば、少しは楽になるだろう。
俺は、ヴィオラの部屋へ入った。
「母様?」
「......アル、どうしたの?」
「母様、元気ないですか?」
「大丈夫よ。心配しないで」
「そう......?ですか」
俺がそう言うと、ヴィオラは俺に両手を広げた。
俺は、そこにしぶしぶ入った。
「アル。愛してるわ」
「僕も、愛してますよ」
家族愛だね。ちょっと今は大変だけど。
「......アル、もうここから出ていこうと思うの」
「え?」
「あなたとおと......ルークは、一緒にできないわ」
い、家出!?それはマズい。
この家を出て、無事でいられる気がしない。
外は異世界。大して発展もしていなければ、シングルマザーの支援制度もきっとない。
今のヴィオラは衝動的で危険かもしれない。止めねば。
「でも、でも住む場所も無いですし、それはちょっと......」
「実はね、私の実家から『貴族学校に通わせては?』って、手紙が来たのよ。最初は必要ないと思ったのだけれど、いつか大人になれば、マナーも大事になってくる。そういった人とのコミュニケーションの仕方も、知っておくべきだわ。向こうもいろいろ用意してくれるそうだし、心配はいらないわ」
朝になると、ヴィオラは支度をした。
気づけば家に泊まっている綺麗なハトに、手紙を渡していた。
俺の部屋からも、必要な物をいくつか取られた。
説得に失敗した俺は、本やら記録やらをまとめた。
しかし、昨夜にあらかじめポッケに突っ込んだものがある。
エミルのパンツだ。
実は、ちょっと前に毛布に混じっていたのを見つけてしまった。
おそらく、俺の誕生日祝いの日の夜のときのだ。
あれ以降、自分のベッドは少しエミルの匂いが残っていた。だから気づけなかった。
問題は、なかなかに処分しづらいことだ。
ちゃんと処分しようにも、処分しているところを見つかるかもしれないし、そこらに捨てるわけにもいかない。
向こうに行っても、捨てるどころか、たぶん見つかる。
道中捨てるか......ポイ捨ては良くない。
変態の手に渡っても、別に悪いのはエミルだが、そこに自分が関わるのはなんか嫌だ。
今出ていく家にペッと捨てたところで、なんで今さら?となる。
持つしかないのかよ。
ヴィオラに引っ張られ出ていくとき、ルークに止められるもヴィオラは一切何も聞かなかった。
そしてそのまま、丸一日馬車で移動した。
着いたかと思われると、大きな屋敷があった。
門まで行くと、メイドの人が中に入れてくれた。
近づけば近づくほど、大きいことがよくわかる。
「グハハハハ!」
扉の前まで来ると、屋敷の中でそんな笑い声がした。
魔王でもいるのだろうか。
メイドさんに扉が開かれる。
「ん?おお、もう来たか!早いなヴィオラ。グハハ!」
声の正体は、魔王ではなく、ちょっと体のゴツいおじさんだった。
身形はどうも、貴族っぽい感じ。
「あれが、母さまのお姉さま?」
「そうよ」
傍には二人。三人家族っぽい。
「手紙はもう読んだぞ。二人とも、歓迎するぞ!」
通称魔王が、こちらへ歩いてきた。
意外にも、ドシドシ歩かない。
「お前が、我が娘の息子、アルフォンスか」
娘の息子?この人おじいさんか。
「はい、アルフォンスです」
「ようこそルミリアス家へ!俺がケネス。ヴィオラの父の......アルフォンスの祖父だ。あっちにいるのが下の娘、エミリアと孫のアナスタシアだ」
エミリアという人は、こちらにペコりとお辞儀してきた。
無礼は良くないので、俺も一礼した。
俺と同じくらいの子も、母の方を見て、真似るようにお辞儀した。
思ったよりも規模の大きいところだが、そこらで野垂れ死ぬよりは全然いい。
レゴシ、どうしてるかな......?
「あぁあぁん!」
一方、ルデブ村、ルミリアス家の前では、大きな泣き声が立ち往生していた。
「フォフィライト、別にアルフォンス君はいなくなったわけじゃないから......。また戻ってくるよ」
「おいてかないでえぇー!」
「すまない......」
大声で泣くフォフィライトと、その父ジノ。そしてルーク。
「いえいえ、どうもすいません......」
「なんとかして帰ってきてもらいたいが......」
「ぅあぁあーん」
フォフィライトは、今までこれ程泣くことはなかった。ゆえに、ジノはどうしたらいいかわからなかった。
「あ、あのー......」
「ん?君は?」
「レゴシ。アルフォンス君の友だち?です。......どうしたの?」
「俺が母さんと喧嘩して、一緒にいなくなっちゃったんだ」
「いなくなった言ってるじゃん。ああーん!」
「会いには行けないの?かわいそうだよ」
「あー、たしかに」
子どもは、時に斬新なアイデアを出す。
しかし、それが可能かどうかは別だ。
「でもねー......」
「ん?今の名案じゃないか!」
「え、場所はわかるんですか?」
「十中八九、実家だ。俺も決心ついた。謝ってくる。ついでにどうだ?」
―
ルデブ村を出て三日。
こちらに来て二日が経った。
特と不安要素はない。
最初は、親戚だが初対面の気まずい雰囲気だったアナスタシアとも......。
「ねえねえ、アルフォンス。ここの魔法......」
今では仲良し?な感じだ。兄弟が欲しかったらしい。
しかし、ヴィオラとルークのことは気になる。
厳密に言えば、俺のことだが。
このまま父と縁を切ることになるのか。
あとは、村に置いていったいろいろ。
それより、一番気になるのはパンツだ。
メイドの人たちにいろいろ管理されてるから、見つかるのも運でしかない。
もし見つかって罪人となれば、俺は一生、一○○○年エミルを恨む。普通の人に換算すれば十生だ。
あとは、イブリッドくらい。
到着して次の日、アナスタシアの父が帰ってきたが、なにやら俺が後継になるのを企んでいるらしい。
「ガハハ!どうだアルフォンス、新しい生活は」
「十分すぎるくらいですよ」
「そうか!学校も始まるが、必要なものは言えよ」
「旦那様、お客様が四名お越しに」
「ん?今日は誰も......」
「その、ヴィオラ様に......」
「そうか、ヴィオラを呼んでくれ」
「承知しました」
ヴィオラに客か。学校関係かな?
そこに、たまたまヴィオラが通りかかる。
「ヴィオラ様。ルーク様がここに......」
「会わないわ。帰して」
ルーク?ここまで来たのか。
別に悪くはないんだが、ここからどうするつもりだ?
「お帰りになってもらう方がよいかと思ったのですが、女の子が泣いてまして......」
どういうことだ!?ルーク......とうとう人質作戦に出たか。もうちょい聞き......。
「アルフォンス。よそ見しないで」
「女の子って、どういう......?」
「ルーク様のお連れのようです。その子の母もご一緒です。アルフォンス様にお会いしたいと」
「......そう。わかったわ」
ルークも人質作戦とは、ここの魔王と違いたちの悪いことをする。
「アル、ちょっとだけいいかしら?」
「はーい、待ってました」
「待ってました?」
「あ、間違えました。アナスタシア、ちょっと待っててね」
「えー......うん」
メイドの人の同行で、庭へ向かう。
「お祖父様はいいんですか?」
「はい。問題ないです」
この会話だけでもう人影が見える。
お互い、少しずつ近づいていく。
ルークと、エリーナと......レゴシ?
背の低い人影は、なんか落ち着きがない。そんな、追ってくる程好きなの?
いや、人質にされてるんだっけ。
フードを被っていたり、ちょろちょろ振り返るせいで、よく見えない。
もう随分近づいて、話せそうな距離まで来た。
そして、二つ思い出した。
ヴィオラとメイドの人の会話。
見覚えのあるフード。
「フォフィ?」
あ、無視された。
振り返って、母と思われる人の方を向く。
「いいわよ。お話しておいで?」
「うん」
おずおずと近づいて来た。
「アル......?」
「フォフィ、なんでぅっ」
「......おいてかないでよぉ」
体当たりくらいの勢いで突っ込んできて、危うくバランスを崩しかけた。
抱きつくのは好きな男にだけしな。もっと先の話だが。
「ヴィオラ」
「なに?」
「本当に、ごめんなさい......!」
先にそう言ったのは、エリーナだった。
「その、そういうことなんだ。すまなかった。本当に申し訳ないと思ってる。もう二度としない。だから戻ってきてくれないか......?」
「......卑怯ね」
ごもっともだ。
「すまなかった!」
「......あなたは、一つ嘘をついたわ」
「え?」
「二度としない。二度あることは三度ある。あなたのことは信用しないわ。それと、アルフォンスはこっちの学校に通わせるわ。それだけは変えられない」
「そ、そんな」
「でも、あなたたちと縁を切る気はなくなったわ。エリーナは一番に謝ってくれたし、あなたも言い訳をせず謝ったもの」
どうやら、ルークたちは許されたらしい。
でも、学校へ行くことは変わらない。
実はというと、見学してからちょっと楽しみにしている。不安要素が一個あるが......。三年間の学校だから、三年見つからなければいい。見つかったら、その時はその時だ。
「でも、あの子は?」
「あぁ、アルに......」
「あなたじゃない」
「......ごめん」
「クリスタさん?」
「うん。すっかり二人とも大きくなったね。ウチの子、ずっと会いたがって困ってて......」
「今日は会いに来ただけ?」
「うん。あの子の気が済んだら、私たちは帰るわ。ごめんね、ヴィオラさん」
「や、やだ!」
物事は一筋縄ではいかない。
フォフィは、帰ることをひどく拒んだ。
「うぅー、いやだぁ」
力が強い。締め殺されるって程じゃないけれど、少し苦しくなる。
「っ......まだ、いじめられるの?」
「......違うけど、離れたくない」
「フォフィライト......」
完全に詰んでいる感じがする。
もう無理やり剥がす他ない。
「グハハ!随分と賑わっているな!」
遠くからでも聞こえるその声はケネスのものだ。ついでにでかい。
「今は、どういう状況かな?」
「お父様。私、縁を切る気はなくなったわ。でも、一個困ってて......」
「ふむ」
どういう状況か、ヴィオラとフォフィの母......クリスタさんは、ひとかた説明した。
「ふむ......そういうことか。学校は辞めさせる気ではないのだな?」
「出来れば、辞めさせたくないかしら」
「アルフォンス。君は」
「僕は......行ってみたいです。1日かければ会えますから」
「え、なんで......」
「会えるよ。毎週会お?ね?」
「......アルフォンス、毎週の必要はあるのか?」
「え?」
「俺の気としては、なるべく引き離したくはない。ただ、ヴィオラには悪いが、帰ってもらうしかない」
「つまり?」
「ヴィオラではなく、その子が滞在するということだ。しかし、そうなれば二人とも、親と離れることになる。どうかな?ヴィオラ、クリスタ」
「......」
「うーん......」
すぐに決められる話ではない。
どうする......?
『謝罪の仕方も大切』




