未来に送れるメール
ネットの世界は広い。ここ二十年以上探索し続けている俺が言うんだから間違いない。最近は、アングラ系サイトを巡回したり、もっとディープな世界に潜り込んで、世の中の悪を見続けている。
ちなみに俺は三十四か、五か。誕生日を祝ってくれる奴がいないと忘れる。そんなしがない会社員。外見は着々と歳をとっているが、内面は大して変わっちゃいない。
さてと、今日は占い系でも見てみますかね。
キーボードをリズムよく打ち、『SFメール』と検索バーに入力した。たいてい何百件もヒットするが、今日は一つだけ。
こういう自分しか知らないであろう物を見つけると、思わず画面の外でガッツポーズを決めたくなる。
「よっしゃ! 今どきhttpになっていないとか大丈夫かよ。ちょっとセキュリティ確認しとくか」
独り言をつぶやきながら設定を開く。最新の状態になっているので、きっと大丈夫だろう。ダメだったら……そん時はそん時で考えるか。
意を決して、サイトをクリック。珍しく、上から下にちょっとずつ読み込まれていく。大体一分ほど放置しただろうか。すべての画面が読み込まれて、入力画面が映し出された。スクロールできない。
入力欄には TS Y―M―D―H―M―S が表示されていた。どうやら時間を入力するらしい。適当に、ちょうど一ヶ月後にしてみる。
入力が終わると、次の画面に遷移して『フテュル・メール』と題した、百文字までの入力画面。適当に『あああ』と入力して決定。
画面に鳩がやってきてメールを持って行ってしまった。
意外にも作り込まれたサイトだな、昔は有名だったのかも。何となくサイトのソースを出してみると、変わり続ける1と0の文字が規則的、いや、生物のようにまとまっては離れていく。
最後には、さっき見た鳩の形となって、飛び去って行く。ここも変えられるのは知らなかった。本当にどこまでも作り込まれたサイトだな。とりあえず、そのままにして別のサイトを検索し始めた。
『フテュル・メール』そう入力したが、何も出てこない。きっと英語かどっかの言葉を日本人が聞いて、聞いたまま日本語に直したんだろう。英語でもあるよな、ホテルがホ・テルになるみたいな。
そうやってだらだらとサイトを巡回していると、一時間が経過して、メールが来た。
[Thanks for checking out this site. I created it based on a Latin grimoire.]
面倒なので翻訳を使うと
「このサイトをご覧いただきありがとうございます。ラテン語の魔導書を参考に作成しました」だそう。
ここまでは良かったのに、正直胡散臭い。というか、俺のメールはどこ行ったんだ? 未来は未来でも、違う未来とかか?
使い古されたベタな解決方法に辟易する。ここの作者もオチをつけるのが面倒臭かったんだろう。
パソコンにも疲れたので、テレビをつけた。
「最新の科学技術紹介ー!」
もう名前も分からない芸人たちが拍手をして、対して興味もなさそうに、へぇーだの、何だのして頷いている。
名前の横に早稲田大学——物理科学科卒業と書いてある。そこにいたのならとっくに知っているだろうに、大変だな。彼に同情して見てみることにした。
「ここが研究室ですか! 広いですねぇ。一体何の研究をされているんですか?」
「ここでは光を圧縮して、超光速を目指しています。私たちはこれを伝書鳩システムと呼んでます——名前の通り光の帰巣本能を利用するもので、超光速が未来で光速になる時点まで移動して……」
「その、光速まで加速すると無限大の質量になるわけですけど、これはそれよりも加速しているので、その超過分のエネルギーが放出されるんです」
「なもんわかるか! ど文系の俺にはさっぱり分からんわ」
どうやら世界は広いらしい。俺の知らないところでタイムトラベルが進んでいるとは。
••• •• •••••
さあ、やってまいりました、ネットサーフィンのお時間です。自分でナレーションをつけて見たが、どうも面白味に欠ける。
いつものようにパソコンを起動してパスワードを入力。メールが一件届いていた。宛先は俺、それ以外は何も書かれていない。
メールの本文には『あああ』と書かれていた。マジか! と喜んだが、よく考えると当たり前のことだ。どこからか俺のメールアドレスを盗み取って、送ったんだろう。
どうやって取っているのか気になったので、もう一度入力してみることにした。今度はもっと長く、
『十分後の俺、元気にしてるか? もしかするとこれを書いたことを忘れちまっているかもしれないが。思い出してくれよ!』
と、書いた。
早速、コーヒーでも飲みながら待とうと思い、キッチンでコーヒーを入れる。
そういや、コーヒーの豆知識とかねえかな。豆だけに……滑ったな。会社で親父ギャグを言いかけそうになるのも気をつけないと。
部屋に入ろうとすると、コードに足を取られてこけた。何とか、コードにコーヒーはかからなかったが、床がびしょびしょだ。
焦って台拭きを持ってきて拭いた。
……強烈な閃光と共に視界が無くなる。光に包まれた俺は一瞬で消え去った。
「こちら、爆発の現場です。警察によりますと、半径三キロの住宅が倒壊。そのほかの地域でも、甚大な被害が発生しているとのことです——ここで専門家に聞いて見ましょう」
「はい……えー今回の被害は、物凄い質量が超高速で発射されたとしか考えられません。私たちが研究する、超光速加速器で生成された物体でしかあり得ない」
「未来に移動することが可能であるものですよね」
「はい、そうです——」
「現場から光ファイバーが発見されたとのことです。どうやってあの爆発を免れたのか、まったく不思議ですね」