第1話『田んぼの中のどすこい娘』
福岡県久留米市田主丸町。
青空の下、10反の田んぼに泥と汗と若さが混ざっていた。
「よし……あと三列ばい……」
農家の娘・花田こめ(16)は、家族の田植えを一手に引き受け、黙々と腰を落としていた。
この広さは普通機械でやるが素手で植えるのが家のやり方。腰を低く、ブレずに、無駄なく。
稲を一本一本泥に刺していく中腰作業は、まさに修行。
終わったあと、用水路で泥を洗い流しながら、こめはポツリと呟いた。
「ふぅ……今年も腰に来たばい……でも、これがないと夏が来た気せんけん」
その腰つきは、鍛錬というより“地とともに育った証”だった。
午後、体育。内容は柔道の立ち技体験。男子が女子に投げ方を優しく教える──そんな穏やかな流れの中、事件は起きた。
「次、花田ー。組んでみようか」
相手は柔道部副主将の大山。身長170センチ、がっしりとした体格。
「まあ手加減するけん」と軽く笑った彼は、安心して組みに入った。
だが次の瞬間――
ドンッ!!!
「うっわ!?」「マジかよ!」
大山の身体が浮いた。見事な腰投げで、マットに叩きつけられる。
体育館に響くのは、マットの音と静寂。
こめはキョトンとした顔で、大山に手を差し伸べる。
「ご、ごめんね? なんか……腰が勝手に」
その様子を端でじっと見つめていた少女がいた。
鋭い眼差しに短髪、どこか只者ではない雰囲気。
転校生・鬼嶋あゆ。中学女子相撲全国覇者、ケガで引退し、今は静かに復活の機会を窺っていた。
その日の放課後。こめはあゆに呼び出され、校庭の隅に案内される。そこには、草に埋もれかけた土俵があった。
「これ、女子相撲部……ってあるん?」
「非公式。まだ部員一人。けど、あんたの動き、ただもんじゃなか」
あゆはまわしを差し出し、ニヤリと笑う。
「ちょっと、うちの“秘密兵器”と立ち合ってみらん?」
現れたのは、あゆの後輩・黒田ましろ(2年)。
中学相撲九州大会準優勝の実力者。低く、鋭く、実に相撲らしい立ち姿。
「よろしく。遠慮せんでええよ」
「う、うん。あんまり経験ないけど、頑張るばい……」
礼のあと、立合い。
ましろが鋭く踏み込む。低く潜り込むように、胸を狙って体をぶつけた──はずだった。
次の瞬間。
バゴォンッ!!!
逆に吹き飛ばされたのはましろだった。
まわしを取る暇もなく、腰の芯から“何か”がぶつかってきた感覚。
土俵の端まで転がり、ましろはぽかんと空を見上げた。
「……え、うち、今……飛んだ?」
こめは土俵の真ん中で困ったように立ち尽くす。
「わ、わたし……ちゃんと、立ち合ったとよ? だめやった?」
あゆは唇を噛みしめ、驚愕と興奮の混ざった声で呟いた。
「こいつ……この足腰……相撲の申し子や……!」
泥で磨かれた腰。
田んぼが育てた“怪物”が、土俵に立った瞬間だった――。