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9話 私たちの正体は

「エルダー! ひどいこと言ったぁ! わああっ、あああ!」


 悪魔だと言われ、リュカはとうとう泣き出してしまった。その場で座り込み大きな声を上げ、ひぃひぃ喉を鳴らす。

 泣きじゃくる子供をなんとかしてテーブルからおろそうとするけど、上手くできない。


 助けを求め振り返った先、魔人は笑みを浮かべたままテーブルの向こうの3人へ視線を向けていた。その様子は睨んでいるようにも見えて、助けどころか声を掛けることすらすべきでないと感じる。


 リュカの向こうから3人目の声がした。赤い鎧の偉い人だ。


「それは本当か、エルダー」

「はい。この目に間違いはないかと。精霊も、先程から異様な気配を感じ取っております」


 私はテント内を見渡した。この場にいる赤い人以外の騎士達が全員、リュカを凝視している。エルダーの言ったことが嘘か本当かなんて知らないけど、このままではまずい。


「しかし、私の目にはどうも普通の人間の子供にしか見えない。悪魔というなら昔対峙したことがあるが、魔力もそれと比べるまでもない。この場で断言したということは、相応の覚悟ができているな? エルダー。お前が確信に至った証拠があるならば聞かせてくれ」


 偉い人はそう言いながらへたり込むリュカを見下ろした。その目は冷たく鋭くて、リュカも泣くのをやめて怯えた様に小さく身を丸める。


 エルダーは不吉なものを見るように、顔を歪ませながらテーブルの上を見た。リュカが小さく「エルダー」と呟いたけど、それを聞いてか眉を顰め視線を逸らす。

 今度は赤い鎧の方へ向き直ると、頭を下げた。


「勝手な発言を、致しました。申し訳ございません。‥‥私には、彼の魂が見えます」

「ふむ。精霊騎士は魂だとかオーラというのが見えるんだったな。では君は悪魔を見たことがあるのか。それと彼が一緒だと」

「いいえ、ありません。ですが、団長‥‥。彼は、この少年は確実に人間ではないと確信できます。まるでそう、異物です」

「異物、か。そうか」


 団長の目がまたゆっくりと私たちへと移動する。その目は静かなのに恐ろしく、見られるだけで威圧されているように感じた。まるで蛇に睨まれたカエルのように、指一本動かせない。


「彼女もか? どうも私には普通の人間にしか見えんが」

「少女は人間です。ですが」


 頭を上げたエルダーは私たちの後ろを見た。


「ヘイエム男爵、貴方は‥‥人間ではありませんね?」


 団長の視線が、黒い鎧の人の視線が、私の後ろへと移動する。


「男爵閣下、お呼び立ての上、失礼を承知で‥‥申し上げる。どうか答えていただきたい。ここにいるドゥアが昼間貴方と‥‥お会いした際、人ならざる気配を感じたと言うのだ。もし、人外の者であれば、‥‥お伺いしたいことが2、3あるが、いかがか」


 まさか、こんなに早くバレるとは思ってもみなくて、だけどどうしたらいいかなんて思いつかなかった。おそるおそる振り返ると、背後の騎士は抜いた剣を今度は魔人に向かって構えている。


 にんまりと笑む魔人と目が合う。私の目には、その姿は人間にしか見えない。


「チトセ、こうなっては仕方がない。一応貴様の手前話はするが、分かってくれんという時には、喰ってよかろう? こやつらはもうわしらに剣を向けておる。殺されても文句は言えんじゃろう」


 穏やかな声だったけど、本気だと分かった。楽しそうに、愉快そうに、待ち望んでいたような声。


 こんなところで問題を起こしたくない。

 私たちは囲まれていて、このテントの周りにだって沢山騎士がいる。この場の誰かを傷つけでもしたら、きっと全員黙っていないだろう。きっと逃げられない。


 そうなったら、お城の時のような殺戮が始まってしまう。魔人が負けるわけがないけど、なら死ぬのはこの人たちだ。


 この人たちは殺されていいような悪い人たちだろうか。悪い人たちなら、殺してもいいだろうか。あれだけ殺してきたんだから、今さら変わりはしないだろうか。


 わからない。


 でも、人殺しは嫌だ。


「お、お願い‥‥ひどいことには、しない、で」

「さぁ、それは‥‥。そやつらの出方次第じゃ」


 魔人がゆっくりと視線を動かす。それだけで空気がピリリとするのがわかった。


「申し訳ございません! 閣下。どうかお許しを。お前たち剣をしまいなさい。今は団長が話されているのです。邪魔をするなら出ていくように!」


 先程ドゥアと呼ばれていた黒い鎧の人がそう告げると騎士たちは戸惑いを見せ、しかし逆らうことはせず恐々といった具合にゆっくりと剣をしまう。


 続いてドゥアは魔人を見つめた。その視線には緊張が残る。


「ヘイエム男爵閣下、ではやはり貴方は人ではないと。ならばそもそも、ヘイエム男爵ですらないのでは?」

「ああ、そうとも。そやつはもうおらん。わしが喰ったでのぅ。わしは魔人。悪魔などと思うなよ、人間」

「なっ」


 さっきは騎士に剣をしまうよう言ってくれていた彼も、魔人と聞いてたじろいだ。その隣で眉一つ動かさず団長が静かに続ける。


「ヘイエム男爵はヘリオン城にいたはず。それを喰ったというならば、ヘリオン城の‥‥ヘリオンの事は貴方がたの仕業‥‥ですか。街も人も城も、すべて」

「街? 知らんな。しかし城を喰らい尽くしたのはわしじゃ。ローベルト、あやつも喰った」


 それを聞いて、その場が静まり返った。団長以外の騎士たちはみな、緊張か恐怖か、顔をしかめ黙りこくる。


「何が目的でそんなことを?」

「それに答える前に聞かせよ。貴様らはヘリオンのどこまでを知っとる。何を知り、何をするためここへ来た。答えによっては主らはわしの敵となろう」

「それは‥‥! 団長、いかがされますか」

「ドゥア、いい。どちらにせよ話すことだ。我々とて、無駄に死者を出すわけにはいかん」


 団長とドゥアが目を合わせ、頷きあう。口を開いたのはドゥアだ。


「わかりました。信頼いただくためです。我々についてお話ししましょう。エルダー、防音魔術を」


 驚いた顔をしたが、すぐにエルダーは頷いた。テントの小さな幕を一つ一つ下ろしてまわる。


「閣下、ここより先は聞く者を減らしたい。彼らの退出をお許し‥‥いただけますか」

「よい」

「ありがとうございます。ドゥア、エルダー以外の者はテントを出ろ。ここから先は貴様らに聞かせるわけにはいかん」


 命令され、入り口付近の騎士たちが戸惑いながらも次々退出していく。最後に入り口の幕がおろされ、テントの中には私たち3人と、団長、ドゥア、そしてエルダーの6人だけが残った。


「空間の聖霊よ、音を遮断せよ」


 エルダーが祈ると光の粒がテント内を駆け巡る。なにか魔法や魔術の類だろうか。


「さて、話をするのに君がそこにいては邪魔だな。おりてもらえるだろうか、えぇと」

「ぼ、僕‥‥リュカ」

「そう、リュカ少年。さぁ、下りなさい」


 団長は視線こそ冷たく、表情もまるで能面のように動かないが、リュカに対する態度はそこまで恐ろしく感じなかった。


 だけど視線と声に圧倒されたリュカは怯えながらゆっくりテーブルから下りてすぐさま私の手を握る。魔人の後ろまで走ると、その影に隠れた。私もリュカに引っ張られるようにして魔人の後ろ隣りに立つ。


 背後から抱きしめられ、うんざりした顔の魔人はテントの隅を指差した。


「話は長くなりそうかのぅ。そこの椅子を寄こせ。疲れた」

「私も手短にしたい‥‥ですが、何分事が事ですから。ドゥア、椅子を」

「はっ」


 魔人は椅子に深く座ると足と腕を組む。それから「そうじゃ。もうこれは必要ないな」と言って変身の魔法陣を魔石毎口に運んだ。

 石を砕く音がした途端、魔人の耳は尖り口は裂け、隠されていた腕が現れた。


 その姿を見てドゥアとエルダーは目を見張るが、団長は顔色一つ変えない。驚かない。


 あんなに強かったノイですら魔人を前にして顔を強張らせていたのに、この人は魔人がこわくないんだ。

 そう感心していると彼は話し始めた。


「さて、お話しする前に自己紹介を。私はこの連邦騎士団、カミラ小隊を率いるフェグラス・アルバ。‥‥と申します。こちらは部下のドゥア・ホバンタス、そしてエルダー・レイリッチ。貴方がたのお名前をお伺いしても‥‥よろしい、でしょうか」

「わしは名を忘れたでのぅ、名乗らん。代わりに食欲魔人でもはらぺこ男爵でも好きなように呼べ。こやつらはチトセとリュカ。そこな精霊騎士は悪魔と呼んだが、リュカは人間じゃ。見た通り半魔じゃが、愚かで純粋でなぁ。悪魔共と比べれば可愛いものよ。あまりいじめてくれるな」


 半魔と聞いて私も耳を疑うが、リュカ本人はもっと驚いた顔をしている。しょんぼりとして「僕そんなんじゃないよ」と小さく呟いた。


「大丈夫、わかってるよ」

「うん」


 小声でそう言うとリュカは少し笑ってくれた。それから私の腕に引っ付いてくる。


「エルダーの無礼は詫びよう。すまなかったな、リュカ少年。彼はこの騎士団に入ってまだ日も浅く、閣下の圧に耐えられなかったのだろう。それから少々真面目過ぎるきらいがある。まだ世間を知らん若造なのだ。半魔も珍しいは珍しいが、大した問題ではない。そうだな、エルダー」

「大変失礼を申しました。どうか、お許しください」


 エルダーは深々頭を下げる。フェグラスに一瞥されたリュカはこそこそと私の後ろに隠れてしまった。

 魔人はめんどうそうに手を振り、早々に謝罪を終わらせる。


「貴殿の事は敬意を込めて男爵閣下と呼ばせていただくが、よろしいか」

「なんとでも呼べ」

「ありがたく。では、我々の目的について、すべてをお伝えするわけにはいかないことを先に謝っておこう。我々は連邦騎士。保有する情報のほとんどは機密扱いなのだ」

「団長、言葉が」

「おっと、失礼した、ました。私はガサツなものでね、気を付けている‥‥のですが、目上の方へ敬意を払うのがどうも苦手なのです。お許しを」

「気にせん。話しやすいよう話せ」

「ありがたい」


 ドゥアが「団長」とこぼしながら心配そうな顔をしているが、魔人は心底どうでもいいというようにあごで先を促す。


 難しい話がはじまりそうだ。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


5話で嫌な話を読ませてしまった上、難しい会話パートが長くて申し訳ございません。

10/2まで続くので、物凄く興味がないという方は10/3からお読みください。

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