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8話-2 騎士団のキャンプへ

「男爵閣下、騎士団長が本件も含めて一度お話ししたいと申しております。観測所付近のテントにご足労願えないでしょうか」

「ああ、そうなるか。丁度よい。わしも用があったところじゃ。さて、では行くとしよう。こ奴らも連れて行ってよいかのぅ。騎士団を見たことがないと言うんでの。見せてやりたいのじゃ」

「もちろん、どうぞ」


 騎士の案内で村を出て、山脈側にひと気のない森を抜けた先、そこが騎士団のキャンプだった。


 大小のテントが全部で6つほど。規模としてはそこまでの人数がいるようには見えなかったが、テントの入り口から覗く内部は見た目よりずっと広く見える。これもまた魔法や魔術なのだろうか。


 キャンプすぐ後ろには切り立った崖が連なり、巨大な横穴が開いていた。穴は小さな松明だけではまるで照らしきれない大きさで、夜の闇の中に真っ黒く鎮座し非常に不気味に見える。時折横穴の方でごうっと風が鳴るのも恐怖を駆り立てた。


 私たちを案内する騎士が一番奥の大きなテントへ向かう。

 大小のテント付近には鎧を身に着けた人に交じって軽装の人もいた。夜だし、今はもう仕事も終わりで着替えているのかもしれない。それにしては少しざわついている気もするけど。


 村で騒ぎが起きてるしね。警戒もするか。


「こちらです。どうぞ、中へ」


 言われ、魔人を先頭に私たちは続く。テントの中は外から見るよりずっと広く、中央に大きなテーブルがあるほかに左右にいくつか部屋がわけられていた。


 テントの正面奥には赤くていかつい鎧を着た男性がいる。彼は少し癖のある赤茶の短髪の隙間から、鋭い目つきでテント内を進む私たちをじっと見ていた。

 30代手前か、そのくらいだろうか。まだ若く見えるけど、雰囲気的にも立ち位置的にも、その人がここで一番偉い人な気がした。


 赤い人の左右にもう2人。右手にいるのは、40代かもう少し上くらいに見える黒髪と黒い鎧に身を包んだ男性。


 左手には20代半ばほどの金髪の男性。彼だけはなぜか鎧を身に着けておらず、軽装だった。私たちを見るなりはっとした顔をしたが、すぐ表情を戻す。


 赤い人も黒い人も鎧を身に着けていても兜はないから、彼らの表情は良く見える。テント入り口に4人の騎士が立っているけど、こちらは兜をかぶっているからよく見えない。

 だけどみんな真剣な顔で睨むようにこちらを見ている気がする。妙な居心地の悪さを感じた。


 話をするために呼び出したという雰囲気ではないような気がする。

 魔人は堂々とテントの中央へ向かって進むので、私たちもついていくけど、正直今すぐ出ていきたい。


「エルダー? やっぱり、見間違いじゃなかった! 朝見たと思ったんだっ。エルダーだよねっ?」


 妙な雰囲気の中、突然リュカが嬉しそうにテーブルに向かって行った。名を呼ばれた軽装の人物は目を見開き、リュカを凝視している。知り合いという反応じゃない。


 私の横で金物が動く音がする。見れば、騎士の1人が腰の剣に指をかけてリュカを見ていた。背筋に悪寒が走る。


「エルダー! 久しぶりだねぇ! 髪の毛切ったんだねぇ、だから分からなかったんだっ」


 周りの雰囲気など気にする素振りもなく、リュカはテーブルに身を乗り出して話しかけている。話しかけれた騎士は困惑し、一歩後ずさった。

 その様子に黒い騎士が問いかける。


「エルダー、知り合いか?」


 しかし、エルダーと呼ばれた彼は眉をひそめ、首を横に振った。


「いいえ、知りません」

「え」


 知らないときっぱり言われ、リュカは飛び跳ねるのをやめる。この隙に引き戻そうとゆっくり近づく。


「何かの任務で会ったことがあるんじゃないか」

「いいえ。それはありえません」

「な、なんでそんなこと言うのエルダー。僕を知らないなんて」


 エルダーという名前はこれまでにもリュカが何度か口にしていた。きっと仲の良い友達の一人なんだろう。しかし、目の前の人物は名前こそ同じだがリュカの知る彼とは違う。


 別の世界の私。別の世界のリュカ。きっと彼もそう。


 湖を前に2人で話した不思議な話。リュカも身をもって知ってるはずなのに、受け入れられなかったらしい。


 誰もがそうなのかもしれない。

 ここでは会えないはずの大切な人によく似た誰か。そんな人と出会ってしまった時、同一人物であると錯覚するのかもしれない。


 あと少しで手が届くという時、リュカは「いやだっ」と叫んだ。止める間もなくテーブルに飛び乗る。


「エルダー! 僕だよっ、リュカ! どうして忘れたなんて言うの!? どうしてそんな意地悪言うの!」


 リュカが叫んだ途端、背後でしゅるりと鉄同士が擦れるような音がした。剣を抜いた音だと直感する。

 あわててテーブルに駆け寄り、リュカの足首を掴んだ。


「リュカっ! 下りなさい!」

「やだ! やだっ! エルダーが僕を忘れちゃった! うそっ。そんなの嘘だよ! だって僕たち友達なのに!」


 暴れるリュカはちっとも落ち着いてくれなくて、その場で地団太を踏む。テーブルの上の地図や駒が蹴飛ばされて倒れたり飛んでったりする。


 その様子を赤い鎧の人はじっと見ているだけ。後ろの騎士たちがじりじりとにじり寄ってくる気配がする。


 このままじゃリュカが斬られるかもしれない。

 必死にリュカを引っ張った。引っ張っても降りてくれない。


「チトセ引っ張らないでっ! エルダー! エルダー!」


 落ち着くどころか、余計興奮させてしまう。


「もう、リュカいい加減にして! 伯父さんと約束したでしょ! 黙ってるって!」

「だって! だってエルダーがいるのに! 僕の事知らないって言うのに! 黙ってられないよ! ねぇ、エルダー! 本当は僕の事知ってるでしょう? 意地悪言ってるだけでしょ、ねぇ!」


 リュカは泣きそうな声で叫ぶ。


「エルダー、本当に知り合いじゃないのか?」

「し、知りませんよ! こんなものと友達? 冗談じゃない。だって彼は」

「エルダーっ! まだ意地悪言う! こんなのって! 違うもん! やだやだやだやだぁっ! やめてよっ! なんでっ! 僕とエルダーは」

「だって彼は悪魔ですよ!」


 エルダーが叫ぶと、テント内がしんと静まり返った。

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