6話-2 嫌がることはしちゃだめだよ
しばらくそうして、どのくらいだろう。外で鳥がひょろひょろ鳴く声がする。
顔を上げて、鼻をすすると、もう涙はこぼれなかった。
「うん‥‥。ありがとう、なんとか落ち着いたかも」
「よかったぁ。もう泣いてないね」
リュカも私の様子を見て安心してくれたようだった。立ち上がり、手を差し出してくれる。
引っ張られるように立ち上がると外から声が聞こえてきた。
「っだよ、なにが起きてんだよ! っんで勝手に!」
「わっかんねぇよ!」
ラダーとユニアンの声だった。私の喉から「ひっ」と声が漏れる。
目の前で倒れているポルフェンまでが起き上がってきて、恐怖がよみがえる。体が固まる。
「なんだよ、なにが」
「あ、呪術切れてたみたい。呪術 踊る子供たち」
「はぁ!?」
ポルフェンが起き上がったかと思うと、くるくる回りながら納屋の外に出ていった。リュカを見ると人形をくるくる操っている。
「さ、3人まとめて操ってるの‥‥?」
「うん、そうだよ」
「そっか、‥‥大丈夫だったんだ」
リュカの呪術は人形の数分しか操れないわけじゃないらしい。これで少なくとも3人が再び私たちに襲い掛かってくることはないはず。
外から踊り続ける3人の声が聞こえてきて、体がびくりと揺れる。姿は見えないが、その声を聞くだけで恐怖が何度でもぶり返すみたいだ。
体が震えて、足がすくむ。こわくて視界がぐらんと揺れる。
そんな私の様子を見てか、リュカがむっとした顔で外を睨んだ。
「うるさいねぇ。ね、チトセ! あれどうしようか?」
「あ‥‥あれ?」
もちろん、あれとは彼ら3人のことだとわかってる。リュカが人の事をまるで物のように指して言うから、びっくりした。
リュカも怒るとそうやって言うのね、なんて。
「あの人たちのことだよ。チトセの友達‥‥じゃあないんでしょ? それとも、やっぱり‥‥友達?」
迷うように聞いてくるので、首を横にブンブン振った。あんなのが友達だなんて、それだけは断じてない。
「あんな人たち、友達なわけ、ないっ!」
「だよね? うふ」
安心したように笑いながら「チトセに意地悪した悪い子は、どうしちゃうのがいいんだろう?」と外を見る。
「どう、したらって」
にこにこしてるリュカからは邪気を感じない。だけどその物言いはどこか不穏な気がして、気になる。
もし今私が何かしてって言ったら、きっとその通りにしてくれそうだ。
どんな悪いことでもしてくれそうな、そんな気がする。
「ううん!」
お城で人を傷つけることを嫌がっていたリュカを思い出し、否定する。
「びっくりした。どうしたの?」
「なんでもないよっ」
リュカは今、私のために怒ってくれているんだよね。なら、リュカにはこれ以上彼らとかかわってほしくない。彼らになんか何もしなくていい。
けど、このままにしておけないのも確かだ。呪術を解いたら彼らは私たちを追いかけてくるだろう。
それに村ぐるみで貴族だって敵じゃないみたいなことを言っていたから、ここで食い止めておかないとまずいことになるかもしれない。
魔人に判断を仰ぎたいけど、いないし。
どうしよう。
リュカが悪いことをしないで済んで、彼らが追ってこない方法が思いつかない。
縛って納屋に閉じ込めるとか。でも私じゃきっと彼らを強く縛ることはできない。
なら、殺してしまう、とか。
ううんそれは論外。
そう考えて、正しいはずなのに自分の事が嫌になった。
あんなことされたのに、あの時は死ねばいいと思ったのに。私は人の死を願うことはできても、自ら殺す覚悟をもてない。それは卑怯じゃないか。
「とりあえず、ここから逃げれたら、それで十分‥‥かな」
「そう? じゃあ、あの子も帰してあげるね。サーカス終幕」
「へ?」
リュカが手をぽんぽん叩くと、外で何かが倒れるような音がした。3人はまだ踊っているはずだから、とするといなくなったというセリナだろうか。
戸の向こうを見てもここからだと誰も見えないが、やはりそれはセリナだったらしい。外の3人がそう呼ぶ声が聞こえてきて、心臓がきゅっとなる。
リュカに視線を移すと、私をじっと見てた。目が合うとにへっと笑う。
一瞬だけ見たリュカの目は暗い所にいるからか真っ黒だった。だからか、お城で首を絞めてきた時のことを思い出す。
ちょっとだけ、こわい。
「うーん。逃げれたらいいんだよね? でも、あの人たち追いかけてきそうで、嫌だなぁ‥‥。そうだ、あの人たちには」
黒い瞳が外を見る。
信じていないわけではないけど、その目に一抹の不安を感じ、思わず「待って」と言っていた。
「寝ててもらおっか‥‥え、待つの?」
早とちりだった。
見つめ返して来る瞳は確かに黒いけど、リュカは私が想像したようなことなど一切考えていない。それにほっとして、それから頷く。
「ううん、なんでもない。ごめん。寝ててもらうって、いいと思う」
「うん、そうでしょ。じゃあ‥‥呪術 眠る子供たち」
リュカがそう唱えると、外で彼らが倒れる音が聞こえ、声も止んだ。
「これでもうここを出ても大丈夫。意地悪な人たちは眠っちゃったから」
「う、ん」
リュカの言う通り。これで彼らは私を追いかけてこれない。‥‥今は。
彼らが言っていたことがすべて本当だとしたら、どうしよう。この村もお城のような無法地帯なのだとしたら。
私やリュカに対する態度がああだったから、確実にそうだと思う。
だとすると、次に彼らが目を覚ました時、何をされるか分からない。今のうちにここを出て、魔人と合流して、一刻も早くこの村を出た方がいい。
「チトセ、もう行こ」
「うん、行こう」
差し出された手を掴む。そのまま手を引かれて進むけど、私の足取りは重い。
この扉の先には、眠っているとはいえ3人がいる。
魔人のところに向かうなら絶対に通らないと行けないけど、今はまだ彼らの姿を見るのも怖かった。
恐る恐る納屋から出る。外では3人が地に伏せ、その少し遠くでセリナがぺたりと座り込んだまま空を仰いでいた。
セリナが起きていることにショックを受け、足が止まる。
「‥‥っ」
「大丈夫だよ」
そんな私の手を引いて、リュカは進む。
「う‥‥ん」
彼らの近くを歩く時、もう襲って来ないと分かっているのに体が震えた。そんな私の手を強く握って、リュカは「大丈夫」と繰り返す。
リュカを信じて、勇気を振り絞って足を動かす。
3人の前を通り過ぎる。続いてセリナの前。
横切る時、ふと彼女の様子が気になって立ち止まる。
セリナはさっきから同じ姿勢で動かず喋らず、けど目はあけているから眠っているわけじゃない。ただじっと上を見上げていた。
「リュカ、ちょっと‥‥待って」
「どうしたの?」
セリナの様子は明らかにおかしい。
近くで見た彼女は首を大きく反らし、目と口を開けて空を見ていた。
その表情は心ここにあらずと言った具合で、目が開いているのに目の前にいる私がまるで見えていないかのようにずっと一点だけを見ている。
視線が合わないし、まるで目を開けたまま死んでいるようにも見えるが、胸は動いている。呼吸をしている。
「どうしてこんな」
「あ、それ? サーカスに行くとみんなそうなっちゃうの」
「さ、サーカス?」
「うん。僕のサーカス」
それって、さっき終幕って言ってたやつ?
私の知らない新しい呪術。
ここに来て、眠るのとサーカスと2つ。きっとまだまだ見たことがない術があるんだとは思うけど、それにしてもこれは。
セリナは正気を失ったように思える。
「あ‥‥っ」
にこにこ話していたリュカが突然何かに気づいて顔を曇らせた。
「どうしたの」
「だめ‥‥なんだった。そうだった。やっちゃいけないって、お嬢様から言われてたのに。忘れてたみたい」
サーカスとやらの影響が強すぎて、夢の国から止められていたらしい。そりゃ、セリナがこんなになったことを思えば、相当やばいものだろうとは想像がつく。何が起きるのかはあえて聞かないけど。
「リュカ?」
「うんと、ごめんなさい」
反省したようにしょんぼりと俯いたリュカだったけど、次の瞬間にはけろっとして「もうしないから、大丈夫!」と笑った。
「それより、チトセ早く行こうよ。伯父さんがチトセを呼んで来いって言ってたの。魔法陣が直ったんじゃないかな。もう行くんだと思う」
「そ、そうなの?」
そっか、だからリュカは納屋に来てくれたんだ。
もしリュカが来るのがあと少し遅かったり、別の場所を探していたりしていたら、私は‥‥。
俯きかけた私の手をリュカが引く。
「はやく、行こ」
「‥‥っ。うんっ!」
引かれるまま前を向いて歩き出すが、しばらく行ったところで首だけ振り返る。
納屋と、4人が見える。
私を騙して、ひどいことをしようとした最低な人たち。今なら仕返しができなくも‥‥ない。一瞬そんな考えが頭をよぎった。
殺す覚悟もないのに、なにを迷っているんだろう。
私は不穏な気持ちを振り払うように首を振ると、リュカのいる前を向く。
無事だったんだから、いいの。
あれ以上の事が起きなかったんだから、いいの。
リュカが助けてくれたんだから、‥‥もういいの。
それでも思い出すとまだ手が震える。
はやく、一刻も早くここを出たくてたまらない。
こんな土地から離れて、はやくこわい人たちが誰もいない場所へ行きたい。
元の世界に、帰りたい。
リュカが振り返り、ぴょんぴょん跳ねる。笑顔で、先を指さす。
「走ろう、チトセ!」
「う、うん!」
返事を聞くなり走り出したリュカに引っ張られ、私も駆けだす。
ここから去るために。ここから離れて、先へ行くために。




