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6話-1 嫌がることはしちゃだめだよ

「ねぇ、なにしてるの?」


 私の必死の叫びが届いたのだろうか。逆光の中、リュカが首を傾げてる。


 3人はまだ私を押さえつけているけど、リュカに気を取られたのか力が多少弱まった。


「た、助けてっ!」


 私は必死に体を動かし、声を上げる。


「チトセ? 助けるの? いいけど‥‥」


 状況が分かっていないリュカは戸惑っているが、3人の男たちに囲まれた私を背伸びして確認すると、リュカは怪訝そうな声で尋ねた。


「それ、なんて遊び?」

「遊んでな」


 誰かが私の口を手で塞いだ。


 そこで、そうだ3人がかりなんだと思い出し、青ざめる。リュカ1人でどうにかできるはずがない。

 今すぐ魔人を呼んできてほしいと願いを込めて塞がれたまま叫ぶ。しかし伝わらなかったのかリュカはその場から動かなかった。


「誰だよこいつ」

「連れの一人だろ。けどガキだ」

「おいセリナ! 何してんだおい!」


 舌打ちしてユニアンが納屋の入口へ向かうと、リュカも彼に近づいた。


「ねぇ、チトセが嫌がってるよ。なにしてるの? ねぇ、遊んでるんじゃないの? 遊んでるんじゃないなら、やめてよ」

「うっせぇな。‥‥おい、セリナのやつどっか行きやがったぞ」

「はぁ? マジかよ。なにしてんだよ。くそババアがよ」

「ねぇ、なにしてるのったら。あのね、チトセがね、嫌がることしないでよ」


 ユニアンが納屋の外を見て再度舌打ちし、まとわりつくリュカをうざったそうに押しやるが、リュカは引かない。ユニアンの腕を掴み返して問い続ける。


「ねぇったら。遊ぶなら皆が楽しくないとだめだよ。チトセを放してよ」

「うっぜぇな! 触んな!」

「きゃうっ」


 突き飛ばされたリュカが視界から消える。納屋の外で転がったような音がする。


「んんんっ!」


 リュカにひどいことしないで!


 とっさに起き上がろうと身をよじるけど、ラダーが足を掴んで放さない。


 ユニアンが乱暴にラダーへ向けて手招きをする。


「先にこいつどうにかしようぜ。おい、ラダー!」

「はぁ‥‥? なんで俺だよ」

「このまま帰したらお貴族様にチクるだろ。今バレたらめんどうだから、口封じだよ。先にやっちまおうぜ」

「ああ? ‥‥はぁーっ、めんど」


 ラダーが大きなため息をついて私から離れ、リュカへと歩いて行く。後ろ手にポケットからナイフを取り出したのが見えた。


 だめ!! リュカ!! 逃げて!!!


「んん! うぅ、んんんんん!!!」

「黙ってろよ!」


 ポルフェンに口を押さえつけられ声は出ないが、それでも暴れるのはやめない。


 1人なんだ、こいつ1人なんだから、どうにでもなるはず!


「んぐぐ‥‥! んんん!!」


 全身に力を入れて、最後の力を振り絞る気持ちで頑張った。

 けど、駄目だった。


 全力だったのに、一対一でも私じゃどうにもならない。

 ポルフェンに全力で押さえつけられると体を起こすことすらできない。悔しくてたまらないが、悔しがっている暇もない。


 急がないとリュカが、リュカが危ない!


 地下で抱き上げた目とお腹のない死体が脳裏に浮かぶ。あの光景を思い出して、体が震えだす。


 扉の方を見る。起き上がったリュカに向かって2人が近づいていく。スローモーションみたいに見える。


 やめて! やめてやめてやめて!!

 リュカに何かしたら、絶対に許さない!!


 納屋の入り口の手前でラダーがリュカに手招いてる。


「おいガキ」

「僕ガキじゃないもん。リュカだよ、リュカ」

「ちっ、じゃあリュカ。こっちこいよ。俺たちと遊ぼうぜ」

「ほんと? 僕と遊んでくれるの? うふっ」


 純粋なリュカはラダーの言葉を信用して喜ぶ。嬉しそうな声がする。


「んんんーーー!」


 だめリュカ! そいつらを信じちゃダメ! 今すぐ逃げて!


 悲鳴を上げるように叫んだ。叫びすぎて喉が痛くて、耳も痛い。けどそんなの構わない。

 リュカが逃げてくれるように、必死で声を上げる。


「でも僕お兄さんたちとは遊びたくない。チトセに意地悪したから、嫌い」


 ころりと態度を変えたリュカの両手には、いつの間にか人形が下がっていた。


「は? じゃあいいや。ユニアン、捕まえろ」

「俺に指図すんなよ」

「呪術 踊る子供たち」


 リュカに手を伸ばしかけていたユニアンはその場で止まる。ラダーもナイフを手にしたまま動かない。


「は、なに? なにこれ」

「体っ! 動かねぇんだけど!?」

「邪魔だよ、どいてよ」


 リュカが2人を操って納屋から出す。


「「んぎゃ!」」


 突然動きはじめた2人は、めちゃくちゃな動きをしながら狭い入口を互いにぶつかり合って出ていった。もつれる2人をするりと抜けて、リュカは納屋へ入ってくる。


 光を背にして立ち止まり、私を、その後ろのポルフェンをじっと見つめた。


「ねぇ、お願い。チトセにひどいことしないで。放してあげてよ‥‥あ、泣いてる。チトセを泣かせたの? お兄さんたち、チトセが泣くまで意地悪したんだ? ‥‥なら僕、お兄さんも嫌い」


 表情は逆光で見えづらいけど、その声は怒っているように聞こえる。


 ポルフェンが私から完全に手を離し、立ち上がった。


「ぐちゃぐちゃうっせえって‥‥。おい、お前ら何遊んでんだよっ!」


 納屋の外にいる2人に怒鳴るが、外からは混乱したような声が返ってくるだけだった。姿を現さない2人にしびれを切らし、ポルフェンは怒りをあらわにする。


「つっかえねぇなっ!」


 そのまま足早にリュカに向かって行くポルフェン。止めるため、くたくたの全身にもう一度力を入れる。


 リュカは今人形を2つとも使ってしまっているから、きっとこれ以上呪術は使えないはず。呪術がなければ、リュカは。


「リュカっ! 逃げて!」


 私は立ち上がり、走り出す。このまま、背後からポルフェンに体当たりをして隙をついて、その間に逃げられないかと考えて。


 振り返ろうとしたポルフェンの背中に、思いっきりぶつかった。


「ぐっ!」

「うっ!」


 私は反動で跳ね返り、床に倒れる。だけど、ポルフェンは立ったままだった。

 思いっきり全力で体をぶつけたのにちょっとよろけさせただけ。


 もう体勢を立て直しているポルフェンを見て、こいつはどうして平気なのかと口の中の布を噛みしめる。


 失敗した。倒せなかった。

 だけどこれで十分だ。ポルフェンの意識が私に向いた。


 これでリュカは逃げられるはず。


「ってぇな! てめぇ‥‥!」

「‥‥っ!」


 怒ったポルフェンが私に向かってきて、腕を振り上げる。さすがに目を閉じて身構えた。


「踊り子」


 痛みは襲ってこなかった。リュカの声だけが聞こえてきた。続いて、目の前で人が倒れる音。外からも聞こえる。


 おそるおそる目を開けると、私の前には倒れたポルフェン。それをひょいっと飛び越えて、リュカが笑った。


「もう大丈夫だよ、チトセ」


 その声はいつもの調子で、笑顔もいつもと変わらない。痩せた子供はにへっとはにかみながら微笑んでくれる。


「チトセ?」


 助かったという安堵から言葉を失う私の前にしゃがみこむと、不思議そうにまじまじと見つめてくる。


「もう大丈夫だよ」


 そう言って普段と変わらない様子で微笑む彼を見て、喉の奥に何かが詰まったような気になって、泣き出したくなる。だんだんと恐怖がぶり返してきて、もう安全なのにこわくて仕方なくなる。


「ふっ、ぅあ、あ‥‥っ」

「わぁ! チトセ! 泣かないで!」


 泣き出した私に驚いたリュカはあわあわと両手を振った。その度にリュカの向こうでポルフェンの体が横たわったままばたばたと跳ねる。


 リュカの呪術で、彼らはもう襲ってこない。


 なのに私の中には恐怖が溢れてる。口からはじわじわと嗚咽が漏れ、やがて止まらなくなった。感情の濁流が涙と泣き声に変わって心の外へと押し出される。


 そうやって苦しい感情は出て行ってるはずなのに、泣いても泣いても収まらない。


「りゅ‥‥っ! リュカぁ‥‥っ! わ、わた、わたし‥‥っ」

「わぁ、わ‥‥泣かないで、泣かないでよチトセ。ねぇ、ほら。チトセ、ねぇ」


 おろおろする彼に抱き着く。


「わっ」

「こ、こわっ、かった‥‥! こわかったの‥‥! もう、だめかって‥‥! リュカ、リュカぁ‥‥! わたしっ、わ、‥‥ぁああっ!」

「そっかぁ、こわかったんだ。嫌だったんだね。良かった、僕チトセを助けられたんだ。ねぇ、泣かないでチトセ。ほら、もうこわいことなんかないから」

「うんっ、う、ん‥‥っ!」


 こわくてこわくて仕方なかった。こうしてリュカに触れているととても安心する。


 リュカが優しくてあったかくて安心する。

 リュカが頼もしくてこわくなくて安心する。


「意地悪されて、こわくて、嫌だったんだね。‥‥可哀そうなチトセ。けど、泣いちゃやだよ。笑って、チトセ。もう大丈夫だから」

「う、ん‥‥。う、うぅ‥‥うぇ‥‥っ」


 頷いたけど、簡単に落ち着けそうになかった。私が泣くのが嫌なリュカは困った顔をするから、少しずつ涙を止めようと試みる。


 私を抱きしめ返しながらリュカは「大丈夫」と繰り返して背中や頭を撫でてくる。その手つきは全然気持ち悪くなくて、むしろ撫でられれば撫でられるほど気持ちが楽になっていく。


「チトセ、どう? まだこわい?」

「こわくない‥‥。けど、もうちょっと、こうしてて‥‥いい?」


 気持ちはもう大分落ち着いてきていたけど、もう少しこの心地よさの中にいたかった。


 視界に倒れるポルフェンを入れたくなくて、リュカの肩に頭を押し付けて視界を閉ざす。


 痩せた体をくすぐったそうにくねらせて、うふうふ笑う声を聞く。リュカの腕に力が入り、強く抱きしめられると恐怖は薄れていった。


「えへへ、いいよ。じゃあ、もうちょっとぎゅってしてようね、うふ」


 リュカはそれだけ言うと、ただじっと私を抱きしめて背中をさすってくれた。


 いつもはリュカの方が私に甘えてくるのに、今は逆。子どもみたいにあやされて、ちょっと恥ずかしい。けど、なんだかとっても落ち着くから、もう少しだけ、こうしていたい。

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