4話-2 軽薄な感じは、苦手かな
それでようやく合点がいった。
彼女がどうして初対面の自分に声をかけたのか、どうしてタイプの違う私と友達になんてなりたがったのか。どうして村の案内と言いつつ彼ら3人の畑の案内になったのか。
そもそも私と何の話がしたかったのか。
歳の近い女の子がいない村の中で、唯一話せるのは3人の年の離れた男性ばかり。そんな環境にいたから、きっと彼女は憧れてたんだろう。女の子の友達と恋バナをすることに。
だけどそんな話ができる子は村にはいなくて、だからこんな初対面の人間に、話も合わないだろうタイプ違いの私なんかに声をかけたんだ。かけるしかなかったんだ。
見たこともない人の話なんてできないから、だから私と彼らと会わせて例に挙げやすくして、こんな風に無理やり恋バナなんてし始めた。
そう考えると、これで全部説明がつく。腑に落ちた。
そっか、そうだよね。じゃないとおかしいもん。
そうでもなければこういう普通の女の子が私に声をかけて、その上友達になろうなんてあるわけない。ないない、絶対ない。
私っていつもエマージェンシー時にしか使われない同性の同級生枠だし。
哀しい評価だけど、でもその通りなんだ。私と親しくするのは組む相手がいない体育の授業の時だけ、ってね。
でもそれでいいんだ。だって私も相手の事を大切になんて考えたことなかったから、お互い様だったし。
それが分かってすっきりして、同時にがっかりもした。
反して、友達になりたいってのの土台が例えそんなんでも、私と友達になってくれたのは本当なんだから、という気持ち。
利用と言ったって、可愛げのある理由なんだからと思いなおす。
クラスメイトだってどうせ授業が終われば話すこともなくなる間柄だった。セリナとだってここを離れれば友達でもなんでもなくなる関係なんだ。
なら今だけ、少しくらい彼女の希望に乗ってあげてもいいかな。
「ねぇ、チトセは誰が一番よかった?」
「うーん」
でも、乗るったって、別にこれっぽっちもいいと思えた人はいないし。良いなと思えるほど彼らを知らないし。覚えているのは気持ち悪い手の感触と、不快感だけ。
正直に言えば、負の感情が先だって、あとは知ろうともしてなかった。
だからこそ、悩む。セリナは私の腕を掴んでまで聞いてくる。
「じゃあもう、ポルフェンはどう!? 背も一番高いし、一番畑も広いんだよ?」
「ん、うぅん」
セリナの目はきらきらしていて、恋に恋する乙女って感じ。
悩んだ。せめて外見で選べないかと頑張って3人の外見だけ思い出そうとする。
セリナが言う通り、確かにポルフェンは一番背が高かった。けど明らかに遊びなれてそうだったし、ユニアンは3人の中では一番清潔感があった気がするけど、端々から意地悪そうな雰囲気が漂っていた。
ラダーは論外だ。お年寄りみたいな猫背。姿勢が悪いだけじゃなくて、人相も1番悪かった。1番気持ち悪い触り方をしてきたし、それに気味が悪いほどぐいぐい近寄ってきて、下から顔を覗かれた時生理的に無理だと感じた。
正直現状選びようがないし、選びたくない。適当に選んだら午後めんどうくさそうだし、それなら逆に聞いてみようかとセリナを見つめる。
彼らと一緒にいる時間が多いセリナが、実はあの3人の誰かが好き‥‥とかあるかもしれないし。だとしたら自分とセリナの好きな人が被るのも、ね。
女の子って好きな人が他人と被ると嫌がるくせに、自分が好きな人の事は一切教えてくれない生き物だから。
「そうだなぁ、セリナちゃんは?」
「え?」
「セリナちゃんは、あの3人の中で好きな人はいる?」
「あ、んー」
恋バナがしたいってだけなら、聞くのもするのも変わらない。セリナの勢いからはむしろ彼らの事を語りたいって気持ちが強そうだと考えたんだけど、違ったみたい。黙ってしまった。
決めかねて考えているという風ではなく、しんと静まり返った横顔はなんだかつまらなさそうに見えて、心臓が冷えた気になる。
あれ、私、なにか間違ったかなって。恋バナってこういうのじゃないのって。これを求めてたんじゃないのって。
不安に思いながらセリナを見つめるけど、その顔は不機嫌そうに見えてきた。
私、やっちゃった? セリナを怒らせたかな。
けどセリナは恋バナがしたかったんでしょ?
あの3人の中に好きな人がいなかったのかな?
でもそれならそう言えばいいのに、この反応は何?
‥‥セリナがわからない。
好きな人がいなくても、いる気になって話すような、そういう”ごっこ”がしたかったのだろうか。それならごめん。無理だよそんなの。
会って数時間で人を好きになれるわけないし、私は例え嘘だとしても、そういう感情で遊びたくない。嘘はつきたくないもの。
私の恋バナに対する前提が間違っていたのか、元より恋バナがわかりもしないのにできるつもりになったのが悪かったのか、それもわからない。だけど何か間違えたんだって事だけは分かる。
彼女にかける言葉の正解がわからない。
セリナのこの反応って、なんだろう。いつも女子が私をいない風にすれ違うあの空気に似ていて、なんだか、こわい。
「セリナちゃん‥‥?」
心臓がどきどきする。頬が冷える。嫌な気分だ。
中学校以来の感覚。間違った答えを出して、クラス中が冷たく冷えていくのを肌で感じた時みたいな、嫌な感覚。
「んーん、なーいしょ!」
けど、セリナはそう言って笑ってくれた。さっきまでの横顔が嘘だったかのように、可愛らしく、女の子らしく。裏表のない素直な表情で。
それを見てほっとする。
よかった。セリナの気を悪くしたわけじゃなさそうだ。
「ねぇ、お昼はうちで食べない? 納屋の方にはあとで持っていくから、ね?」
これまた唐突なお誘いだった。
今日ここまでで、ご飯を一緒に食べたくなるようなこと私何かしたっけ。むしろ逆のことならしでかしまくった気がするけども。
でも、セリナに誘われると嫌な気はしない。だめな私を受け入れてくれたような気がして、嬉しくなってしまう。
魔人とリュカが思い浮かぶ。
そういえば2人は今いないんだよね。それなら2人の分は気にしないでもらったほうがいいかな。
「あ、今日はね、2人はいないんだ」
「そうなの? なんで?」
「えっと‥‥なんか、観測所の件で出かけてるみたいで」
言ってから、やっぱりいただいておいた方がいいんじゃないかという気になる。お昼を断ったなんて聞いたら、食いしん坊な魔人があとからうるさそうだし。
だけどそれは言い出せなかった。セリナが急に立ち止まったから。なんだろうと思って私も止まる。
喋っているうち、いつの間にか村に戻ってきていた。
「へぇ、‥‥帰りは遅いの?」
「たぶん。きっと夕方まで帰らないと思う」
もしくは、騎士団の人が村からいなくなるまでは帰らないかもしれない。
「そう。じゃあ、‥‥お昼、一緒に納屋で食べようよ? あそこ母屋からも離れてるでしょ。実は私の秘密の場所なんだ。よく遊んでるの」
「そうなんだ。ごめんね、借りちゃって」
「気にしないで。じゃあ、あとでね!」
手を振るセリナは元来た道を戻っていく。どうしてあっちに行ったのかわからないけど、まぁ、いいか。
私は一人、来た道を思い出しながら誰もいない納屋へ向かった。
道中見渡した村の中は朝と同じで閑散としていて、騎士団の姿はどこにもない。観測所への道は魔人から聞いてはいるけどここからは距離がある。そっちへ行ってみるとなるとお昼に間に合わないかもしれない。
さっきのセリナを思い出すとこれ以上微妙な関係になりたくなくて、彼女との約束をほっぽりだしたくなかった。
納屋に戻るとやはり誰もいない。
セリナが来るまでに土誇りにまみれた納屋のなかを少しでも清潔にしておこうかとバッグに手を伸ばすが、ない。そういえば今朝魔人に預けたんだった。
辺りを見渡す。藁と農具以外なにもない。納屋の中は窓が開いていても薄暗い。
ここで食べるなら明るい2階の方がいいだろうかと上へ上がる。
昨日休んだその場に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。思いのほか緊張で疲れていたようだ。
一休みのつもりで藁のベッドに横になって待ちながら、窓の向こうを見ていると段々眠くなってきた。




