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4話-1 軽薄な感じは、苦手かな

「でね、ここがラダーの畑なんだけど、ここだけ毎年虫が湧くのね。去年はさぁ、一番やばかったよねー」


 セリナが言うと、顔をしかめるラダーを押さえてポルフェンが頷いた。


「俺んとこにも飛んできてさ。ほんっと最悪だったわー。しかしあの量、死体でも埋めてんじゃねぇのって話になって」

「やばかったよな。畑掘り起こすとかいう話になってさ。今掘り起こしたら収穫どうすんのってな」

「私がパパを説得しなきゃ本気でやってた。こういうのも日頃の行いよねー。ねぇ、ラダー?」


 茶化す3人を睨みつけながらラダーは姿勢悪く立ち止まった。「お前らチトセの前でそゆこと言うなよ」と私の顔を覗き込んでくる。


「違うよ? 死体なんてないから。肥料がうまくいかなかったんだよ。今年は大丈夫だからさ、ね? いい畑じゃん? そう思うっしょ」

「え‥‥ええ、まぁ」

「無理やり言わすなよ」

「はぁ?」

「はいはい、じゃあ次、ユニアンのとこで最後ね」


 3人と合流した後は村の紹介というよりは3人の畑の紹介になっていたけど、そのおかげか話題に尽きることなく4人が喋ってくれるので何とか間が持っていた。


 彼らと話す時のセリナはとても明るく、たまに粗野で、けどとても楽しそうにしていた。私といた時より今の方がずっと楽しそう。


 やっぱり、私ではだめだった。セリナをあんな笑顔にさせることはできなかった。ため口になったあとも、彼女はまだかなり遠慮を残していたんだ。

 そう考えると不思議と寂しさを感じた。


 警戒し、忌避感まであったのに、私は彼女ともっと仲良くしたかったのだろうか。


 違う。

 彼女と仲良くなれたら、私の何かが変わるんじゃないかと期待していたんだと思う。


 だけど難しかった。時間が経てばたつほど彼女を遠く感じる。


 こうやって相手によって全く違う顔をするんだってのを見せつけられるのって、分かっていてもなんか嫌だな。


 4人で楽しそうにしているところを見れば見るほど、昨日の彼女のしおらしさ、涙、あれは一体なんだったんだろうと思う。あんなに必死に友達になりたいですなんていうから、本気にして今日こうやって来たって言うのに、結局私と何が話したかったのか分からないままだし。


 何を期待されていたのかは知らないけれど、彼女が私に何かを期待していたことは確かだ。でなければ教会裏であんなこと言わないはず。


 貴族と聞いてもっと凄い人だとても思われてたのかな。貴族と偽っているんだから当然の報いだけど、それにしても勝手に期待して勝手にがっかりされたんだとしたら、いい迷惑だ。


 なんだかセリナに対してぐちぐちとした感情が湧いてきた。嫌な気持ち。


「さっきからさぁ、チトセ喋んないよね。つまんない?」

「えっ? いえ、そんなことはないです。けど、皆さん本当に仲が良いんですね‥‥。幼馴染、とかですか?」

「俺たちが同じ年に見えるって、マジ?」


 いや、同じ年じゃなくても幼馴染って言うよね。言わないっけ?


 こんなことでさえ、距離を感じてしまう。


「俺らはタメだけどさぁ、セリナは」

「ちょっと! 言ったらこうよ、こう!」


 セリナは手を振り上げる。3人は物ともせずからかうように笑うだけ。


「こっえーだろ。村一番なんだぜ、こいつ」

「あ、あはは」


 なにが村一番なんだろう。喧嘩だろうか。


 物理的にも精神的にも距離を感じるセリナとは逆に、男3人はと言えばすでに私のことは呼び捨てで、時折肩だの腰だのに手を回して来る始末。

 それもあってか妙に距離が近く感じて、自意識過剰かもだけど手つきに下心みたいなものを感じるし、正直不快。


 なんだけど、こういう人たちの通常の距離感がわからないのでこういうものなんだと思うことにしてどうにか耐える。


 べたべた触ってくるのも、リュカだとこんな風に思わないのにな。


 いや、そもそも3人とリュカを比べるべきじゃないか。だって出会い方からして違うし。リュカとは一緒に困難を乗り越えてきた仲だから、信用しているし信頼もある。彼らとは性格も全く違うしね。


 なにより、なにかと引っ付きたがるリュカだけど、リュカからは彼らのような下品さとか、下心みたいないやらしさを感じたことが一度もない。男性が女性を触りたがっているというよりは、子供が親に甘えているのに近いと感じてる‥‥のかもしれない。

 それはそれで複雑なんだけど。


 いやらしさって、なんだろうなぁ。こう、撫でまわすような手の動きとか、肉の形を知ろうとしてくるような手の感覚が気持ち悪さに繋がるのかなぁ。


 なんて考えながらできるだけ3人とは距離を取りつつ、ユニアンの畑を見終わると太陽は頭の真上。時刻はもう昼過ぎを回っていた。

 それぞれの自宅に戻り昼食をとったらまた午後集まろうという話になって、一旦わかれる。


 午後もまたこの人たちと会うのかと思うと気が重たくなるけど、とりあえず解放されてひと安心。


 解放された後も体には不快な感触が残っている。

 特にラダーがずっと腰を触ってくるのが気持ち悪かった。気持ち悪いと認めてしまったけど、もういっか。


 気を遣って話しかけてくれてたし、悪い人たちじゃないとは思うんだけど、あの調子でずっと一緒にいるなんて息が詰まる。

 セリナの事をババアだのなんだの言うのもひやひやしたし。けどあれは笑った方がよかったんだろうか。わからない。


 ノリが違うって本当に疲れる。


 けど、せっかく誘ってくれたのを断るのも悪いし、ご飯を食べて気合を入れ直したら午後また頑張ろう。


 帰り道、2人で歩いていると自然とまた無言になってしまった。やっぱり、セリナは私とはあまり話をしたいように感じない。


 ずっと気になっているんだけと、セリナは私となんの話をしたがっていたのかな。私がこんなだと分かって、普通の女の子の会話ができないと分かって、したかった話ができないのかもしれないとふと考えた。


 だとしたら申し訳ないような、仕方ないような。友達になりたいって言ってくれたのは本当に嬉しかったから、勝手でも何でも、期待を裏切ってしまった自分の事が少しやるせない気持ち。


 ごめんね、セリナ。私が明るくて社交的な女の子だったらあなたを満足させてあげられたんだろうけど、私ってこんなだからさ。ほんと、期待外れでごめん。


 そういえば、3人と合流してからはほとんどセリナと喋ってない。私の周りにはずっとポルフェン、ラダー、ユニアンが居座っていて、セリナの振ってくれる会話も彼らのことばかりで、相槌は打てたけどセリナに話しかける隙はなかった。

 それもあって、なおさらこの無言がつらい。


 昨日話した時は、もっと仲良くなれると思ったんだけどな。


 そんなことを考えていると、隣を歩くセリナが急にこちらを向いた。心を読まれたのかと思って心臓が跳ねる。


「ねぇ、チトセ。どうだった?」

「あ‥‥うん、楽しかったよ。教会も畑も。案内してくれて、ありがとう」

「じゃなくて! あの3人の中で誰が好き?」

「え、‥‥えっ!?」


 一瞬、セリナが何を言ってるのか理解できなかった。理解できても意味が分からない。どうしていきなり、そんな質問をされたのか。


「ね、ね。誰?」


 だけどセリナは私が何を困惑しているのか、そもそも私が困惑している事すら気づいていないみたいに話を続ける。


 この短時間でそんな感情できるわけない。

 けど、それってもしかして普通じゃないのかな。


 私が人とかかわるのが苦手だから異常なだけで、普通はこの午前中にも満たない時間の中で、あんなコミュニケーションだけで、初対面の他人を好きになったりできるの?


 だとしても、あの3人のどこかに惹かれる要素ってあっただろうか。驚くほどタイプじゃないんだけど。この気持ちも、変なんだろうか。


 他人といると、自分の価値観がゆらぐ。わからなくなる。


 答えられずにいるとセリナは眉をしかめたが、すぐ笑顔を取り戻して両手を組んだ。


「私はぁ‥‥、ユニアンなんかいいと思うな?」

「え? ゆ、ユニアン?」

「えーっ! まさかラダーが!? 結構ぐいぐいいってたもんね。でも意外。けど、大人しめのチトセと強引なラダー‥‥うん、お似合いかも」

「いやいやいや、ないないないって」


 思いっきり否定をしてから、まずったと考え直す。女の子の話に否定は禁句だ。


 こほんと喉を鳴らしてから、改めて聞く。


「セリナちゃん、何の話してるの‥‥?」

「何って、え? そんなの‥‥恋バナに決まってるじゃん」


 そう言って笑う。その笑顔には悪意も善意も感じられない。ただ楽しそうなだけ。


 話に追いつけず唖然とするが、今日一楽しそうなテンションで喋り続けるセリナを見ていたら、ふと一つの答えにたどり着いた。


 彼女は誰かと恋バナがしたかっただけなんだ、と。

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