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2話-2 あなたと友達になりたいの

 私が騎士団に驚いているのを観測所が使えない事への驚愕と受け取ったのか、少女はそわそわとしだす。


「今までこんなことってなかったから‥‥、多分直るのもしばらくかかりそうだって‥‥。あの、本当に父から聞いていませんか?」

「多分‥‥聞いてません」


 多分じゃない。会話に騎士団なんて単語が出てきていたら、絶対に覚えているはずだ。


「そうですか‥‥。それで、あの」


 これって私じゃなくて魔人が聞いた方がいい話では?


 2階へ視線を送ってみるけど、2人は引っ込んだまま出てこない。というか2階から物音ひとつしない。不気味なほどしぃんとしている。


 少女が「あのっ!」と大きな声を出したので振り向く。


「はいっ」

「あの! ‥‥だから、しばらくここにいらっしゃる‥‥ってことですよね。でしたら、あの‥‥私と、その」

「う、うん」

「お友達に」

「あ、はい」


 さっきも了承したと思ったけど、違ったみたい。やっぱり人間関係って難しい。

 けどこれで本当に友達になれたようだ。少女も嬉しそうにほほ笑んでいる。


 だけど私の頭の中は友達うんぬんを気にしていられる状態じゃなかった。


 観測所の魔法陣が使えない。山を登れない。山を越えられない。ヘリオンから出られない。その上騎士団までくる。


 2階はしぃんとしたままだ。


 そんな私の手を取り、少女は喜ぶ。さすがに触れられると意識は彼女に向いた。お花を持つような優しい手つきにどきっとする。


「嬉しい‥‥! ここ、年の近い女の子ってあんまりいなくて‥‥。私、セリナって言います。あの、お名前を聞いてもいいですか?」


 言われてふと気が付く。


 彼女からはクラスメイト達から感じた異物を検知しようとするあの独特な雰囲気を感じない。ただただ、私と友達になれたことを心の底から喜んでくれているとそう感じる。


 リュカが私に向けてくれる感情と似た感じ。純粋で、可愛らしい、単純な喜びの感情。それが彼女の手の平の柔らかさからも直に伝わってくるような、不思議な感覚。


 女の子にこうやって素直に迫られることに慣れていなくて、だからか彼女に‥‥セリナに手を握られるととても緊張する。握られた手と、顔が熱い。

 手汗かいてないといいけど。


 脳内ではクラスメイトとのどこか他人行儀なお決まりのやりとりばかりが思い浮かび、こういう時のまともなやりとりが分からない。


 とにかく名前、名前を言わないと。


「私、ち‥‥チトセって言います」

「チトセ? 不思議な響きですね。チトセ、チトセ、うん。とっても可愛い名前っ。そうだ、さっそく明日、おでかけしませんか? 小さいけど、この村を案内したいんです。案内しながら、沢山お話しさせてください」

「あ、明日‥‥? え、えと‥‥はい、じゃあ、よろしくお願いします」


 どぎまぎしながら答えると、少女はふわっと笑う。それはもう、愛らしい満面の笑みで。目を奪われるって言うのは、こういうことを言うんだ。


「明日が楽しみですっ」


 セリナが喋るたびに周りの空気が軽くなっていく。私の気持ちが軽くなっていく。さっきまで抱いていた不安や嫌な記憶からくる不信感が、一体どこに消えたのかわからないくらいの高揚感。


 まるで彼女の嬉しいって気持ちが伝染してくるみたいだった。


 女の子って凄い。友達になろうって言葉一つでこんなに人を嬉しくさせるんだ。

 それとも私が慣れてないだけなのかな。


 うん、そうだよ。友達になって‥‥なんて、女子からそんなに大胆に言われたことないし。


 凄く嬉しいけど、凄くどきどきする。やっぱり、女の子って苦手だ。嫌じゃないけど、なんかすごく緊張する。でもとってもいい気持ち。このふわふわとした妙な気持ちはなんだろう。


 嫌なのと好きなのが両方あってわからない。


 けど、とにかく嬉しい。


 正直そのあとなんて話したかもほとんど覚えていないくらい私の頭は沸騰していて、セリナが出て行った後もしばらくは納屋の真ん中でぼうっとしていた。


 ぽやぽやしながら2階へ戻る。


「チトセぇ!」


 途端にリュカが飛びついてきて、その衝撃で頭が冴えた。サンドイッチの入ったバスケットを落としたが、蓋があるタイプなので中身は無事のはずだ。


 リュカは私のお腹に顔を埋めて見上げてくる。ここ最近のリュカは妙に大人しかったから、こういうのもなんだか久々に感じた。


 嫌じゃないけど、抱きしめられた脇腹がちょっと痛い。なんていうか柔らかめのクワガタに挟まれてる感じ。しかも全体重を私にかけてきてるから、重たくて後ろに倒れそう。


 空いた手をリュカの肩に添え、できるだけぐっと押す。

 けど、いくら押しても離れてくれないどころか、むしろさらに強く引っ付いてきた。それに押せば押すほどどんどんと泣きそうな顔になっていく。


 放してもらうのは諦めて、この体勢のまま話を聞くことにした。


「どうしたの、リュカ」

「ねぇひどいんだよチトセ! おじいちゃんが!」

「伯父じゃろう」

「ひどいんだよ伯父さんが! だって僕だってあの子と友達になりたかったのに、行くなって僕を抑えて口も塞ぐんだもん!」


 だから2階が静かだったのか。


 興奮した様子のリュカは止まらない。


「いいなぁ、いいなぁ! 明日村を案内されるの? 2人で行くの? 沢山おしゃべりするの? 僕を置いて? やだ! 僕も行きたい! 僕もあの子と友達になりたい! チトセと一緒に行きたい! だめ? 付いてっちゃ、だめ?」


 そんな気はしていたけど、やっぱりかと思う。


 もうリュカったら友達って単語に過剰反応しすぎ。

 と思ったけど、私だってあんなに素直に友達になってくださいなんて言われて正直脳内がパニックだったから、人の事は言えないよね。


 けど、それにしたってリュカのこの取り乱しようったらない。そんなに必死にならなくても、明日また改めて友達になろうって言えばいいのに。

 リュカならすぐ言えるんだろうし、私と違って人が好きなタイプだろうから、セリナともすぐ仲良くなれちゃうと思う。


 そして私を残して二人が大親友になる、とかね。そういうパターンがよくあったなぁと思い出す。


 中学生まではクラスが変わる度大体それだった。一緒に帰ったり、休みの日に遊んだりしてたのに、いつの間にか私は誘われなくなっているんだよね。


 高校に上がった時にはもう期待するのもやめて。どうせ今一瞬の孤独を埋め合わせるためのお人形に私を選んだだけなんだろうなって思うようになっちゃった。

 結局それも、私に人を惹きつけておけるだけの魅力がなかったのが悪いんだろうけど。


 でも、リュカなら私を1人残して行ったりしないって思う。なんとなくね。


「ねぇったら!」

「うん」


 人がいるところに来たせいか、年齢が近い女の子に会ったせいか、私はここにきてから嫌な思い出ばかり思い出してる。気持ちを切り替えたくて目をぐっと閉じる。


 ていうか、そうだよ。明日リュカもついてくればいいんだ。私1人じゃきっとまた緊張してまともに喋れないだろうから、私もリュカが来てくれる方が安心だしさ。


「いいよ。明日2人でセリナちゃんと」

「ならん。リュカは行ってはならん」

「え?」


 魔人があんまりにもキッパリと言い切るものだから、リュカはもう泣く寸前という顔になる。そして私を抱きしめる腕にさらに力が入る。

 痩せてて身長も同じくらいで、普段どこか子供っぽくて可愛いなと思っていても、こういう時リュカを男の子だって思い出す。脇腹が痛い。


「ほらぁ! 伯父さんがこう言うんだ! なんで! 僕も友達になりたいのに!」


 そう言ってリュカは「やだやだ僕も行く」と駄々をこねた。


 騒がしくて鬱陶しくもあるんだけど、でもこんな風になりふり構わず騒ぐ姿を見ることができて、なぜか私は安心してもいる。


 さっきも思ったことだけど、ここ数日、森を出てから‥‥ダンジョンを出てから。様子がおかしいというかなんというか、妙に大人しかったのが気になってたから。まるで何かを我慢しているようなそんな気がしていたっていうか。


 リュカはこの方がリュカらしい。


 まぁ、もうちょっと力加減は考えてほしいけど。


 けど‥‥、どうしてだめなんだろう? リュカだけ。

 どうせ明日観測所に行けないなら1日くらい遊んだっていいと思うけど。


「そうだよおじいちゃん、なんで」

「伯父じゃ」


 結構こだわるなぁ、もう。こんな誰も見ていないところでまで。


「伯父さん、どうしてそんなこと言うの? 別にいいじゃない。村を案内してくれるだけだよ?」

「騎士団がくるのじゃろう、明日。わしも多少なり対応をせねばならんじゃろうが、こやつには姿を消して騎士団の様子を探らせたいのよ。じゃから遊びなど行かせられん」

「うぅー! 僕1人だけ、つまんないよそんなの!」


 そうだった、騎士団。

 ノイが騎士団は足が速いって言っていたっけ。


 でも、今回は私たちを追ってきたんじゃないんだよね。観測所の修理って言ってたし。


「観測所の魔法陣が調子悪いって、知ってた? 騎士団が修理してくれるなら明後日には使えるのかな」

「はん。あんな話、素直に信じおって。魔法陣の調子が悪いというのが本当でもな、それしきのことで騎士団なぞわざわざ来んわ。普通はその辺の魔術師が来る。そもそもヘリオンは騎士団を置かぬ土地じゃ。来るなら別の領地からになる。そんな場所に奴らがわざわざ出向くとなると理由は一つ。ヘリオン城から逃げ出した主と城主を喰ろうたわしを探すためじゃろうて」


 さすがの騎士団もあの魔獣の森を抜けてくるよりは迂回して先回りをしたほうがいいと考えたのだろうと魔人は言う。


「そんな、じゃあ、セリナちゃんはそれを知って‥‥?」


 だとしたらあれは全部演技で、私は明日騎士団に差し出されるってこと?


「阿呆。あんな小娘がそんな情報握っとるものか。むしろあの村長‥‥ふむ。別の理由があるのか」


 ややあって、魔人は笑った。


「小娘は案外本心かもしれんぞ? 友達が欲しいとな」


 魔人はバスケットからサンドイッチを取り出す。大きなサンドイッチも魔人にかかれば一口だ。


「それなら明日、私はどうしたらいい? 村を案内されたら、騎士団と鉢合わせるかもしれないのに」

「行けば良い。むしろ行かねばその方が怪しかろう。それにここに籠っておればその方が危険というものじゃ。奴らの狙いがわしらならば、まずここに来るじゃろうからの。明日はわしも日中はここを出る。リュカは騎士団の動向を探りに行け。良いな」


 そう言われてしまえば、1人で行かざるを得ない。


 リュカだけはまだ納得していないようで魔人を見つめて唸っている。


「伯父さん、どうしても、だめ?」

「どうしてもじゃ」

「本当に、どうしても?」

「くどいぞ」

「うぅー‥‥、わかったよ」

「良い子だのぅ」

「うぅ、僕も行きたかったぁ」


 了承はしても納得していないリュカを撫でる。


「ごめんね、リュカにばっかりそんなことさせて」

「チトセ‥‥。じゃあ、今日は手を繋いで寝てもいい?」


 抱き着いたままリュカは食い気味に見上げてくる。


 じゃあってなにがじゃあなのか分からないけど、それでリュカが納得するなら良しとしよう。


「うん、いいよ」

「うふ!」


 こんなことで笑顔になるんだから、やっぱりリュカって本当に小さな子供みたいだ。

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