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2話-1 あなたと友達になりたいの

 一階を覗くと先ほどベッドメイキングをしてくれた村長の家の娘さんが立っていた。


 階段から顔を出していた私に気が付くと、おずおずとその場でバスケットを差し出す。


「あのぅ‥‥、旅のお方‥‥?」


 何かを言っているようだが、小さくか細い声で聞こえない。耳を澄ますと何とか聞こえるような、気がする。


「これ、少ないですが‥‥お夕飯を」

「え? あ、ありがとうございます」


 きっと村長が詳しい話をしていないんだろうと思うけど、私たちを旅人だと勘違いしているみたい。まぁ、そっちが正解なんだけど。


 階段をおり、少女から食事を受け取る。バスケットに入っていたのは野菜がはみ出るほど入ったサンドイッチ。ちょうどこういう青物が食べたかったところなので、素直に嬉しい。


「わぁ、美味しそう。ありがとうございます」


 受け取って挨拶もして、けど少女は出ていくそぶりを見せず私をじっと見てきた。


 女の子と話をするなんて飛行機の中ぶりだし、少し緊張する。そもそも普段女の子と会話をすること自体ほとんどなかった。

 その上こうやって黙られると、何を言えばいいのか分からない。


 とりあえず笑っておけばいいかな。


 見た感じ年は私と同じかちょっと上くらいで、ボブヘア、丸い目。化粧もほとんどなく、純粋そうで優しそうな子だ。


 けど喋り方やもじもじとはっきりしない雰囲気からして、私が仲良くしたことのないタイプ。といっても、仲良くしたことがあるのなんて委員長タイプくらいだけど。


 この、ぽやんとした表情とか、なにがしたいのか分からない間とか、胸の前でゆるく握られた手の平とか。それを口元に持っていく仕草もひっくるめて、可愛い印象を受ける。だけど、苦手だ。


 これが敵意むき出しのファイティングポーズじゃなかっただけマシなんだろうけど、女子の一部が出すこの雰囲気がよくわからない。だけどこういうのが女の子らしいってことなんだろうなぁとも思う。


 目の前にいる愛らしい謎めく生き物の中に自分にないものを感じ、羨ましく思うと同時に不安を感じる。どうしたらいいかわからない。


 ああだめだ。これ以上沈黙に耐えられない。


 できるだけ自然に、笑顔をつくろうと努力する。できていればいいけど。


「えっと、なにか‥‥?」

「え? ‥‥えっと?」


 なぜそこで疑問形なんだろう。やっぱりわからない。何かあるから私をじっと見てたんじゃなかったのかな。


 こういう子が苦手すぎて、はやくここから逃げ出したい。自分の笑顔が段々と固くひきつっていくのが分かる。

 彼女もそれを感じ取ったらしく、表情を崩す。


「あっ、あの、ごめんなさい! その‥‥きれいな人だなって、思って」

「へ‥‥っ!? あ、ありがとう? ‥‥ございます」


 初対面の子にいきなりそんなことを言われ、とっさになんて答えていいかわからずひとまず感謝だけ述べた。私も何か言わなきゃいけない気がして言葉を探したけど、何も浮かばない。


 あなたも可愛いねとか、素敵だねとか言えばいいんだと思うけど、なんでか言えない。


 ふとリュカの顔が浮かんだ。

 そうだ、どうしてだろう。どうしてリュカが相手だと私も同じ言葉を返せるのに、この子には返せないんだろう。私だってこの子を可愛いと思ったんだから「あなたもね」って一言言えば良いだけなのに。どうして。


 次に同級生のことを思い出した。それは特定の誰かの事ではなく、私に話しかけてきた至って普通のクラスメイト達。

 特定の誰かじゃないのは、そのうちの一人もちゃんと思い出せないから。クラスメイト、同級生の大半の子の名前も顔も、実はあまり覚えていない。見たらわかるけどね。


 飛行機で最後に話したあの子達でさえ、どんな顔をしていたのかよく思い出せない。


 けど、思い出ならある。

 クラスメイトにこんな事を言われる時はいつも宿題写させてほしいとか、席を移動してほしいとか、要求がある時だった。つまり私を利用する時のおべっか。

 そういうのは飛行機の時みたいに苦笑いをしながら従ってきた。


 彼女たちは安いおべっかで簡単に私の安寧を脅かしてくる。私は彼女たちの要求を飲むことで薄氷の上の安寧を手に入れる。

 従ってもくすくすとこちらをみて笑う、あの獲物の傷口を探すような視線が苦手だった。


 彼女たちの言葉はいつも薄っぺらで嘘ばかり。会話じゃない一方的な要求。面と向かって嫌なことは言わないけど、口にする言葉が全部反対の意味を持っていた。

 誉め言葉を本気にしたら痛い目を見るし、だけど嘘だとも言えないあの空気。


 本気で思っていないことも白々しく口にできてしまう強くてずるい人たち。私はそういうやりとりが苦手で、そういう彼女たちの事が嫌いだった。


 女子はわからない。こわくて苦手。だからそれをこの子にも重ねてしまうんだと気づく。

 目の前にいるこの子はあの子達とは違うかもしれないのに、同じようにしか見えなくて、考えてしまう。


 さっきの、とっさに「ありがとう」なんて言うんじゃなかった。あれは爆弾を受け取る行為だった。けど「そんなことないよ」もだめ。爆弾を打ち返す行為だから。「あなたの方がずっと可愛いよ」だけが正解。爆弾を花束に変えなきゃいけないから。


 そんなこともこの短期間のうちに忘れてしまっていた。あんなに毎日感じていたはずなのに。


 考えなくてもさらりと花束を出せるようになりたい。私もリュカみたいに素直になれたらいいのに。


 色々考えながら改めて目の前の女の子を見る。

 少女はもじもじしながらぽやんとした表情のままじっと私を見ていた。


 この子はクラスメイトとは違う。

 明日にはもう私はここを出て行って、2度とここに戻ることはないから、今後会わない人だし。今後の安寧とか、クラスでの立場とか、そんなもの考えなくてもいい相手なんだ。怯える必要はない。


 2度と会うことは‥‥あれ、ならどうしてこの子は私にあんなことを言ったんだろう。言ったって意味がないのに。


 私を褒めても何もないのに。


 そうだよ。

 だって本当に意味がない。初対面なんだから宿題も席もない。要求なんかあるわけないのに。どうしてあんなこと言ったんだろう、この子は。


 更に意味がわからなくて、じっと見つめてしまった。すると少女が少し肩をすくめたのがわかる。

 突然、少女は眉を寄せて涙をこぼした。ぎょっとする。


「ご、ごめんなさい」


 突然の謝罪。


「え? ど、どうして」


 頬をぽろりぽろりと伝う涙を見て、私は困惑するしかない。彼女は落ちる涙を拭うこともせずに小さく震えながらもう一度「ごめんなさい」と言った。


「わ、私‥‥。あなたとお友達に‥‥なれたらなって、思って」

「ぅ‥‥えっ!?」


 唐突な告白に心の底から驚いた。驚くしかなかった。


 だって、どうして!?

 いきなり、どうして!?

 私と友達に!? なりたいの!? なんで!?


 それこそ理由がない。

 意味が分からず私はバスケットを握りしめることしかできなかった。私と友達になることで発生する彼女のメリットを必死に探す。何もない。


「ここ、女の子って‥‥あんまりいなくて。それに、あなたみたいな綺麗な子、珍しいなって‥‥。お話、してみたくって」


 すんすんと鼻をすする音にさえつつましさを感じる。少女の素直な話ぶりに納得しつつ、引き込まれていく。自然と「うん」と相槌を打っていた。


「まだ、しばらくは‥‥。ここにいると思ったから、‥‥その間だけでも、仲良くなれたらなって」


 それで、友達に?

 聞いて、なんだかこの子が健気で可哀そうに思えてきた。


 確かに村を馬車で通った時見かけた村人は殆どが男性で、年も上の人ばかりだったように思った。


 この子のいう通り村に女性が少なくて、というか同じ年の子がいないんだとしたらそれって凄い孤独じゃないだろうか。


 そんな中で年が近い同性の子がやってきたら、話をしたいと思うくらい普通かもしれない。


 なのに私ときたら自分のことしか考えず、自分の体験談から知りもしない彼女もクラスメイトと同じだと勝手に決めつけて、疑ってかかって、最低だった。


「でも、そうですよね‥‥っ。こんな小さな村の、私みたいなの、話し相手にならないですよね‥‥っ。ごめんなさい」


 私がそんな態度をとったから、彼女は勘違いしてとうとう自分を卑下しだした。慌てて言葉を探す。だけどちょうどいい言葉なんか浮かばない。


「あ、や‥‥っ。そんなことないよ!」

「けど」


 くすんくすん涙をこぼす姿はまるで小動物だ。その姿を見ていると、なんて可哀そうなことをしたんだと心底思う。罪悪感が募る。


 できるだけ優しく、傷つけないようにしないといけない気がする。


「私こそ、ごめんなさい。突然だったから、びっくりしちゃって」

「あ‥‥っ、ご、ごめんなさい‥‥。そうです、よね。私なんかと」

「友達になるのは! 全然‥‥いい、ですよ」

「え‥‥本当ですか?」


 少女はほっとしたように笑った。けど、一つ訂正しないといけない。


「でも、私明日にはここを出てくから、その‥‥あんまり話す時間、ないかも」


 すると少女は意味が分からないという風に微かに首を傾げる。茶色い瞳から最後の涙がころんとこぼれてく。


「あれ‥‥? でも‥‥観測所、に行かれるんですよね? 山の」

「あ、ああ、うん。そうだけど」


 少女はさらに首を傾げた。肩につくかつかないかくらいの髪の毛が、さらっと傾く。

 女の子仕草だぁと感動して見つめる。


「観測所への転移魔法陣、実は調子が悪いんです」


 父から聞いていませんか、と言われたが、記憶にない。

 魔人が話していた時聞き逃していたんだろうか。けど、上でこれからの事を話したときそんな話出なかった。ならやっぱり聞いてないんだと思う。


「明日騎士団の方が来て見てくれることになってるんですが」

「え?」


 今、騎士団って言った?

読んでくださってありがとうございます。


突然なのですが、4000文字って長いでしょうか。ギリギリ飽きずに読める範囲でしょうか。

一話の文字数についてずっと悩んでいます。参考までにどこかでご意見いただけますと幸いです。

よろしくお願いいたします

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