1話-3 山脈麓村へ到着
しばらく当て所なく村を進んでいた私たちだけど、やがて魔人が馬車を停めるよう言った。馬車の近くにいた村人に声をかけ、村長の自宅まで案内してもらう。
村長の家に着いてからは、魔人が淡々と話を進めるのを私たちは後ろで黙って聞いていた。
魔人の語る設定はこうだ。
自分たちはヘリオン領主の命令で隣の国との境界の視察にきた、ヘイエム男爵家の当主とその姪と甥である。観測所へ行くための準備を行いたい、と。
そんな適当な説明で、と心配に思うがやはり村長も訝しげにしていた。しかし魔人が金貨の詰まった袋を手渡すと手の平をころっと返し、意気揚々と雪山用の防寒着と備蓄の食料を分けてくれる。
そんなことをしていると日は陰り、今から観測所へ行くには遅すぎると言うことで一晩泊めてもらうことに。だけど困ったことにこの村には人を泊める場所がないらしい。
そうかもなとは思っていたけど、実際そうだとは‥‥。
魔人も言っていたし、村の様子からしても普段旅人とか来ないんだろうことは容易に想像がつく。観光客向けのお店どころか、自分たちが売り買いする場所すらなかったし。
だけど観測所ってのがあるなら、少なくともそれを目的にここへ来る人達がいるはずで。その人たちはどこに泊まるんだろうか。自分たちでテントとか持ってくるのかな。
突然の訪問、突然の宿泊。それがどれほど迷惑なことか想像する。でもお金は随分渡していたもんね。あれで許してほしい。
村長は貴族様には申し訳ないが‥‥と言いながら私たちを離れの納屋に案内してくれた。馬車は外に停める。
納屋の一階は大量の藁と農具が置かれていて、どこもかしこも土埃にまみれていた。だけど藁の匂いは心地いい。
藁の山の向こうに階段があって、上がると二階。そこは全体が物置になっていた。一階よりもっと埃っぽい、ここが今夜の宿だ。
とはいえ二階にもベッドがあるわけじゃない。村長とその家族が総出で支度をしてくれて、あっという間に藁のベッドができあがった。
それは分厚く盛った藁にシーツを敷いただけの代物で、正直貴族をここに寝かせるのかとも思ったけど、御厄介になる身だし、村の様子からしても贅沢は言えない。郷に入っては郷に従えだよね。
お風呂なんてもちろんないので、一階に水をはった桶を用意してもらった。体を拭くことができるだけでもありがたい。
一階へ降りていく魔人と村長ご一家を見送り、出来立てのベッドにそそくさと腰を下ろす。大量の藁は柔らかく沈み、シーツの下でちくちくとしていたけど、寝ころぶとお日様のいい匂いがした。シーツは干したてかもしれない。
スプリングの効いたベッドではないけれど、まっ平らな板とか固い地面に比べたら疲れを取るのには十分に思える。目を閉じて香ばしい枯草の香りを吸い込んでいると体から力が抜けていった。そのまま眠りそうになる。
まだ体も拭いていないし明日の事も話し合ってない。無理やり起き上がって頭を動かす。すると村長達を見送った魔人が2階に上がってきたところだった。
「おじいちゃん、お金あんなに渡して大丈夫だったの? 私たちってあんまりお金持ってないんじゃない?」
まず先にそんなことを口走ってしまって、なんだか浅ましかったかなと反省する。
「確かにちと渡しすぎたかもしれんが、ヘリオンは物価が異常に高いからのぅ。あのくらい渡さんと信用されん。だがヘリオン以外で容易に金貨など出すなよ。狙われるからな」
「よくわかんないけど、わかった。でも、お金ってまだある?」
もしないなら、またダンジョンに入って手に入れなければならないのだろうか。
森のダンジョンで手に入れたという金貨だけど、原っぱのダンジョンでは手に入らなかった。
ダンジョンに入れば必ず手に入るわけでもないなら、この先一体どれほどあんな目にあわないといけないか分からない。
せめて蜘蛛は嫌だと思っていると、リュカがずいっと何かを差し出してきた。
「宝箱ならあるよ、ほら」
「えっ! なにこれ!」
それは確かに、間違いなく宝箱だった。両手サイズの小さな宝石箱といった方がしっくりくるけど、形は完全に宝箱。
装飾は豪華で、外装には金銀、宝石だってたっぷり使われている。すごく高そうな代物に見える。
「ど、どうしたのリュカ、これ」
「主が蜘蛛に目を回しとった時にダンジョンで見つけたものじゃ。ほれ、開けてみよ。主が欲しい欲しいと言うとった金銀財宝じゃぞ」
「そうなんだ。というか、言ってないよ、そんなには!」
魔人はすぐに人をからかう。
けど、金銀財宝の詰まった宝箱はやっぱり心躍るものがある。何がどれだけ詰まってるんだろうと考えるだけで楽しくなってくる。
「リュカ、それ開けて見てもいい?」
「いいよ」
リュカはこれをどうやって服の中に入れていたんだろうと思いながら受け取ると、ずっしり重たい。本当に、こんなものをどうやって? あの服の中は本当に四次元にでもなっているんだろうか。
「開けて見て」
にこにこしているリュカに勧められるまま宝石箱を開ける。と、中にはぎっしりと金貨や宝石が詰まっていた。
「うわ、ぁああっ」
感嘆の声が漏れる。
入っている金貨だけでもさっき村長に渡した量より多い気がした。宝石はダイヤ、ルビー、サファイヤ‥‥に見えるやつが色とりどり入っているし、しかもどれも大粒。
「わぁ見て、これなんか内側がキラキラしてて、光が中に閉じ込められてるみたい」
宝石の大粒を手に取りながら一つ一つ眺める。
こういうのが見たかったんだ、と満足したところで箱に戻した。
「本当にこんなのがあるなんて、やっぱりここってファンタジーなんだなぁ」
「もっと見ていてもいいのに」
「ううん。もう十分。これ、リュカが持っていてくれる?」
「いいよ。見たくなったらいつでも言ってね」
宝石箱を閉じてリュカに返す。リュカはシャツをぺらりとめくるとその中に宝石箱を突っ込んだ。そして手だけが出てくる。
あの薄い布の中はどうなっているんだろう。一体どこにあんなに大きくて重たいものが入っているんだろう。抱きしめたりしても物にあたる感覚はないし、ノイのバッグと同じ仕組みだろうか。
不思議に思いじっと見つめているとリュカが首を傾げた。
「どうしたのチトセ」
「あ、あ! ううん? その‥‥リュカのそれが不思議だなって思って」
「えっと、お腹が気になるの?」
リュカがぺらりと服をめくるが、宝石箱はきれいさっぱり消えていてどこにもない。ただあばらの浮いた痩せたお腹があるだけだった。
それを見て、今度はその痩せ具合が気になった。リュカの顔を見ると生き返った時には多少ふっくらしていた頬も最近の貧しい食事のせいですっかりこけてきている。
ダンジョンで魔人が全裸になった時の事を思い出す。普段から何かしら食べているし、顔は普通だから知らなかったけど魔人も魔人で相当痩せていた。まぁ、おじいちゃんは人じゃないし心配しなくていいと思うけど。
私も、ここにきてからまともに3食食べていなくて体重は減る一方。痩せるのはそれはそれで嬉しいけど、痩せすぎでは体力も落ちる。
やっぱりどう考えてもこのガリガリ3人組であの雪山を行くのは相当無理があると思う。
不安は尽きない。けどこれ以上不安を抱えるのも良くない気がする。
一旦考えるのを放棄しようとして、魔石に至っては手に入らなかったことを思い出した。手持ちが少ないことを思うと、やはり不安しかない。
「大丈夫、かなぁ」
「そうため息ばかりつくな。しかし、確かに主らの食料はもうちっとあった方がいいのぅ。どうじゃ? この村全員喰ろうてしまうのは。さすればすべてわしらの物じゃぞ」
「はぁ?」
突然なんだと顔を上げると、にんまり男は本気か冗談かわからない笑みを浮かべていた。今日はそんなことばかり言うから、もしかしたらお腹が空いているんだと魔石を手渡す。
魔人は魔石をいくつかつまんでぽりぽり食べるとすぐに戻した。魔力が足りないわけじゃないらしい。なら、単純に食べたいだけかもしれない。
ぞっとする。
「絶対やめてよ。そんなことになるくらいならドラゴンを食べる方がずっといいから」
「ドラゴンがいなければどうする。蜘蛛しかおらんかったら、喰えるか? 人間を殺して奪う方がよっぽど楽じゃろう」
にまぁと笑う、その顔は私を試しているようにも思えた。意地悪だ。
「ねぇ! いい加減にしてよ。そういうの嫌だって言ってるでしょ。私たちがもし次に人を‥‥殺すとしたら。それは私たちを殺そうとしてきて、話も通じないような、そんな‥‥悪い人だけだよ」
「はぁ、ならば仕方あるまい」
ため息が深い。本気だったのかと見つめるが、にんまり顔はいつも通り。
お城で契約をしたときに今のようなことを話して、その時は理解してくれたと思った。なのになんで今さらそんなこと言い出すんだろう。
私が頷いたら本当にやるつもりだったんだと思う。人間が魔力補給に効率がいいって、言ってたもんね。
けど、そんなこと絶対にさせない。殺していいのはローベルトみたいな奴らだけ。無抵抗な人を殺して喜んでいるような悪人だけ。
それだって本当は私たちがやるより国とかの偉い人たちがした方が、罰する方がいいに決まってる。その方がきちんとしたルールに則って裁かれるわけだし、それが当たり前のはずなんだ。
少なくとも私が住んでた国ではそうだった。ノイも言ってたし。ちゃんと裁かれるべきだったって。
嫌なことを思い出したくなくて頭を振る。それから、先の事を考えようと努める。
「でも、本当にどうしたらいいのかな。魔石なんか一個もなかったしさ」
「じゃからこの村を‥‥いや、いい。案ずるな。わしはあの山にいる魔物でも狩ればいいからな」
人を殺すよりその方がよっぽどいい。そう思った時、一階から扉をたたく音が聞こえた。




