1話-2 山脈麓村へ到着
耳まで裂けた口、長くて尖がった悪魔みたいな耳、4本の腕‥‥。その姿を改めてまじまじ見つめる。
「なんじゃ。今度は人の顔をじろじろと」
「いや、そのさ。おじいちゃんどうするのかなって。姿‥‥。魔人だってばれたらいけないんでしょ?」
「おお、そうじゃ忘れとった。わしの姿をどうにかせんと、騒ぎになるからな。なったらなったで」
「よだれ垂れてるよっ。村の人を食べたりしないでね!?」
「わかっとるわぃ」
魔人はバッグを漁り魔法紙とペンを取り出す。
「ひとまず、わしの姿は‥‥まやかしの魔法陣でもって、‥‥こうじゃ」
なにやら書いて、白い魔石を包んだそれを上着のポケットに入れた。すると瞬きの間に魔人の姿が変貌する。目をこすってみたが見えるものは変わらない。
耳まで裂けた大きな口は小さくなり、長い耳は短く丸く、4本の腕は2本になった。どこからどう見ても人間にしか見えない。
「ほれ、人に見えるじゃろう?」
「すごぉい! おじいちゃんの耳も僕らと同じになってるよ」
「ほんと、どこから見てもこわくもおかしくもない!」
「おかしいと思うとったか貴様。まぁ、よい。これでそうじゃのぅ、一日程度ならもつじゃろうて」
ダンジョンから出て、魔人のために4本腕用に仕立て直したシャツもジャケットも、今は2本腕の人間用に見えている。
もしかして、ダンジョンで魔人が全裸のままでもなんら問題なさそうにしていたのはこの魔術があったからなのだろうか。
服を着ているように見えたとしても、実際は裸。そんな男が隣にいるなんて絶対に嫌だ。
「ではな、ここではわしらは親せきということにするでのぅ。話を合わせるのだぞ? よいな。主らはそうじゃのう‥‥孫じゃな」
「いやいや、孫にしてはおじいちゃんが若すぎるって」
いつもおじいちゃんと呼んでいるけど、実際魔人はそんな歳には見えない。せいぜい20代後半とか、30代前半くらい、かな。喋り方は年寄りくさいけど。
そんな見た目の人間にまさか孫がいるなんて、普通は変だと思う。
その魔法で見た目の年齢を変えればいいのに、と思うけどそれについては言及しないことにした。実際魔人が見慣れないおじさんになったら、それはそれで違和感を覚えるだろうから。
「では甥っ子と姪っ子じゃ。わしのことは適当にそれっぽく呼ぶがよい。わしはあの城におった貴族の名を借りようかのぅ」
「ええ? 危なくないの、そんなことして」
「いいか? ヘリオンの地を旅人が行きかうことは滅多にない。わしらは魔獣の森の方角から来とるしな。この道を使う者は更に少ないからなぁ。ヘリオンからの命令でやってきたどこぞの領主貴族ということにでもせんと、おそらく怪しまれるじゃろうな」
突然の提案だけど、そういうことなら仕方ない。私たちは貴族で、おじいちゃんの姪と甥、なら魔人の事はおじいちゃんではなく伯父さんとでも呼べばいいだろうか。
「リュカ、この村にいる間はおじいちゃんのことは伯父さんって呼ぶよ、いいね?」
「うん! わかった」
「けどさ、伯父さん。領主がこんな馬車に乗ってくると思う? この馬車ぼろぼろだよ。走れてはいるけど、吹っ飛んだ壁とかそのままだし。全体的にがたがたしてるし。しかも私たちだって、服がきちんとしてるの伯父さんだけだしさ」
「そうか? ならば主らもこれを持て。とりあえず騙せればよいからのぅ」
魔人はその場でさらりと追加の魔法陣を描き、私たちにもそれを持たせた。
すると、リュカはピエロの服から一転、Yシャツみたいなシャツに半ズボンにサスペンダー、トップハットというお坊ちゃんないでたちに変わった。
私は黒かったワンピースが白くなっただけだけど、よく見れば肩のあたりとかスカートの型が違う気がする。手洗いでごわついていた見た目も感触も、柔軟剤を使ったみたいになった。
「便利だね、これ」
「しかしあくまでもまやかしじゃからな。実際に着ているもんが変わるわけではない」
続いて馬車にも同じように魔法陣を描くと、屋根付き扉付き、色もシックで装飾もある、いかにも貴族が乗っていそうな豪華なものに変わった。
「天井もある! 触れるのに、本当にこれ幻なの?」
「そう見え、そう感じるだけじゃ。貴様など魔力がないからのぅ。余計現実のように見えるのだろうな」
だとすると、魔力がある魔人には私たちの姿も馬車も、変わらず見えているんだろうか。疑問に思ったけど聞くのはやめた。
だって私たちが騙すのは一般人。一般人と魔人で見え方の違いなんて比べるだけ無駄だから。
「リュカには私どう見えてる?」
「え? うんと、チトセは可愛いよ」
もちろん、魔術の結果を聞いたわけで、私が可愛いかどうかを聞いたんじゃない。リュカの純粋な目が眩しくて頬が熱くなる。
「えっと、その‥‥そうじゃなくて。さっきまでと服とかどう違うかってことなんだけど」
「うん。‥‥うん?」
意味が伝わっているのかいないのか、リュカは首を傾げて私の服をまじまじ見てくる。リュカは呪術を使うから、魔力‥‥もあるんだろうか。私の服もさっきまでと同じに見えてるのかな。
「えーと、白いお洋服も可愛いよ」
「そっかよかった。ありがとう。リュカも可愛い」
リュカの目から見ても私の服はちゃんと変わってるみたいで安心した。
褒められてえへっとくねくね喜ぶリュカ。仕草はこうだけど男の子だし、可愛いは違ったかもしれないなと考える。けど、かっこいいってのもなんかちょっと違うんだよね。
さて、それから一時間もしないうちに私たちは村に到着した。
村には入り口らしい入り口も、特別柵のようなものもなく、どこからが村なのかわかりにくかった。だけど道を進むと視界には民家が増えたし、更に行くと景色に生活感が増していく。見かける人の数もどんどん増えた。
本当に人が住んでいる場所に着いたんだという感動を覚える反面、なんだか期待していたような景色じゃないことにがっかりとする。見る人すべてが質素な衣服を身に着けていて、村にも活気がない。
お店屋さんのようなものは見えず、あるのは民家と納屋のような建物ばかり。村のどこを見ても贅沢な暮らしやおしゃれな印象はなく、よくいえば実用的。
「貧しい村じゃのぅ」
「伯父さん、もし村の人と話すことがあっても失礼なこと言わないでね」
そうは言ったけど、実際魔人の言う通りだと思った。村全体が貧しい、そんな感じがする。
それから、寒い。村に入ってから空気が一気に冷えた。長袖のワンピースでも肌寒いくらいに感じる。
民家はどれもログハウスのような見た目をしていて煙突が見えるし、今はまだ平気だが、冬になれば雪が積もるんだろう。




