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1話-1 山脈麓村へ到着

「チトセ、おじいちゃん、あっちに家が見えるよ」


 リュカが指さすので前方を見たけど、私の目には何も見えない。見えるのは畑と遠くの丘だけ。しいて言えば丘の向こうに微かに何かがあるような気がする。


「私にはまだ見えないや」

「そっか。あの丘まで行ったら見えるかな。また教えるからそれまで後ろで休んでて、チトセ」

「ありがとう」


 午後の運転はリュカに任せて、私はまた荷台に座りなおす。


 後方には朝から走ってきた真っすぐ一本線の道が見える。その視界いっぱい、左右に広がる畑の景色。


 お昼休憩のあとから、進む先にこうして畑がちらほら見え始めていた。少なくとも今日中には民家にたどり着けると思っていたけど、思いのほかすぐだったなと空を見上げる。


 すぐ‥‥いや、そんなことない。ここまで長かった。

 なにせ森を抜けてから5日だ。ダンジョンを入れたら、もう1週間以上経つ。この世界に来てからだと、2週間くらいだろうか。


 ダンジョンを出てからは来る日も来る日も同じような原っぱを白い山を目指してただひたすら進んできた。


 舗装されていない土の上は小石や窪みに車輪をとられガタガタ揺れて、クッションがあってもおしりも腰も背中も痛める毎日だった。休憩したくても固い地面や板の上じゃろくに休まらない。そろそろ柔らかい布団の上で眠りたい。


 それだけじゃない。お風呂にだって入りたい。

 水浴びじゃなくて、温かなお湯に浸かって、石鹸で体をこすりたい。脂でべたつく頭も思う存分洗いたい。肩までお湯に浸かって温まりたい。


 洗濯だってしたい。ワンピースは何着かあるし、水場を見つけるたびに手洗いをしてきたけど、水洗いじゃ汚れが落ちたか分からない。

 手で絞るためか、乾いた時若干ぱりぱりしてなんだか雑巾みたいになるし、もっとちゃんとした洗濯がしたい。


 ‥‥これに至っては、ここが洗濯機の存在してる世界かどうかわからないから微妙だけど。少なくとも、お城でワンピースを手に入れた時はもっと肌触りがよかったはずだ。


 それからご飯だって美味しくて温かいものが食べたい。ダンジョンを出てからずっとドラゴンの干し肉を齧る毎日で、そろそろ青物だって食べたいし、柔らかなパンや、贅沢を言えば甘いものなんかも口にしたい。


 ようやくその願いが叶うかもしれない。人の住む場所、人がいる所にやっとたどり着けたんだから。


 期待と同時に、不安も膨れる。

 なんせ、この世界に召喚されてからはじめてのまともな交流だ。


 お城の人は頭がおかしいとしか言いようがない最低人間ばっかりだったけど、この世界にはノイとキャットのような人たちもいるんだから、これから先出会う人たちの中にだってまともな、‥‥良い人がいるはず。


 この先の旅を頑張り続けるためにも、この世界にはおかしな人ばかりじゃないって思いたい。 ここに住む人たちの事を見てもっとこの世界の事を知りたい。


「家が見つかったなら、十中八九集落じゃな」

「集落?」

「村じゃ、村。規模は‥‥どうじゃろなぁ。物がそろうと良いが。まぁ、これだけの畑があるんじゃから、村民がまさか十数人ということもあるまい」


 前方を見る。まだ丘は遠い。けど、丘を越えればきっともうすぐだ。


 丘の向こう、視界に居座る山脈が気になった。

 眼前に迫る山は恐ろしく高い。それに山の半分以上は真っ白で、雪が積もっている。


「ていうかさ、おじいちゃん本当にあの山を越えるつもりなの? どうやって? 冗談とかじゃなく、本当にエベレスト並みに高いんだけど」


 と言っても、実際エベレストを見たことはないから、あくまでもイメージだけど。それでも、富士山よりはずっと高いと思う。


「雪も積もってるし。このあたりも少し肌寒い感じするけど、雪山なんかもっと寒いんじゃない? 防寒着みたいな服もないし、私登山とかしたことないし」

「そのエベレストというのが何かは知らんが、まぁ普通に登れば簡単にはいかんだろうな。しかしここは領地同士の境目じゃ。あの山のどこかには敵領地を見張るための見張り台があるはずだからのぅ。そこまでは転移の魔法陣が設置してあるはず。登るのは一瞬のはずじゃ」

「そうなの? けど下りはどうするのよ」

「歩くしかあるまい」

「冗談、だよね」


 今からこれをなんとか迂回できないかと思うけど、視界の横幅いっぱいに広がるそれは、その名の通り山脈。これを回りこんだりしたらそれこそ更に時間がかかる。


 せめてあのダンジョンあたりで迂回路を探していれば‥‥と思うけどもう遅い。魔人を信じて、とりあえず行けばなんとかなると思っていた自分の甘さを自覚する。


 けど、悠長に考えている暇はなかったとも思う。はやくここを出なければ、騎士団に追いつかれれば、今よりもっと厄介なことになるのは明白だ。


 あの山さえ越えればこのヘリオンという忌々しい土地から脱出できて、追われる心配もなくなるはず。その後がどんなふうになるのかはまだわからないものの、2人がいればなんとかなると思うから。


 もう、先に進むしかないから。


 考えが甘いってさっき自覚したばかりだけど、2週間前よりはこの世界に慣れた今の私にだって、この先どうしたら良いかなんて分からない。どちらにせよ魔人を信じて言われた通り進むしかないんだ。今は。


 後方を確認する。のどかな畑が広がっている。

 不意に魔人が腕を伸ばして作物を指差した。


「何をきょろきょろと。腹でも減ったか。あれならば食い頃じゃぞ、取ってこい」

「馬鹿言わないで。泥棒だよ、それ」

「これだけあればいくつなくなっとろうと気づかれん」

「もう‥‥。じゃなくて、騎士団だよ。騎士団。追って来ないなって思ってさ」

「はぁ、そもそも騎士団なぞがヘリオンへ来るかどうかすら怪しいがの。来ているとしても、魔物の森を抜けて来れんかったんじゃろう。ああ、そ奴らが来ておればわしももう少し食えたんだがなぁ」


 ため息をつく魔人の横顔は冗談を言っているようには見えない。

本当に、ここまでお読みくださってありがとうございます。


ここから3章です。

10/7までは毎日7:40更新ですので、どうぞよろしくお願いいたします。

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