2-10-17話 はじめてのダンジョン(ようやく外へ)
「あれ? そういえばおじいちゃん、服着てくれたんだね。袖足りないけど」
「人間用の服じゃからなぁ、苦しいわぃ」
魔人は私が襲われていた後ろで着替えていたらしい。今は男性もののシャツにベスト、パンツを身に着けている。
見てみるとさすが宝箱産なだけあって(?)服のつくりがしっかりしていて、布もいいものを使っている。なんていうか、ブランド品的な高価さを感じる質感だった。
宝箱を覗くとセットの帽子もあったので被って見せてもらう。するとより紳士然として見えた。
‥‥が、その袖は足りず、途中までしか着れていないためお腹の部分が丸見え。
宝箱の中にはまだほかにも服があったので、あとでこれらを合わせて魔人用に仕立て直してみようかと考える。家庭部の腕の見せ所かもしれない。
糸と針がバッグに入っているといいんだけど。
「じゃあ、このポーションもしまって‥‥。あ、これ、今飲みたいかも。リュカも火傷あるよね? スライムに捕まった時のがさ」
「うん」
私は飲んだことのある緑色のポーションを手に取り、リュカにも渡した。飲むと思った通り、足首の怪我が治ってしまう。
「おじいちゃん、色んな色があるけどさ、この赤いのとかもポーション? 目が痛くなった時飲んだよね」
「だと思うがのぅ。飲んでよいか? 飲めばわかる」
ん? わからないのに飲めって言ったの? あの時。
まぁ、結果オーライだったし、いいけど‥‥。
「うん。お願い」
それから、魔人に飲んでみてもらってわかったことは、緑は普通のポーション。赤が緑よりたくさんの怪我を治せるハイポーション。青が魔力回復のポーション。黄色は毒や麻痺なんかの異常な状態が直るやつで、悪いものを食べた時の腹痛とかも治せるらしい。透明なのは聖水。
「これ、割と凄いんじゃない? 怪我してもなにしてもどうにかできちゃうってことじゃん」
金銀財宝ってわけじゃないけど、こういう実用的なのが一番嬉しい。
それから、ポーションに埋もれて出てきたものがもう一つ。それは可愛い革靴だった。
「おじいちゃん‥‥。ダンジョンの宝箱って人の心が読めるのかな? 確かに靴が欲しいって思ってたけどさ」
宝箱の中身の話をしていた時のことを思い出す。魔人は不思議なものを見るように私の手の中の靴を見た。
「心など読むわけがなかろう。しかし、妙よな。‥‥まぁ、ダンジョンとは魔法の塊じゃからのぅ。そういうこともあるのやもしれん。見たところ悪い魔法はかかっておらん。履いてよいぞ」
魔人の服といい靴といい、不思議なこともあるものだ。
「魔法、ね。どんな‥‥あ」
魔人のお墨付きももらったし、私はさっそく靴に足を入れてみた。すると少し大きいと思っていた靴はみるみる私の足のサイズに縮んでいき、やがてぴったりになった。
足が平べったくて普通のローファーじゃ合わない事が多いつま先も、つま先に合わせたサイズを選ぶといつも余ってしまいがちなかかとも、きつすぎず余り過ぎず、ちょうどいい。
新品なのに、何年も吐き古して足になじんだようなフィット感。これならどれだけ歩いても靴擦れしなさそうだ。
「魔法って、これ? このこと?」
魔人は頷く。
「すごく、いい‥‥」
これぞ、魔法の靴って感じ。
この世の靴が全部こうなら便利なのに。
魔人の服も袖が多いやつが出てきていたらそれこそ凄かったんだけど、まぁ万能じゃないくらいの方が自然な気もした。
というかもし魔人の袖の数までぴったりなのが出てきたら、逆にホラーかもしれない。
けど、そうなるとやっぱり開けた人の欲しいものってわけじゃないのかも。だってそもそも魔人は自分でも言ってたけど、服より食べ物を欲しがるわけだし。
むしろ、服を欲しがっていたのは私。でも袖の数は合わない。
リュカの仮面もそうなのだろうか。
あれがリュカの願いなのか、私の願いなのか。
それとも靴と服も仮面もすべて偶然で、元々入っていたのか。
でも、元から入ってたも変な感じ。だってここまできて紳士服が欲しい人なんか普通いるかな。
それとも、あの服にもこの靴のようになにか便利な魔法があったりして。破れない、溶けない、汚れないとか。
あれこれ考えながら宝箱の中身を全部バッグに詰め込むと、バッグはじゃらじゃらと太った。開けると、ポーションのミニチュアばかりが目に入る。
うーん。ポーションはいつかそれだけまとめて別の袋に入れた方がいいかも。
「では、帰るとするか」
魔人が部屋の奥の扉を開ける。すると‥‥気が付けば私たちは夜の草原に立っていた。
目の前には目的地だった山脈が見える。振り向くとそこには木にくくりつけられている馬がいるだけで、かまくらのようなあの建物は跡形もなかった。
「不思議、ほんとに帰って来れたんだ。ダンジョンもない」
「攻略されたダンジョンはこうしてなくなり、時がたつとまた現れるのよ。攻略されても魔力が枯渇せず、出っぱなしのものもあるがのぅ。さて、もう夜じゃ。貴様らは寝よ。馬にはわしが水をやっておくでのぅ」
言われるままに馬車に乗り込み、寝る準備をはじめる。魔人の腰に巻いていた毛布に多少の拒否感を覚えつつ、しかし他にないので贅沢も言えず。
リュカと並んで馬車に横になると、布団の中でリュカの手がもぞもぞとしだした。私の手を探していたようで、触れるとそのまま握られる。
珍しいな、と思った。
リュカはスキンシップ好きだけど、こうやって布団の中だとあまり触れてこなかったから。そこが安心できるとこでもあるんだけどね。
だからこそ、どうして今手を繋いだんだろうかと疑問に思う。
「どうしたの?」
リュカならまぁ、変なことしてこないだろうし大丈夫とは思うけど、やっぱり男の子だし。
こうして布団の中で触れ合うのって若干忌避感がある。だけど相手がリュカだからか、振り払うほどでもない。
「リュカ? どうしたのったら。珍しいね、寝るときに手を繋ぐなんて」
しかも許可も取らずに。
「エルダーにね、ううん。昔友達にね、言われたの。どうしてもって時は女の子と同じ布団に入ってもいいけど、良い子なら触ったらだめだって。女の子は男の子と一緒に寝るのは嫌がるものだからって。でも、なんだかね‥‥。今はね‥‥」
そう言うと、リュカは黙り込んだ。それからしばらく無言だったので、私は段々眠くなってきた。
うとうとしだした時、リュカが口を開いたのではっとする。
「あのね、チトセ。今日だけ、手を繋いで寝てもいい?」
暗闇の中でリュカの顔がこちらを向いているのが分かる。
その表情は曇った空の下よく見えないが、不安そうな顔をしているのだけは声でわかった。
きっとダンジョンが相当こわかったんだろうなぁと思う。
楽しそうにしてたように見えたけど、そういうことにしておこう。
「うん、いいよ。でも今日だけね」
「えへ、ありがとう‥‥」
「‥‥ダンジョン、すごかったね」
「うん。すごかった。凄くて、こわくて、けど面白かったよ」
やっぱりリュカは案外楽しんでいたようだ。ダンジョン内で聞いた時はあんまりそう思っていなさそうだったのに。
リュカは戦闘好きだから、きっと魔人が戦うのを見ているのが面白かったんだろうな。
そうなると、次は私一人でお留守番か‥‥。
「ほんと? 私はもう‥‥いやかな」
「ダンジョン嫌い?」
「だってさぁ‥‥」
思い返せばこわかったし嫌なことだらけだった。蜘蛛の心臓とかもう思い出したくもない。
だけど‥‥冒険は少し楽しかったかもしれない。
前には魔人がいて、隣にはリュカがいてくれて。‥‥何度思い返してもやっぱり蜘蛛だけは最低だったけど。
ああ、思い出したら思い出しちゃった。悪夢見そう…。
でも、なんだかんだ楽しめた‥‥ような気もする。
「うんと‥‥少しは楽しかったよ」
「ならまた行こうよ」
「う、うん‥‥それは、考えとくね」
おやすみを言いあうと、布団の中でリュカの手がぎゅっと握ってくる。その握り方は遠慮がちで、優しくて、とても心地が良かった。
だからか、蜘蛛の夢は見なかった。




