2-10-16話 はじめてのダンジョン
重たい蓋を持ち上げると、中にはぎっしりと‥‥。
「ぽ、ポーション?」
私が開けた宝箱一杯に詰まっていたのは、可愛い小瓶に詰まった色とりどりのポーションだった。緑、赤、青、黄色に透明なのまで。
それぞれメロン味、イチゴ味、ブルーハワイにレモン、そしてサイダー。まさかそんなわけもないが。
隣を見ると、魔人は自分の開けた宝箱を前に首を傾げていた。しかし喜んでいる風ではない。
覗くと、服が入っている。
「あっ! よかったねおじいちゃん! 服だよ、服!」
「せっかくなら食い物がよかったのぅ」
なんて言って魔人はがっかりしているが、腰に毛布を巻いただけの姿を見つめて改めて本当に服でよかったと思う。
「何言ってるのよ、服でよかったよ。‥‥リュカは?」
「なんかねぇ、お面? が入ってたよ!」
嬉しそうにするリュカの手には泣き笑いのお面が握られていた。リュカの格好にちょうど合う、ピエロがつけていそうなやつだ。
可愛くはないんだけど、ぴったりだと思う。
しかしそういうお面ってちょっとこわくもある。そもそもピエロ自体なんかこわい。
「どう? 似合う?」
仮面をつけてはしゃぐリュカが近寄ると、妙な圧迫感を感じる程度にはその面も不気味なものだった。
けど、リュカは気に入ってるみたいだし、悪く言うのは悪い。
目を逸らして頷く。
「う、うん‥‥似合うよ」
「うふ! じゃあこれずっとつけていようかな」
「それは‥‥」
やめたほうがよくない?
と言おうか迷う。本人が気に入っているならそれもアリなのかもしれない。私はこわいけど。
でも仮面なんか被ってたら前がよく見えなくて危なくないかな。
この理由でなんとか外させようか‥‥。
「んと、リュカ、何?」
ぐいぐいと近づいてくるお面をつけたリュカからは妙に嫌な感じがして、思わず後ずさる。
「チトセこそどうしたの?」
私が避けるとリュカはもっと近づいて来た。
その仮面が怖いんだよねと言い出せず、笑ってごまかし更に後ずさる。
するといきなりリュカが手を掴んできた。
掴む力には遠慮がなくて、痛い。
「ちょ、ちょっとリュカ?」
「チトセ逃げてる。こわいの?」
「ええ? ないない、こわくないよっ。リュカこそどうしたの? 手、放して‥‥」
見つめた仮面は笑っているような、泣いているような、けど怒っている気もする。
リュカの表情が見えず、わからず、無言になられるとなおさら‥‥こわいと思ってしまう。
手を引いて、放してくれるかと試してみるが放してくれない。
「やっぱり、逃げる‥‥」
そう呟いたかと思ったら、私の手首を握る力が更に強くなった。思わず顔をしかめる。
なんだかリュカの様子がおかしい。
「チトセさっき聞いたよね。僕の欲しいもの」
「え? うん」
宝箱に入っていたらいいもの、ね。うん、聞いたけど。
今それを答えるの? もう開けちゃったのに?
「僕チトセがいい」
もう片方の手が伸びてきて、私の肩を掴む。体が真正面を向いているからか、仮面が更に近く感じた。
あれ、この仮面、目のところに穴が開いてない。全部がまっ平らだ。
というか、リュカなんて言った?
「はい?」
「僕、チトセが欲しい」
あ、やっぱりそう言ったんだ。
しかしなんだろうそれは。
チトセが欲しい。チトセが欲しい‥‥。
チトセ‥‥、チトセって、私?
私が欲しい!?
何度も反芻してようやく意味が理解できた。
理解できても意味がわからない。
「ちょ、ちょっと。何言ってるの、リュカ」
「ちょうだいって言ったら、くれる?」
冗談かと思ったが、まるでそうは見えない。
本気?
もしあげるって言ったら、私をどうするつもりなんだろうか。
人形にされたりして‥‥。
冗談でもぞっとした。
「な、なに言ってんの、リュカ?」
いい加減にやめてほしい。肩にかかった手を握って、外そうと試みる。
いや、全然無理。そんな簡単に外れそうにない。
ならとりあえず距離だけでもとりたい。
腕を伸ばしてリュカを押しやろうとするが、びくともしない。
力も圧も強い。
なんだかほんとに私の知ってるリュカじゃない気がしてきた。こわい‥‥。
「ほれ、そこまでにせい、阿呆」
突然真後ろからシャツに包まれた腕が伸びてきて、リュカの仮面をはぎ取った。
仮面の下のリュカは何が起きたのか分からないというような顔でぽかんとしている。肩に置かれた手からもすっと力が抜けた。
私と目を合わせ首を傾げるリュカは、いつも通りの彼だった。
それを見て心の底からほっとする。
さっきは、まるで別人みたいだったから。
しかし、仮面をつけただけであんなに雰囲気が変わるとは、もしかして呪いの仮面なんじゃないだろうか。
「リュカよ。チトセを離してやれ。あんまりしつこいと嫌われるぞ」
「え、えっ? あ! ご、ごめんね‥‥?」
握られたままの手首に視線を落とすと、リュカはあわてて放してくれた。そして上目遣いに私を見つめる。
「ち、チトセは嫌だった? 今の、嫌だった‥‥?」
そりゃ、痛いし気味が悪いしで嫌は嫌だったが、今のリュカを見ていると正直には言いがたい。
でも、嫌なことはちゃんと嫌だと言うことも必要だよね。
「まぁ、ね‥‥。痛かったし‥‥。」
すると不安に揺れるリュカの瞳。これに続くのはきっと‥‥。
「ぼ、僕の事嫌いになる‥‥?」
そう、この一言。リュカは嫌われることを異常にこわがっている。
まぁ、その、あれが知らない人だったらね、さすがに嫌いになってただろうけど。
「ならないよ、大丈夫。リュカの事好きだよ」
「よかった‥‥」
するとやっぱり、リュカはほっとした顔をした。
「でもこわかったから、もうしないでね」
「しない! しないよ、ごめんね‥‥チトセ。こわくして‥‥」
しょんぼりと項垂れるリュカの帽子の先も地面に向かって垂れる。
「いいよ。もう気にしないで」
俯く頭を魔人の真似をして撫でると、徐々にリュカが顔を上げもじもじしながら「えへへぇ」と嬉しそうに笑う。
なるほど、なんだか子犬みたいで可愛い。これは撫でたくなるかもしれない。
けど、あの仮面どうしよう。
なんて考えていたらタイミングよく魔人が仮面を差し出してきたので思わず「わっ!」と声を上げてしまった。私の声に驚いたリュカもびくっと跳ねる。
「チトセよ、この面はお前が持っていろ。見たところ魔法がかかっているようじゃ。こやつに渡しておくとろくなことにならん‥‥かもしれん」
「やっぱりそうなんだ? 変だと思ったのよ」
なるほどなぁ。リュカがあんなことをしたのは全部魔法のせいだったのか、納得納得。
けど、そしたらこれには一体なんの魔法がかかっているんだろ。あの様子からして、なんでも欲しくなっちゃう魔法とかだろうか。
ひとまずこれは欲張りの仮面と呼ぶことにしよう。
「ねぇリュカ、これ私が持っていてもいい?」
せっかく宝箱から出て来たんだし、こんな風にとりあげるみたいなこと本当はしたくないけど、あれをされた手前、私もリュカにこれを渡したくない。
リュカも分かってくれてるようで、こくりと頷く。
が、そのしょんぼりした横顔を見ていると、聞き分けの良い子供からおもちゃを取り上げたような気分になる。罪悪感が残る。
どこか、大きな街に行ったときにでも代わりの仮面を買ってあげよう。魔法がかかってなくて、もっと可愛くてリュカにぴったりなのを。
だからこれは、バッグの底に封印!
私は力いっぱい仮面をバッグの奥底に押し込めた。




