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生贄少女の異世界探索紀行 〜友達ゼロの私にも親友ができました〜  作者: 清水谷
二章・旅のはじまり、冒険とダンジョン
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2-10-13話 はじめてのダンジョン(スライムもちもち、わらびもち)

「絶対に触れるな。触れた瞬間捕食がはじまる。人間の脆い皮膚など簡単に溶かされような。それから、こやつが吐き出す溶解液にも触れるなよ。主らなど骨まで一瞬で溶けるじゃろうからのぅ」

「溶ける、の?」

「簡単に。スライムは小さくとも危険な生き物じゃ。それがこの大きさ。喰いがいはあるが、ちと面倒じゃ。よいな、部屋の隅におれ。決して近づくなよ」

「ふぅ、ん‥‥?」


 まるでそんな風には見えない。このわらびもちが? と思う。

 現実を受け入れられないというか、現実味がないというか。


 私はその場から動かずにまじまじスライムを見つめる。なんだかぷるんぷるんで綺麗とさえ思う。


「‥‥危ういのぅ。リュカよ、チトセを守っとれ」

「うんっ! チトセ、こっちこっち。呪術 かくれんぼ」


 さっきまで震えるほどこわがってたのに、今度は嬉しそうな顔をして私の手を引くリュカ。釈然としないまま部屋の隅の柱の陰に隠れる。


 スライムは微動だにせず、中央に鎮座している。

 戦闘はまだはじまらないらしい。


「チトセよ、そこで見ておれ。スライムは恐ろしい魔物じゃと、その目に焼き付けよ。でなければいつか綺麗だなどとほざいて触れて、腕の一本も失いかねん」


 まぁ、確かに、大きいとはいえクラゲみたいだし、ぷるぷるしていてゼリーとか、わらびもちとかそういうのに見えるし。むしろ今まで見たどの魔物よりおいしそうだとは思う。

 蜘蛛ほど恐ろしくも、気持ち悪くもない見た目だしさ。


 だけどさぁ。


「さすがに、綺麗だからってむやみに魔物になんか触んないよ」

「宝箱は開けようとしておったのに、何を言う」

「あれは‥‥」


 すっかり信用がなくなって、馬鹿にされているとさえ感じる。


 違うんだよ。宝箱はミミックってのを知らなかったから開けようとしただけで、見た目で普通じゃないものに私触ったりしないし。

 けど、言おうとしたら手で制された。


「よい、下がれ。もうはじめるでの」


 そう言ったと思ったら、突然スライム表面がぼよんと大きく震えた。魔人が何かしたのか、スライムが動き出したのかはわからない。


 スライムの表面全体に波紋が広がると、ゼリーのような全身が一気にぶるぶると震え出した。ゼリーを乗せた皿を震わせたときみたいにぶるぶるしている。


 やっぱりおいしそう、と思ったのはそれが最後だった。


 突如背後で石の砕けるような音が聞こえた。

 振り返る際、目の前に透明なガラスでできた枝のようなものがあることに気が付き、目で追う。するとそれは石の壁に突き刺さっていた。


 これが音の正体かと再度ガラス細工の枝をみる。逆側に追っていくと、スライムにたどり着いた。


「え、これスライム?」


 そう、それはスライムだった。

 スライムが伸ばした、体の一部。透明な体から無数に伸ばされた細い枝。


 それが本体を中心として、放射状に伸びていた。

 その何本かに魔人が突き刺され、持ち上げられている。


 あっと声をあげそうになった私の耳元で風を切る音が聞こえた。すぐ横にあった枝がとんでもない速さでスライムへ戻っていく。


 枝のようにまっすぐ伸びていたスライムは、中央に近づくにつれて柔らかくしなり出した。まるでタコやイソギンチャクの触手のように一つ一つが生きているかのようにうねる。


 かと思えば、柔らかそうに見えた触手たちが一斉に魔人に向かって猛スピードで突っ込んでった。複数の攻撃を受け、魔人の体は反動で大きく揺れる。


 いくつもの透明な槍で串刺しになった魔人。足も腕も腹も肩も、穴だらけだ。


「きゃあ、あ‥‥っ!」

「チトセ、だめっ。喋ったらだめなやつかも」


 私の口を押えながら耳打ちするリュカの声が聞こえているのに理解できない。


 視界の中、今や魔人は針のむしろ状態。遠目にも今までで一番ダメージを追っているように見える。


 無事なのだろうか。大丈夫なのだろうか。


 触れただけで体を溶かすものに貫かれてるのだから、大丈夫なわけがない。


「痛いではないか」


 しかし、聞こえてきたのはいつも通りの声だった。


 ほっとして、力んでいた体から無駄な力が抜ける。同時にリュカが私の口から手を離した。


「チトセ、しぃー。あんまり喋っちゃだめだよ」


 言われて、今度は頷く。


 二人で柱から顔を出すと、ちょうどスライムの表面が大きく揺れたところだった。先程と同じくぼよん、と全身を大きく震わせるスライム。しかし魔人を捕らえたまま放す素振りは全くない。


「これも耐えるか」


 魔人は貫かれた腕を上げ、手を頭に突っ込んだ。ディナーナイフを取り出し、一振りする。

 自分の身長程度に伸びたナイフで自らを貫き絡めとっている触手をすぱっと切り落として逃れ、続けてスライムに向かって振るった。


 スライムは斬っても斬ってもどこ吹く風という様子で、じりじりと魔人に寄っていく。切り飛ばされた透明な破片が動き、本体の方へ戻る。戻った破片は本体に触れると何事もなかったかのように吸収され、その繰り返しだ。

 まるでダメージを与えているようには見えない。


「わかってはおったが、やはり物理は効かんな。ならば‥‥」


 魔人がスライムに向かって何かを吐きかけたのが見えた気がした。次の瞬間私たちを襲う爆発音と衝撃波。

 思わず柱の裏に隠れて目を閉じ耳を塞ぐ。そのおかげでやりすごすことができたが、一体何が起きたんだろう。


 静かになったところでおそるおそる目を開け、辺りを見る。特にこのあたりに何かが起こった様子はない。爆発したのは魔人たちのいる場所だけみたいだ。


 魔人がスライムを倒したのだろうか。けど、魔人は何も言わないし、今も向こうからはぼこぼこと何かが沸騰するような音が聞こえてくる。


 柱から顔を出そうとすると、どこからともなく酷い臭いが漂ってきた。それになんだか、目が沁みるみたいに痛い。


「んぐ‥‥。しまった、反応を起こしよった。チトセにリュカよ! 息を止めてそこから離れよ! 煙は吸うなよ」


 どこかくぐもったような声で魔人が叫ぶ。


 何が起きたのかと声の方を見るが、彼らがいるはずのそこには物凄い量の煙が滞留していて、どちらの姿も見えなかった。


「チトセ、こっちぃ‥‥」


 目をこすり泣いているリュカに裾を引っ張られ、彼が走っていく方へ付いて行く。走りながら、頬を伝ってく涙に気が付いた。

 目が痛くて、そのせいで涙が出てるんだ。


 沁みるだけだった目の痛みは、段々と眼球の痛みに変わっていった。

 目がかすみ、こすろうとしたら咳が出た。


 あれ、と思うと喉も痛い気がしてくる。見ればリュカもケホケホしていた。


「おじいちゃん! なんか目が痛い! 喉も!」


 大きな声を出すと喉が痛いし、声も変。魔人が吸うなと言った、あの煙のせいだろうか。


「煙を吸うたな! バッグに入っとった赤いポーションを一口ずつ飲んでおけ! 多少効くじゃろう。それから、泉で汲んだ水で目を洗い、うがいをし、ポーションをかけろ! 煙から離れておれ!」


 遠くの柱の裏でしゃがみ込み、言われた通りにする。すると痛みが引いてきた。


 目薬代わりにポーションをかけると更に良くなったが、リュカの目がまだ充血しているのを見るに、私の目もそうなっていることだろう。けど、ちゃんと見えているし大丈夫そうだ。


「うぅ‥‥まだなんか目がごろごろする‥‥」

「リュカ、こすっちゃだめだよ。ポーションはもうないから‥‥。もうちょっと目を水で流そ」


 リュカに水筒を渡して、洗い流させている間に私は柱の向こう側を覗く。もう煙はなくなっていて、ここからだとスライムの丁度向こう側に魔人が見える。


 丁度スライムが震え、天上に向かって細く大きく伸び上がるところだった。


「いかん。身を低くせよ! 柱の裏から出るでないぞ!」


 指示が聞こえるなり私の体は引っ張られ、そのまま仰向けに倒れる。思わず目を閉じた。


 倒れると同時にバケツをひっくり返したような大きな水音が聞こえる。

 目を開けると、視界いっぱいに広がるガラスが見えた。


 ガラス、というよりは水底から見上げる水面のような光景だった。先ほどの枝のことを思い出し、すぐにそれが変形したスライムだと理解する。


 スライムがガラスのように薄く伸びて広がり、まるで水面のように見えている‥‥。


「ひ、ひぃ‥‥チトセ、こっち、こっち‥‥っ」

「え、あ‥‥っ」


 囁き声が聞こえ倒れたまま顔を上げると、スライムが伸び切れていない場所に座り込んだリュカが必死に私の服を引っ張っていた。這いずる様にそこまで逃げる。


 しばらくして水面がばしゃんと地面に落ちた。そのままずるずる本体の方へ戻っていく。戻りながら、スライムはうごうごと何かを探るようにこちらへ向けて小さな触手を伸ばしてきた。


 そうか、これ、獲物を探しているんだ。


 枝のように水面のように体を伸ばして、獲物が引っかかったら捕まえて引き寄せる。きっとそういう習性なんだろう‥‥。


「おじいちゃんは!?」


 この距離までこんな風に探ってきたなら、本体付近にいた魔人はもちろん捕まっているはずだ。

 壁沿いにスライムからできるだけ距離をとって部屋の中央が見える位置まで移動する。すると、魔人がスライムに包まれているのが見えた。


 触れれば溶かされるスライムに、つま先から頭のてっぺんまで、全身浸かっている。


「リュカ‥‥、おじいちゃん、平気‥‥? 溶けてない‥‥?」


 声が震える。


「えと‥‥、服がぼろぼろしてて、スライムが赤い、よ‥‥」


 息を飲む。赤いのはきっと血だ。

 けど、魔人は頭からドラゴンの血を浴びていたからそれが溶けているだけの可能性もある。しかし、服が溶けているなら‥‥。


「あ、でもおじいちゃんスライムをごくごく飲んでる」

「えっ!?」

「しぃっ」

「え、あ‥‥ごめん」


 触ったら溶けるものを、飲んでる!?


 驚いたけど、大丈夫だからやっているんだろう‥‥と思いたい。

 こうなれば魔人がスライムを飲み干すのが先か、魔人が溶かされるのが先か、だ。


 大丈夫だよね‥‥。そうだよね。

 けどさすがに心臓が嫌な感じにどきどきとしてきた。万が一にも魔人が溶かされるのなんて見たくない。


 お願いだからはやく全部飲み干して、と思いつつどうして魔人はあのスライムをいつもみたいに魔法で全部食べちゃわないんだろうかと思う。


 あの魔法ならきっと一瞬で終わるはずなのに。

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