2-10-12話 はじめてのダンジョン(はじめてのボス戦!)
五階層の草原を草をかき分けて進みながら、私は地上に残してきた馬のことを思い出していた。
「そういえば、ここでもう二日くらい過ごしてるけどさ、馬は大丈夫かな。あの時はいなかったけど、夜、魔獣とかにさ、襲われたりしてないかな」
ダンジョンに入る前、馬は近くの木に括り付けてきた。急いでいたから縄をきっちり結べてなかったかもしれなくて、逃げちゃってるかも。
けどむしろそれなら魔獣に襲われたって逃げられるか。
もし逃げてもなくて、魔獣に襲われてもなかったら。ご飯、どうしてるかな。
森では一晩で魔人が帰ってきたから、正直ここもこんなに時間がかかるとは思っていなかった。馬を括りつけた木の周辺には草が生えていたから、お腹が空けばそれを食べるだろうが、水はない。
馬が飲む水の量って、半端ないんだよね。休憩の度に馬には水を与えていたからわかる。
バケツ何杯分も飲むから、バッグに入っていたノイの魔法の水筒を馬用にして、水場を見つけるたびに水筒いっぱいに水を汲んでいた。
魔法の水筒には多分100リットルくらい入るけど、それだって2回休憩したら全部飲み干しちゃうくらい馬はよく飲むから。
「そうさな。しかし案ずるな。ダンジョンの中は通常とは時間の流れが異なる場合が多いからの。深ければ深いほど、時間の流れはゆっくりになる」
「じゃあ、上ではそんなに時間経ってないかもしれないってこと?」
なんだか浦島太郎みたいだと一瞬思ったけど、浦島太郎は帰ったら知っている人が誰もいなくなるくらい時間が経っていたんだったなと考え直す。
「少なくともわしらと同じ時間は流れておらん。ま、ここはそこまで深くないでのぅ。一日くらいは経っておろうが、魔獣一匹おらんかったダンジョンの近くなぞ心配に及ばん。そもそも、ダンジョンの近くには魔獣は近寄らんからの」
「どうして?」
「ダンジョンは成長しないうちは近くを通りかかる魔獣や魔物を喰らうのよ。それこそミミックのように突然、ばくりと。誰だって喰われたくはあるまい? ダンジョンはそうして弱いものから捕食し、力を貯め、そのうち人間を招くようになるのじゃな」
「どうして人間なの」
「知らんわ。‥‥人間は物をもって移動するからかのぅ。わしも喰うなら魔獣よりは魔石を持ち運んどる人間の方がいい。その方が効率が良いからの」
まぁ、確かに、そう言われればそうかもしれない。
「チトセ、おじいちゃん。あそこに階段があるよ」
いつの間にか先頭を歩いていたリュカが嬉しそうに前方を指さす。私の目にはまだ草原しか見えないが、目のいいリュカが言うなら間違いない。
「はぁ、まだ続くんだね。ドラゴンがボスじゃないんだ」
「まぁ、そう気を落とすな。ここまでの魔獣を思えばそう深くもないかもしれん。ドラゴンは美味かったが、そう強くもなかったからの」
深そうだと言ったり、そうでないと言ったり、混乱する。毎回適当なことを言ってるわけじゃなさそうなのが余計立ち悪い。
しかしあえて突っ込まず、聞き流す。もうここがどれだけ深かろうが浅かろうがそんなことは問題じゃない。‥‥浅いならその方がいいにはいいけども。
こんなところさっさと出たい。それには、結局のところさっさと進む以外ないのだから。
「あのドラゴン、凄く大きかったのに。弱かったの?」
「弱いことはないが、大きさの割に魔法をほぼ弾かんかった。おそらく低位よ」
それでも魔石はあんなに大きかったのか。ドラゴンてすごい。
暫く歩くと、やがてリュカの言う通り地下へと続く階段が見えてきた。これまた不思議な佇まいで、草原の真ん中に突然暗い空間が空いている。
裏はどうなっているんだろうと回りこむが、不思議なことに入り口はどこから見ても同じ角度に見えた。
「何をしておる」
「あ、いや、その‥‥。なんでもない」
階段を下りていく二人を急いで追う。
六階層はサソリの階層の時ように、窓もないお城の地下通路に似た場所だった。
ただし、もっと天井が高くて薄暗い。ここもやっぱり壁にはろうそくが取り付けられているのだけど、ろうそくとろうそくとの間隔が広くて通路の一部は真っ暗だった。
なのでランタンを出す。ランタンはスイッチをひねれば火がつくようになっているので、マッチがなくても使えるのが便利なところだ。
あれ? ドラゴンの肉を焼くとき、この火を使えばよかったんじゃ‥‥。
こういうのってどうして必要な時に思い付かなくて、終わった後に閃いたり見つけたりするんだろう。
でも草原には燃やせるものが草しかなかったのも事実だから、どっちみち魔術に頼っていたかも。生の葉っぱって水分が多いから燃えにくそうだし。
「はぁ、なるほど、ここも魔獣の気配がないのぅ」
「ダンジョンってそういうものなの? やたらサソリばっかり蜘蛛ばっかり沢山出たり、爬虫類ばっかりだったりさ。なのに一匹しかいないところもあったし」
「ダンジョンによるのではないか? しかしなぁ‥‥。もっとこう、色々な魔獣だの魔物だのがいてくれた方が楽しいのにのぅ‥‥」
楽しいというのは食べていて楽しいという意味かな。食感だの味だの、飽きただのさんざん言ってたし。
そういえば結局、ここにいたのって爬虫類と虫だけだ。魚とか鳥とかはいなかった。
ちなみに、ドラゴンはトカゲっぽいから爬虫類だと思ってる。
そう考えてみると、魚の魔獣だったらどんな見た目でもあまり抵抗なく食べれたかもしれない。魚ってもとからいろんな形のがいるし。
退屈な通路を無言で歩く間、楽しいと言うのがもし場所の話だとしたら、と考えてみる。
星空みたいな洞窟やさわやかな草原は確かに綺麗だったし気持ちよかったけど、ダンジョン自体が楽しい場所かと聞かれたらまったく楽しくはないかな。
二人がいるからまだいいけれど、一人だったら絶対に入ろうとは思わない。
リュカはどう思っているんだろう。最初は入りたい! なんて言ってたけど、入ってすぐあんなにこわがってたし。でも楽しそうにしてもいるし。
次もしまたダンジョンに入るか入らないかって時が来て、魔人と一緒にリュカまで行っちゃうようなら、その時は私馬とお留守番かなぁ。
「リュカ、ダンジョン楽しい?」
「え? うん、‥‥と。チトセと一緒だから、楽しい」
リュカも、少し悩んでから笑ったところをみるとダンジョン自体を楽しんではいないみたいだ。よかった。
それなら次は魔人だけでダンジョンに入ってもらおう。
しかし私と一緒だから、かぁ。そう言われると嬉しいなぁ。
私だってリュカがいてくれるから肉の凧揚げも最後の方は楽しいと思えたし。そういうの、口に出した方がいいんだろうな。
リュカと居ると、こういう素直な一言がきっと人間付き合いで大切なんだと学ばされる。
ポジティブな感情は素直に出していくべきなんだわ、きっと。
「私もリュカがいるから楽しいよ」
「ほんと? うふ、嬉しい」
なんてほのぼのしながら魔人の後ろをついていくと、突然魔人が立ち止まった。リュカの方を見ていた私は気が付かず、その背中に顔面をぶつける。
「んわっ。な、なに。どしたの‥‥」
背中越しにその先を見ると、ただの壁だった。なんで壁なんて見てるんだろうと思ったけど、ここが通路の行き止まりだと気づく。
魔人の視線をおって見上げると、それは壁ではなくて巨大な扉だった。
城の地下、儀式の会場もこんな風に扉がわかりにくかったのを思い出す。
扉って巨大すぎると存在感がなくなるんだわ。
「ここが最後のようじゃな」
「ボスっていうのがいるってこと?」
「じゃの」
そう言うと魔人は壁に手をついて、臆することなく押し開けた。
ここから見ていると、魔人はそこまで力を込めてる感じはしないのに、扉はギギギィと重たく錆びた金属音を出す。
隣でリュカが「わぁ」と感嘆の声を上げる。
「ダンジョンのボスってなにが出るんだろう? ドラゴン? 蜘蛛? それとも蛇かな」
「蜘蛛はもう嫌よ‥‥」
ボスと聞いてもちろん不安はあるけど、魔人ならそれもさくっと終わらせるんだろうな。
ここまで散々色んな魔獣とか魔物を見てきたけど、そのすべてを割と苦労もなく簡単に倒しちゃう、この細い背中のなんて頼もしいこと。
蜘蛛の時はやばいかもって思ったけど、魔人は自分でした以外ケガもなかった。
それに、リュカもいてくれるしね。
開いた扉の先は真っ暗。だけど魔人が一歩中へ踏み出すと、途端にぼぼぼという音がして、部屋中の松明に火が点いていった。
その演出すらあの儀式会場を思い出させる。
通路も似てたし、全体の雰囲気とか、こういう演出まで似てると感じるのってなんでだろう。ありきたりな演出なのかな。スタンダードっていうか。
でも確かにこれ、恐怖を感じるのよね。誰もいないのに突然明かりがつくとか、いかにも待ってましたって、いないはずの誰かに見られてる感じがするしさ。
全員部屋に入り、中央に向かって歩いていると突然背後で大きな音がした。
「きゃん!」
この可愛い叫び声は私じゃない。
叫んだリュカが駆け寄ってきて、手を握られる。その手は震えていて、表情も強張っていた。
音がした方を見ると、扉がしまっている。逃がしませんと言われている気がするが、リュカほどこわい気持ちはしない。だって魔人がいるし。
「リュカって怖がりだよね。大丈夫だよ。おじいちゃんがいてくれるじゃない、ねっ」
「う、ん‥‥」
安心させたかったのだが、なぜがリュカは顔を曇らせ、俯いてしまった。
私の手を握る力が一瞬弱まり、また段々と強まっていく。しかしそのうち手を離すので、多分、多少は安心してくれたんだと思う。
気を取り直して部屋の中央に向き直るとそこにはいつの間にか、どこから現れたのか、巨大なわらびもちがあった。
「なにあれ」
それは透明でぷるるんとした半円形で、どこからどうみても大きなわらびもちにしか見えない。
近くに立っている魔人よりずっと大きくて、高さは3メートル、いや4メートルくらいはあるんじゃないだろうか。自動車二台分くらいの幅がある。
「ふむ、スライムじゃのぅ。デザートには丁度いいが‥‥主ら、絶対にこやつに触れるでないぞ」
「スライム? 触っちゃダメなの?」
スライムと聞くと、小学校の時に理科の実験で作ったやつを思い出す。
絵の具を混ぜて好きな色にするやつ。私は何色を作ったんだっけ。
ぺたぺたぷるぷるしていて面白かった気がするけれど、家に持って帰ったら汚いからと捨てられちゃって、ろくに遊べなかったんだよね。




