2-10-6話 はじめてのダンジョン(三階層と四階層)
さて、気を取り直して三階層。
ここもこれまでと同様、一階層とも二階層とも様子が違う。今度は静かな泉があるだけの広い空間で、うっすら光る泉は神秘的だった。
端の方に階下への階段があるのが見える。凄い簡単な層って感じだ。
「なんだかいい感じの場所だね。マイナスイオンとか出てそう」
「この水美味しいよ。水筒に汲んでいこうよ」
「リュカその水飲んだの?」
どうしてこんな意味わからない場所の水を簡単に口に入れれるんだろう。
神秘的とはいえ、光ってるんだよ? 普通飲む?
喉が渇いていたなら言ってくれればまだ水筒に水が残っていたのに。
大丈夫だろうか。お腹を壊したりしないだろうか?
「飲んで大丈夫かな? おじいちゃん?」
「大丈夫じゃろう」
「そうなの‥‥? 光ってるけど」
「あれは精霊か何かじゃろ。毒ではない」
「精霊‥‥」
精霊がいるならそりゃ、神秘的なはずだ。
大丈夫なら、と私もおそるおそるすくって飲んでみる。すると、それはまるで山の湧き水のように冷たく澄んでいて、美味しかった。
水も残り少なくてどうしようかと思っていたところだったから正直とても助かる。バッグからすべての水筒を取り出してリュカと手分けして水を汲んだ。
「まぁ、今日はここで休むとするか」
声に振り返ると、すでに魔人はちょうどいい大きさの石の上に腰かけていた。
「え? 進まないの? 階段すぐそこにあるのに」
「進んでもいいが、この先何階層あるか分からんぞ。次で終いかもしれんが、あと十階層続くかもわからん。そのすべてがここのように安全とは限らん。休めるうちに休んだ方がよい。貴様らはな」
最初と随分話が違くない? と思って魔人を見つめると、にやぁりと笑みを返される。その笑みはどういう意味だろうか。
辺りを見渡すと静かで、綺麗で、落ち着いていて、なんだかいるだけで疲れが取れていくような、そんな気がしてくる。
「でも本当にここ安全なの? ダンジョンの中でしょ。魔獣は? なんでそんなことわかるの?」
「ここには魔獣の気配がない。リュカよ、主ならわかるじゃろう?」
「うん。ここ魔獣も魔物もいないよ。凄く静か」
「ほらの。こういった層があるダンジョンはたまにあるが、大概深い。見た目ではわからんものじゃのぅ‥‥」
まぁ、休めるならそれはそれでありがたいことかも。
もうここに来てから五時間くらい経ってるはずだし、肉体労働が思ったよりあってくたくたなのは事実だしさ。それに安全らしいし。
「血でべたつくと嘆いておったろう。泉で清めてこい。おそらく癒しの効果があるからのぅ。疲れもなくなるじゃろ」
確かにべたつく体は洗いたかった。
泉で水浴びをすると、確かに言われた通り体の疲れまで取れた気がする。それになんだか肌がすべすべしているような。
本当に癒し効果があるんだ、ここ。
精霊の力なのかな。
それからリュカと二人、干し肉を齧りながら採取した魔石を眺めて過ごした。
魔石は宝石の原石のような見た目をしていて、赤や青、緑や白などカラフルで、単体で見ればとても綺麗。
磨けば普通に宝石に見える気がする。というか、宝石と見た目の違いはないように思う。
「おじいちゃん、サソリの魔石、赤とか青とか緑とか、他の色もある。大きさも違うし。どうして? 同じ魔獣なのに」
「阿呆。毒サソリは魔物じゃ。魔獣ではない」
「ええ‥‥。どっちでもいいじゃん、そんなの。それで、なんで色んな色が出るの?」
魔人は馬鹿を見る目で私を見るが、無視する。魔獣も魔物も私からしたら大差ない。というか何が違うかほんとわからない。
「魔物の種類によってどの魔石が出るかなど決まっとるわけなかろう。出やすいというのはあるようじゃがの」
そう言われると、サソリは赤に偏っている気もする。
サソリ座の心臓は赤いんだっけ、と思うがきっと関係はないんだろうな。
「この大きさとか色ってなにか意味があるのかな? ねぇおじいちゃん」
「大きければ大きいほど魔力が詰まっとるでの。喰う時はでかい方がいい。色は‥‥確か濃ければ濃いほど扱いやすい。赤は火魔法、青は水魔法というように、使う魔術によって区別しとるはずじゃ」
「ふぅん」
前に魔人に言われた、私が魔術を使うとしたら、という話を思い出した。
魔法陣を書いて、この魔石があれば私にも魔法みたいなものが扱えるという話。
魔石にこうして触れてみて、なんだか前より少しだけ興味が出てきた気がする。
けどこれは魔人の非常食だもんね。
「たくさんあるけど、魔石足りそう?」
「うむ、ここで腹を満たしておるし、一日程度なら大丈夫じゃろうが‥‥。ここの規模を考えればもうちっと手に入れておきたいところじゃ。しかし、なぁ」
珍しく悩んでいる、そんな姿をみると不安になった。
「どうしたの? やっぱりここってあんまり深すぎて、出るの‥‥難しかったり、するの?」
「難しいことはないが、貴様らの食料がないじゃろう。その干し肉でどのくらいもつか‥‥。うむ‥‥」
「なぁんだ。そんなこと」
妙に真剣に悩んでいるからまさかと思ったけど、出られないとかじゃなくてよかった。
というか、まさか私たちの食べ物のことまで考えてくれていたとは、そっちの方が驚きだ。
そういえば干し肉を見ても食べたいとは言わなかった。サソリでお腹いっぱいなのかと思っていたが、よく考えたら魔人には満腹という概念はない。
そっか気にしてくれていたのかと改めて魔人を見るとまだ悩んでいた。
「笑いごとかのぅ。主は腹が減らんのか?」
「そりゃ、減るけど。ないものはないし‥‥」
「次の階層で貴様らが喰えそうな魔獣がおれば、それを食うかのぅ」
魔獣を食べる?
聞き間違いだと思いたいが、絶対言った。
ふと、魔獣を食べる想像をする。
ここで見た魔獣と言えばカエル、蛇、サソリ‥‥。サソリは魔物なんだっけ?
なんだっていいけど、あれらを食べると思うと想像するだけで悪寒がする。
魔人がカエルを食べていたのを思い出し、吐き気がしてきた。
とてもじゃないけど絶対に食べたくない。無理。
「魔獣を食べるなんて嫌だけど‥‥」
「魔獣と言っても猪のようなほぼ動物と変わらんものもおるから、安心せい」
絶句。
普通に食べるなんて言い出すから、それってここでは普通の事なのかと思ってリュカを見ると、彼も神妙な顔をして魔人を見ていた。あの顔は絶対食べてない顔だ。
「嫌というても、実際食い物がなければそうするほかあるまいて」
「それは、最終手段ってことで」
見つけた宝箱の中からパンの一つでも出てきてくれることを祈る。
けど、実際どうしよう。私は今もお腹が減っているし、干し肉は明日にはなくなるくらいしかない。
どのくらいダンジョンが続ているかわからない以上、最悪の場合を想定するなら、魔人の言う通り魔獣でも何でも食べなきゃいけない時がくるのかもしれない‥‥。
けど魔獣はきついよ。
せめて食べるならカエルではありませんようにと思うが、三匹の中ではカエルが唯一食用で存在してる肉じゃない?
蛇も、食べる国はあったと思う。蛇はまぁ、うなぎと思えばなんとか、‥‥いや、どうだろう。
サソリは‥‥エビ? と思えば、うぅん‥‥。
とりあえず、これ以上嫌なことを考える前に今日のところは寝ることにした。寝ちゃえば空腹も忘れるしね。
バッグから毛布を取り出してリュカと二人包まる。
地面はごろごろと痛いけど、なんだかこういうのもキャンプと思えば楽しい気がしなくもない。
翌日‥‥といっても太陽も月もないので時間はわからないが、私たちは起きると泉で顔を洗って朝食に干し肉を齧った。
干し肉の枚数は残り少なく、あとは昼に齧る分があるだけだ。
魔獣は嫌なので他に食べられそうなものを漁るが、口にして良さそうなのは緑色のポーションと、謎の赤いポーションだけ。
最悪を想定するしかないのかと思うが、まだ宝箱っていう希望がある。
淡い希望を胸に第四階層へ降りると、そこは一面の宇宙空間‥‥のように見える洞窟だった。
「わぁ! 綺麗!」
天井は高く、横幅も広く、鍾乳石がいくつも垂れ、石筍がいくつも伸びている。そのおかげで鍾乳洞感は一層増したし寒さもあるが、一階層の時のような圧迫感はない。
それにここの岩壁にはキラキラと光る石が一面に埋まっていて、だからかまるで夜空の中にいるような気分になる。
日本にあったら間違いなく人気の観光地になってるね。
「キラキラお星様みたいに光ってるねぇ。足元にもたくさん落ちてる」
「ほう。魔石が埋まっとるな。まぁ光るだけの微小な魔力などいくら食ったところで腹も膨れん。魔獣か魔物を探すぞ」
1人つまらないことを言って先を行く魔人。ほんと魔人は呆れるくらい食べることにしか興味ない。
追いかけるように進むが、三階層の神秘さに負けず劣らずな光景に私の足取りはゆっくりになる。
そうして二十分ほど歩いた頃だろうか、更に大きな空洞へと出た。
「わっ! ここはもっと綺麗!」
見上げるとぼんやり光る天井はどこまでも高く、暗いところと光が集まっているところとあって、本当に星空のように見える。
地面も壁も天井も同じように光る石がちりばめられていて、天の川の中を歩くのってこんな感じだろうか。
綺麗な景色を見るのってとっても楽しい。今スマホを持っていたら絶対に写真を撮るのに。
ここに来てよかったとは思わないけど、この光景を見ているとそんな気持ちにもなってくるなぁ。
「チトセ、足元に気を付けよ。落ちたら死ぬぞ」
「え、‥‥わっ!」
声を掛けられ、立ち止まる。ふと足元を見ると、1メートルほど先、空間の中央に大きくて深い穴が開いていた。
風が穴に向かって吹き込んでいて、立ち止まっているのにまるで吸い込まれているような錯覚を起こす。
思わず一歩、二歩と後ずさった。
「リュカよ。チトセを見ておれ。物珍しさでうっかり死なれてはたまらん」
何も言い返せず、それでも魔人へ抗議の意味を込めた視線を送る。きっといつもみたいに揶揄うような笑みを浮かべているんだろうなと想像しながら。
けど魔人は笑っていなかった。本心でああ言われたと思うと、なんだか恥ずかしくなってくる。
警戒心も持たず、本当にバカだったなという気持ちが湧いてくる一方で、そんなに言わなくてもと思う。
そりゃ、綺麗な景色に見とれて警戒が緩んでいたのは事実だけどさ。
「えっ? あ、えっと‥‥じゃあチトセ、手ぇ繋ぐ?」
リュカもリュカで、嬉しそうに手を差し出してくるし。
繋ぐのは全然いいんだけど、流れ的になんだか子ども扱いされている気がしてしまう。
「リュカまで。もう、ちゃんとするから子ども扱いしないでよ」
「子ども扱いしてないよ?」
「してる」
恥ずかしさのあまりついそう言ってしまっただけなんだけど、思った以上にリュカが深刻そうな顔をするのではっとする。
そういえばこういうの真に受けるタイプなんだよね、リュカって。
でも子ども扱いしたかしてないかを真に受けたからって、どうしてあんなに傷ついたような顔するんだろう。私の立場ならいざ知らず。
そんな変なことじゃない気がするけど。
よくわからないけど、とりあえず訂正しておく。
「ごめん、そんな顔しないでよリュカ」
「僕、チトセを子ども扱いしてないよ?」
「そうだよね。わかってるよ」
たまにリュカって変なんだよね。ここに入ってからもそう、意味わからないタイミングで笑うしさ。
今もまだなんだか納得いかないような顔をしているし。
そんなに気にすることかなぁ。
まぁ、リュカって優しいを通り越して繊細って感じもあるから、私が気にしてないようなことも気にしちゃうのかも。
の割には能天気に見えたり、無邪気だったりもするし、‥‥いわゆる不思議ちゃんってやつかな。
あ、そうだよ。リュカって不思議ちゃんだ。
妙にしっくりくる表現に、一人納得する。
魔人を追いかけ視線を移すと、中央の穴の向こう側に今私たちが出てきたのと同じような横穴が無数にあいているのが見えた。
迷宮という言葉通りなら、ここって進んでも進んでもここに戻ってきちゃうやつじゃない?
そう思ってヘンゼルとグレーテルよろしくその辺にあった石をいくつか拾って小さな円を作る。もしまた次ここを通ったらわかるように。
あれ、けどヘンゼルとグレーテルは目印のパンを鳥に食べられちゃうんだったっけ。
なんだか嫌な予感がしたから、目印をおきたかったのだけなんだけど、まぁ、いっか。
迷ったとしても魔人がいればどうにでもなるだろうし。
「なにしとる。行くぞ」
「はーい。リュカ、行こ?」
「うん」
それにしてもこの階も結構進みやすくないかな。今のところ魔獣や魔物が出てくる気配はないし、光る石のおかげでランタンも必要がない。
このまま楽にゴールができたら嬉しいんだけど。
魔人を先頭にして私たちはどんどん進む。似たような洞窟を進んで、また巨大な空間に出て、また洞窟を進んで巨大な空間に出て‥‥。
さきほどの嫌な予感通り、なんだかさっきから同じ場所をぐるぐるしている気がしてきた。




