2-10-2話 はじめてのダンジョン
リュカには弾くのをやめてもらい、また手綱を預ける。私は地図を広げて山脈と建物の位置を見た。
その建物に向かうとなると山脈への道を少し逸れるが、おおむね真っすぐの範囲内だ。遠回りというわけでもないし、山脈は大きいから見失って迷うこともないし、その建物に立ち寄ったとしてもなにも問題はない。
経路を変えてしばらくするとその建物の全貌が見えてきた。目の前で馬車を停め、三人で見に行く。
それはかまくらのような、ドーム型の建物だった。規模的には体育館倉庫を半分にしたよりずっと小さいくらいで、外周をまわると簡単に一周できてしまった。
かまくらの表面には扉も窓も何もない。外周の一か所、地面に穴が開いていて、覗くと地下へと続く階段があったが、ただそれだけ。
そのほかにはまるで特徴のない謎の建造物だ。
「なんか、昔の人が作った氷室とか、保管庫的な‥‥」
「でかした! ダンジョンじゃ」
「‥‥ダンジョン? 氷室とかじゃなくて?」
一応聞いてみたけど、魔人が言うならそうなんだろう。もう一度建物をみてみるが、ダンジョンと聞いてもぴんと来ない。
これがそうなの? こんなのが? というのが率直な感想。
森で魔人はダンジョンに行っていたというが、実は私はダンジョンというものが何なのかよく知らない。ただ、とにかく魔人の空腹は満たせるはずだ。
「僕はじめて見たよ。雪の日に作るやつみたいだねぇ」
「あ、リュカもかまくら知ってるんだ」
「お嬢様と二人で作ったんだ」
「楽しそう」
なんて話していたら、魔人が一人ダンジョンなるものの中へ入っていくので慌てる。
「え? 待ってよ。私たちどうしたらいい?」
「わしはこのダンジョンで腹を満たして来るでの。貴様らは馬車で待っとれ」
「え‥‥」
どうしたらいいとは聞いたけど、いざ置いて行かれるとなると戸惑う。森で魔人とはぐれた時の不安がぶり返すみたいに心臓がきゅっと冷たくなっていく。
森で再開した時、あまり離れないようにするって言ってくれたのに、お腹がすくとこうなんだから。
どうしようと立ちすくんでいると、リュカが楽しそうに階段へ向かって行った。
「僕も行ってみたい! チトセも行こうよ」
「ええ?」
それはそれで不安だったが、こんな場所でまた魔人と離れて、また魔獣に遭遇してこわい目に合うのは嫌だ。
魔人を見ると、もはや私たちのことなど放ってさっさと進んでいくので、馬車へ戻り急いで支度する。
リュカも行くと言っているし、一人でなんて待ちたくない。私もついて行くことにする。
「ねぇおじいちゃん。ダンジョンってなんなの?」
「なんじゃついて来たのか。煩わしいのぅ」
足早に駆け下りた階段の先で息を整えていると、振り返った魔人が嫌そうな顔をした。
「だって僕、ダンジョン見てみたかったんだもん」
「私は違うけど。‥‥暗いからランタン出すね」
ランタンをつけると、あたりが照らされる。もうすっかりノイのくれたバッグやアイテムが活躍しっぱなしだ。次会ったらなんてお礼を言おう。
「ここが、ダンジョン‥‥。普通に洞窟みたい」
ダンジョンの中は子供の頃家族で行った鍾乳洞とかを思わせる造りだった。造りというか、そういう場所というか。
まだ入り口だからかもしれないが、削りっぱなしの岩壁がごつごつしていて、飾り気は全くない。
外観は人工物って感じだったのに、中はすごく自然的。あるのは狭くて長い階段だけだけど、進んでいくと三人並んで降りれるくらい幅が広くなっていく。
「まぁ、この程度なら三階層もないかもしれんの。つまらん」
「ねぇ、おじいちゃん。だからダンジョンって何? 三階層って?」
「貴様、空腹のわしに説明させる気か? 正気か」
「教えてって言ったら教えてくれるって言ったじゃない。教えてよ」
「まったく‥‥。勇者の小僧にあらかた説明させるんだったわ‥‥」
ぶつくさ言って結局教えてくれない魔人を追い、やがて私たちは階段を抜けた。その先は、‥‥やはり洞窟だった。
光が入らないからだろうが地上よりずっと気温が低く、空気が冷えている。長袖のワンピースを着ていても肌寒い。
「寒い‥‥」
「でもはぁってしても息白くならないね」
「そんなに寒かったら困るよ」
リュカとそんなことを話していると、ふと何かが聞こえた。
「ねぇ二人とも、何か聞こえない? 何の音だろ?」
「うん、なんだろうね?」
遠くから、べたべたと音が聞こえる。魔人は音のする方をじっと見て、腕を組んでいるので、私たちもそっちの暗闇をじっと見た。まだ何も見えない。
「ダンジョンとはのぅ。魔獣やら魔物やらが巣くう迷宮の事よ」
「魔‥‥、め、迷宮!?」
「うるさい。迷宮と言っても、このダンジョンはまだ若い。大した広さでもないわぃ」
べたべた音が早く、近くなってくると、突然リュカが私の手を取った。なんだかこういうのも久しぶりだと思って彼を見ると、怯えた様子で何か言っている。
「え? なに? なんて言ったのリュカ?」
「こ、こわいぃ‥‥」
ついさっきリュカが出会った時みたいに戻ったかもという感想を抱いたばかりだが、やはり時間を巻き戻したリュカは巻き戻したリュカだった。私にしがみついて震えている様子は年下らしくて可愛らしい。
なんて考えている場合ではないかもしれない。べたべた音がもうすぐそこまで迫っていた。けれど姿が見えない。
リュカには見えているんだろうか。
「ど‥‥、どうしたのリュカ。何か見えてる‥‥?」
すると彼は何度も頷いて更に強くしがみついてくる。
「大きなのがくるぅ」
「大きいの? え、なに‥‥えっ!」
「来るぞ」
2人が言うので私も身構える。すると、いきなり天上からそれが落ちてきた。べちゃんと大きな音を立てる巨大な物体。
「きゃっ!」
思わずランタンを向けると、そこには怪物がいた。
ぬめぬめとテカる、でっぷりした体に、ぎょろりとした目。べたんべたんと広い手のひらを地に打ち鳴らしてこちらを見る、その怪物は超巨大なカエルだった。
しかもアマガエルみたいな可愛いやつじゃなくて、いぼいぼのついたヒキガエルって感じの。
高さだけでも余裕で私くらいはある。
「き、きもい!」
私の叫びに反応するように、カエルは大口を開け『ぼええ』と叫んだ。同時に舌を突き出してくるので私はリュカを引っ張る様に一歩引いた。
「まぁ、最初はこんなもんじゃろのぅ」
巨大カエルに怯むことなく魔人は向かって行き、伸ばされた粘液まみれの舌をものともせず掴み返す。
舌に絡まった獲物を引っ張ろうとするカエルを逆に手繰り寄せるが、自分が近寄った方が早いと思ったのか引っ張るのをやめて歩み寄る。
十分近づいたところで魔人の3本の腕が広がり、カエルをがしっと掴んだ。私からは魔人の後姿しか見えないが、直接その頭部に噛み付いたように見えた。そういう音が聞こえる。
「ひっ、ひぃ‥‥!」
カエルはぼえぼえ叫んでぬかるんだ地面を踏み荒らし暴れるが、魔人の四本の腕がカエルを掴んで逃がさない。巨体は段々と力を無くしていく。
しばらくすると完全に息絶えたようで鳴き声もなくなった。ただぐちゃぐちゃと肉を食む音だけが聞こえてくる。
カエルを食べていていると思うと、もうその音自体が気持ち悪くて仕方がなくて、耳を塞いで向こうを向いた。それでも多少音は聞こえていたが、直に聞くよりこの方が視界もなくてぜんぜんいい。
やがて音が減ったので振り向くと、巨大なカエルは足だけ残して消えていた。なぜそれが分かったかというと、意地悪な魔人が私を見ながらにんまり笑って最後の足をゴクリと一飲みにしたからだ。
巨大カエルの足を呑み込む瞬間なんて見るんじゃなかった、と私は吐き気を呑み込む。
「まぁまぁじゃの。さて、進むか」
「おじいちゃんの意地悪」
言いながら、さっきから何も発しないリュカを見る。
すると彼は驚愕の表情を張り付かせたまま固まっていた。カエルの行く末を、目を逸らさずすべて見てしまったらしい。それが興味本位なのか不器用ゆえかは知らないが、とにかくショックを受けていることに違いはなかった。
優しく肩を叩くと、ぎこちない動きで私を見る。
目が合った瞬間、私たちの気持ちは同じだと分かった。顔を見合わせたまま、頷きあう。しかし、戻ろうと振り返ったところで思わず声が出た。
「あっ!?」
「なんじゃ、どうした」
「ねぇ、階段がない‥‥」
今しがた降りてきた階段が振り返った先になかった。きれいさっぱり、なくなっていた。
さっきカエルの咀嚼音を聞きたくなくてこっちを向いた時にはあったような気がするのに、いつの間に消えたんだろう。
けど、思い出そうとすると記憶は曖昧になるもので、さっきもあったかわからなくなってきた。見なかった気がしてくる。
なんにせよ帰り道が消失したのだから、魔人について行くしかなくなった。絶望する私たちとは反対に、魔人は嬉しそうに笑う。
「そうかそうか! 若いと思うておったがここは”それなり”のようじゃ! これは十分腹が満たせそうじゃのぅ」
こんなことができるなら、簡単な迷宮ではないってことだろうか。食べがいがあって喜ぶ魔人には悪いけど、私たちはそれどころじゃない。
「じゃなくて! 帰り道がないんだけど!」
「安心せい。ダンジョンはボスと呼ばれとる魔獣を倒せば出られるものじゃ。さぁ、もう戻れんぞ。進むしかあるまいて」
魔人なら最悪ボスを倒さなくても壁を食べて穴を開ければ外へ出られるんだろうが、その気はないらしい。
帰り道はない。ならば進むしかない。
私とリュカは顔を見合わせて、お互い強く手を握り合った。




