2-10-1話 はじめてのダンジョン
森を抜け、早三日。私たちは地平線の向こうに見える白い山脈へと向かってただひたすらに平野を真っすぐ進んでいる。
「お城から見えたときはこんなに遠いと思わなかったのに、もうすんごく遠いじゃん。なのになんであんなに高いわけ? 富士山通り越してもうエベレストじゃんー!」
ずっと馬車を運転する毎日に段々と嫌気がさしてきていて、私は喚いたが、意味なんてない。ただただ文句を言いたかっただけ。
すると荷台にいたリュカがひょいと御者台に座る。
「大丈夫? 僕、代わろうか」
「ごめん、大丈夫。ありがとうリュカ」
「大丈夫なの?」
しょうもない理由で叫んだ手前、こうやって素直に心配されるとなんだか恥ずかしい。
「う‥‥ん、なんか叫びたかっただけ。こう同じようなとこばっかりだと、気持ちがさ。‥‥午前中はリュカに任せちゃったし、午後は私が運転するから、任せて」
「そう? けど疲れたなら教えてね」
にへっと笑い、リュカはそのまま私の隣で足をぷらぷらさせる。
喚いたりわがままを言ったりするとリュカがこうやってすぐ優しくしてくれるんだもんなぁ。
嫌じゃないしむしろありがたいけど、根がだめだめな私はついそれに甘やかされてしまいそうになるので、森を抜けてからは極力彼を頼らないよう気を付けている。
私の性格なんだろうけど、周りの人がなんとかしてくれるのをただ待つだけのスタイルはなんだか居心地が悪いし、なにより恰好悪いと思う。
これでも、クラスではなんでも一人でできるタイプだったわけで、家でも大概の事は自分でしてきたし。
そりゃ、城でも森でもリュカには頼りっきりになっちゃったけど、それは私ではどうしようもない場面にばかり直面していたからで、他人を頼らなければ死んでいたし。
魔獣や魔術が相手でなければ、リュカに全部任せるなんてきっとしなかったと‥‥思いたいから。
前を向くと決めたんだから、できるだけ頑張りたい。
せめて私の手がでない魔獣とか魔術が関係ない、こういう普通の日常のことは自分自身でやりきりたい。じゃないと、本当に甘えることがくせになって、そのうち他人がいないとなにもできなくなりそうだ。
それに運転を代わってもらったところでこの退屈な気持ちがなくなるわけじゃないし。本当、旅ってつまんなくてまいっちゃう。
けど、嫌になったからって衝動のまま叫ぶのはなしだなと思う。こんなことでリュカに心配をかけてるようじゃ、まだまだ、私はだめだめなままだ。
「はぁ‥‥」
だめな自分自身に対してなのか、退屈な運転に対してなのか‥‥多分両方だろうけど、ため息が漏れるとリュカが心配そうにこちらを向いた。
慌てて「なんでもないよ!」と笑うと、リュカも安心したように笑う。
頑張ろうと思った次の瞬間にはもうため息を我慢できないなんてと思うけど、ただ、ただ、何もない野原が続くだけの穏やかな場所を、自分が走るようなスピードで進んでいるだけなんだもん。退屈だよ、退屈。
景色には面白みも何もないし、会話もほとんどない。リュカなんかおしゃべり好きだと思うのに、森を抜けてからなんだかあんまり喋らなくなってしまった気がするし。
でも、考えてみればまだ私は運転しながら雑談ができるほど馬車に慣れてないから、そんな状態でこれ以上長い会話は難しいかも。
そう、馬車をまともに運転しだしてからまだ5日も経ってないんだよね。初心者も初心者だし、今は運転に集中した方がいい。
景色を見た感じ、ずっと山の大きさが変わらないから、あともう3日走っても山脈に着かないんじゃないかな。だとしたら、こんなところでノイローゼになっている場合じゃない。
あともう少し運転に慣れたら、おしゃべりしたりとかして、もっと楽しくなれる気がするし。今は、我慢。
「腹が減った」
「え? なに?」
「腹が減ったわ」
突然の腹ペコ宣言に私とリュカは顔を見合わせた。
「リュカ、カバンの中に何かない?」
「うんと、魔石はもうないみたい」
「そうだよね」
ここ数日、魔人は森のダンジョンで手に入れた魔石を飴玉のように口に入れてなんとか保っていたが、それも今朝なくなった。それでもノイのくれたカバンの中にいくつかの魔石があったのでそれで今日一日くらいは食いつなげるかと思ったが、足りなかったらしい。
魔石がなくなったとなると、もうバッグの中には魔人を満足させられそうなものはない。
困ったが、しかし食糧問題は魔人だけの問題ではなかった。かくいう私たちも、もう食べ物がない。
最後に食べたのは今朝、それもパウンドケーキが一切れ残っていたのを二人でわけただけ。
多分私が喚いたのも半分は空腹が原因だと思う。
ここいらで、小さな村でも町でもなんでもいいからとにかく人が住んでいる場所を見つけて、食料を手に入れなければ山脈までとてもじゃないがたどり着けそうもない。
「リュカ、地図あったよね。なにかないかな? 村とか、町とか、人がいそうな場所。なんとか食べ物を手に入れないと‥‥」
「うん‥‥。えっと、やっぱり僕それ代わるよ。地図ってよくわからなくて」
「じゃあ、お願い」
そう言って手綱とバッグを交換しながら、思う。
さっきもちょっと思ったことだけど、森を出てからここ数日、リュカが時間を戻す前に戻ったような気がしてるんだよね。身長とか見た目は小さなままなんだけど、べたべた甘えることが少なくなって、突然抱きついてきたりもなくなって。
甘えん坊に見えていたのは、時間を戻した弊害で一時的に精神退行でもしてたのかなぁ、と思う。
「腹が減った!」
魔人の声に慌てて中から地図を出し、ヘリオン城から山脈までの間に町がないかを確認する。が、書かれていない。
地図にない村とかがあればいいのだけど、と辺りを見渡すが広い大地に人の気配はこれっぽちもない。
「腹が減った! 我慢できん! リュカ、魔獣を呼べ! このままでは飢える!」
「ちょっと! 大きな声出さないでよおじいちゃん。今探してるから」
「ああ、腹が減った! その馬でもよい。この馬車でもよい! なんでもよいから食わせろ!」
人は空腹になると怒りやすくなるが、魔人も同様のようだ。イライラと指を齧っていて、そのまま指どころか腕一本くらい食べかねない。
ふと、その前に私たちが食べられるんじゃないだろうかと考えぞっとした。
そんなのは冗談じゃないが、やりかねない切羽詰まった雰囲気を背後から感じる。
「リュカ、魔獣を呼んであげて」
「えっ」
「お願い」
「いいけど‥‥。けど、この辺いるかな? 音が聞こえるところにいないと呼べないよ」
そう言われ、私ももう一度あたりを見渡す。空には鳥一匹飛んでいない。
見晴らしのいい景色の中には魔獣どころかウサギの一匹さえ見つけられなかった。
そうこうしていると、後ろから腕が伸びてきてリュカを持ち上げた。
「いいからやれというに!」
「きゃぅっ!」
「ちょっと! リュカをおろしてよ!」
魔人が振り回すものだから、リュカの手から手綱が落ちてやがて馬車が止まる。
仕方なく、私たちはその場で魔獣を呼び出すことになった。
「呪術 招きの唄」
リュカは魔人に怯えながら弾きはじめたが、しかし、五分経っても十分経っても魔獣のまの字も出てこない。魔人は相当苛立っていて顔を歪めている。
暴れないだけマシだが、もしかしたら魔力消費を考えて大人しく腹を立てるに収めているだけかもしれない。
ああ、でもさっきリュカを振り回してたな。
「何もおらんではないか!」
「だから、そんなの見ればわかるでしょ」
「ええい! ならばやはり馬を食うか」
「待って待って待って! それは待って! 馬がいなくなったらこれ以上どうやって進むのよ! 歩いていけないでしょ!」
一旦馬車に乗り込んで、私は進むことを提案する。リュカには悪いが魔獣が現れるまで弾きっぱなしでいてもらうということで魔人にはなんとか納得してもらった。
そうして背後の殺気に怯えながら、なんとか馬車を一時間も走らせた頃。平野の向こうにぽつんとなにか白い建物のようなものが見えてきた。
私は振り向き、馬車から拾える範囲の小石なんかを拾い食いしている不機嫌な魔人に声をかける。
「ねぇ! おじいちゃん、あれは? 建物だよね?」
「あんなものでも腹の足しにはなるかのぅ」
「建物を食べろって話じゃないよ。人がいるかもって‥‥もう。とりあえず、見に行こう」
あそこに、食べることしか頭にない魔人を満足させられる何かがありますようにと天に祈る。




