2-9-1話 幕間/リュカの困惑
チトセが怒ったまま眠ってしまったので、どうしたらいいか分からなくなった。何がいけなかったのかが分からない。
さっきまで、楽しくお話してたのに。
チトセは笑顔だったし、僕も笑顔だった。とても仲良くできていて、とても幸せだったのに。
ずっと幸せでいたかったのに、幸せは突然終わってしまった。
幸せは僕が終わらせた。僕が壊した。
なぜ? どうして?
僕が聞いたことがチトセを怒らせたんだ。けど何がいけなかったのかがわからない。
チトセを傷つけるようなことだった? チトセの嫌がることだった?
もう話したくないと思うようなことだった?
僕が何を言ったらチトセは嫌がるの?
最後に聞いたのはお母さんの事。部活っていうもののこと。
そっか、きっとチトセはそれが嫌いなのかもしれない。
胸のあたりが重たくなる。
今の事で、お母さんや部活と同じくらい、チトセは僕が嫌いになってしまっただろうか。
チトセに嫌われたらと考えると、とてもとてもこわくなる。
深くて暗い大きな穴の淵に立たされているような気持ちになる。
いっそ、穴の中へ飛び込んで消えてしまえたら楽になるような気がしてくる。
でもそんなの全然楽しくなくて、幸せじゃない。
幸せ。
僕はチトセがいてくれたら幸せ。
チトセに会ってからそう思うようになって、どんどんその気持ちが強くなってるのがわかる。
だから僕が消えるより、チトセをどうにかした方がきっと幸せ。
できるけど、けど、そんなことをしたらチトセは僕の事を好きだって言ってくれなくなる。
お城で気を失ったチトセと一緒に逃げるとき使った幻惑の踊り子。チトセを人形みたいに操って、一緒に階段を上ったけど、チトセはちっとも覚えてない。
あれはチトセに掛かった呪いを解くのに使ったらびっくりされちゃったから、もう使わないって思った。
また使ったら、チトセに嫌われちゃうかもしれないから。
嫌だ。それは嫌だ。
「うぅ‥‥」
じゃあどうしたらいいの?
好きって聞いたら好きって言ってくれないと嫌だ。
好きって言ったら好きって言ってくれないと嫌だ。
言わせることはできるけど、僕が言わせるんじゃ嫌だ。
チトセにチトセの心のまま好きって言ってもらいたい。
「ううぅ‥‥」
頭の中がぐちゃぐちゃで、胸のあたりがざわざわする。
こんな時は深呼吸して、マリスお嬢様からもワールドエンドからもだめって言われたのを思い出す。
エルダーからもそう言われたことを思い出す。
良い子にしていてね。良い子でいなさい。
良い子でいた方がいいんだって思う。僕の好きな人はみんなそう言うから。
悪い子はだめ。
みんな、みんなダメって言う。人を傷つけたらだめだって。良い子でいないとだめだって。
わかってるよ。そんなことしたらだめって。言われなくても、僕わかってるもん。
けど、みんな悪いことしてるのに、それでも一緒にいてくれる人がいるのに、どうして良い子にしてても僕とは誰も一緒にいてくれないの。
「うぅー‥‥!」
心の中が真っ黒になる。嫌だ。この気持ちは嫌い。
だめ、だめ。きらい。
もう一度深呼吸する。
向こうを向いて眠っちゃったチトセの頭を見つめる。
チトセが好きって思う。
なんでかって考えてみる。
女の子って僕のことを気持ち悪くて嫌いっていう子ばっかりで、お話してなくても睨まれて、こわかった。けどチトセはちっとも言わないの。
抱きしめてくれたし、抱っこしてくれたし、僕の手を握ってくれたし、一緒に来てって言ってくれた。
僕の話を嫌な顔せず聞いてくれるし、ちゃんと僕と一緒に笑ってもくれる。僕が触っても嫌って言わない。
なにより、僕を必要って思ってくれて、一緒にいて幸せそうにしてくれる。
だからチトセが大好き。
だから‥‥だからチトセを呪術で人形みたいにするのはもうだめ。
僕は他の誰でもないチトセに好きって言ってほしいんだもの。
だいいち、大好きな人を人形にしちゃうような子は悪い子だよね。
悪い子は嫌われちゃうもんね。
だから僕は良い子でいたい。
良い子でいたらきっとみんなが言うように、誰かが僕を好きになってくれるから。
まだいないけど、きっと僕とずっと一緒にいてくれる人が現れてくれるから。
チトセがそうなら嬉しいんだけど。
でも、そうしたら、やっぱりどうしたらいいんだろう。
今僕は怒ったチトセの気持ちが知りたい。
本当は怒ってなくて、僕が好きだって言ってほしい。そうだって知りたい。
だけどきっと、今チトセを起こして僕のことが好きか聞いたら、きっと嫌いって答えると思う。すごく怒ってる感じだったから。
そんなの絶対に嫌だ。
嫌だけど、聞きたくて仕方がない。今起こして聞いちゃだめかな?
わからない。だけど今すぐチトセに好きって言われたい。
言われないと落ち着かない。
なんだかおかしな気持ち。この気持ちのままじゃいられない。
チトセにそっと手を伸ばす。




