1-5-1話 クローゼット
しばらく無言で廊下を歩いていた私たちだったが、角を曲がったところで突然リュカが立ち止まった。あやうくリュカにぶつかるところだった私はあわてて立ち止まる。
「誰かくるみたい」
「え?」
「ここに隠れようか」
そう言ってリュカは近くの扉に手をかけた。
「ここって‥‥ちょっと!」
その時、私の耳にも微かな物音が聞こえた。それは進行方向の廊下の向こうからで、人の声のようだ。
まだ遠い気はするけれど、ここまで一本道だったことを考えると彼らを避けるには元来た道を戻るか、隠れるかしかない。
元来た道を戻ったところで隠れる場所もないのは確かだけど、ここへやってくる人たちはこの辺りの部屋の人なんだろうから、部屋の中に隠れたとして見つかる可能性もあるのではないだろうか。
廊下は狭いが、なんとか姿を隠してすれ違えないだろうか?
「リュカ、あの呪術ってやつでなんとか……って、あれ」
いつのまにか扉は閉まっている。リュカはさっさと部屋に入ってしまったようだ。
ざわめきが近づいてくるのでもはや考えている暇はなかった。ドアノブに手をかけ、そっと開けると中は真っ暗だ。リュカを見失い、一瞬どうしようか悩みかけたが、廊下の向こうに揺れる明かりが見えると私の迷いは吹っ飛んだ。
部屋に飛び込み、同時に扉を閉める。廊下からの月明かりもなくなって、部屋のカーテンも閉まっているために本当に視界が真っ暗になった。
リュカはどこだろう?
扉が閉まる前の一瞬、部屋の中には大きなベッドがあったように見えたが、まさかベッドの下とかに隠れているんだろうか?
瞬きの間に見えた景色を思い出しながら、手を前に出してゆっくり歩く。手探りでベッドの下に潜ろうと思っていたのだが、一歩踏み出したところで部屋の隅でクローゼットが開くような音がした。
「こっちこっち」
音がした方に首を向けると、真っ暗な部屋の隅にぼんやりと白い小さな丸いものが見える。それを頼りに近づくと、それはクローゼットからはみ出たリュカの顔だった。
「ぅ‥‥っ」
あまりに驚きすぎて悲鳴を上げるところだった。口を押えてなんとか悲鳴を呑み込む。
暗がりの中で白い陶器の肌というののよく目立つこと。分かりやすかったけど、このクローゼットから覗く顔と言うのがまた最高に不気味すぎる。わざとやっているわけじゃないんだろうけど、こわいものはこわい。
「さ、はやくここに入って。隠れないと、そろそろ帰ってくるみたい」
人形の首が真っ暗なクローゼットの中に引っ込んだ。中にいるのはリュカだとわかっているのに、喋っていてくれないとこわいと思ってしまう。
不気味な人形と同じ空間にいることがこわいのか、クローゼットの暗闇がこわいのかわからないけど。
『‥‥、‥‥』
その時、部屋の前あたりで話声が聞こえた。
「‥‥!」
こわがっている場合ではなかった。リュカのいう通り、廊下が賑やかになってきたのだ。何人かの声が通り過ぎる。
さっきまでのぬいぐるみに戻ってくれないかな、なんて考えながら私も急いでクローゼットに潜り込んだ。
クローゼットの中は想像より狭く、その割にドレスみたいな服がたくさん入っていて窮屈だった。
顔にあたるボリュームのある服を避けて屈んだら、そのせいで扉を閉めるときバランスを崩してしまった。全身でリュカを押しつぶす。
「ごめんっ。大丈夫?」
「ちょっと重たいけど、平気」
押し潰してる私が悪いのはわかってるけど、重たいと言われると腹が立つ。しかし、うまく体勢を変えられない。
暗闇の中でもぞもぞしていると、扉が開く音がした。
「あ、ここの部屋の人たちが帰ってきたね。チトセ動いちゃダメ。クローゼットが開いちゃう」
「あ‥‥」
私はリュカを下敷きにしたままの体勢で動けなくなった。きつくはないけど、陶器製のリュカが私の体重で割れたりしないだろうか。それが気がかりだ。
『‥‥ねぇ、‥‥』
『そ‥‥、‥‥よ』
部屋に入ってきた誰かは、一人ではないらしく誰かと話をしていた。よく聞こえなかったけれど、女性の声と、男性の声に聞こえた。
ドレスっぽい服があるから女性の部屋だと思っていたが、まさか私たちのことを知って衛兵を連れてきたのだろうか?
耳を澄まして二人の会話を聞くことに専念する。
『今夜の儀式は今までの中で一層激しかったわね。とても熱くなったわ』
『そうだね、僕も同じだ。何が一番よかった?』
『オークを初めて見たの。あれに貫かれる人たちの悲鳴ったら。とても魅力的だわ』
『あれはよかったね』
『それに男性もいたわ! あんな声、初めてきいたの。耳から離れないわぁ』
どうやら儀式のことを話しているらしい。遠すぎて内容はよくわからないけど、今夜の儀式が終わって、帰ってきたところのようだ。
私は出ているかもわからないくらい小さな声でささやいた。
「ねぇリュカ。一応、さっきの呪術かけてくれない? 見つからないやつ」
「かくれんぼ? 大丈夫だよ。ここにいれば見つからないよ」
密着しているおかげでどんなに小さな声でもお互い会話ができる。私は出したことがないほど小さな声で続ける。
「けどさ、もし開けられたら見つかっちゃ」
『‥‥あっ、ふ』
「‥‥!?」
突然、クローゼットの扉の向こうからぎょっとする音声が飛び込んできて、私は言葉を失った。見つかったのかも、と思って身構え、耳を澄ます。
『あ、あ……っ』
「!」
よかった、見つかってはいないみたいだ。でもこれは、もしかして、男女のあれだろうか‥‥?
だとしたら私の心の中がエマージェンシーだ。恐怖と緊張と羞恥心で心臓がどきどきしてくる。
『‥‥っ、‥‥!』
『‥‥、‥‥』
心臓の音が耳にこだましてよく聞こえないが、なにやら会話をしているようだ。
女性のしっとりとした声。男性の熱っぽい言葉。それからベッドが大きくきしむ音。衣擦れのような音。聞きなれない水音。
ああだめだこれはやっぱりあれだ!
男女のいかがわしい‥‥その、そういう‥‥。
そういう行為の音‥‥!
確信した途端、頭が、顔が爆発しそうになった。
読んでくださりありがとうございます。
5000文字ぎりぎり超えない文字数だったのですが、
読み返した時なんかアレな感じのシーンなので長く感じて分割しました。
週末の区切りとしてキリが悪いので明日も朝7:40に投稿します。
この作品は全年齢なので、これ以上のアレな感じはありません。
よろしくお願いいたします。