2-7-3話 湖へ
ご飯を食べ終わり、作業に戻って一時間くらいだろうか。なんとか馬車が完成した。
天井はなくなったものの、ほかに大きく壊れている部分がなくて助かった。ギルドの馬をつなぎなおして、とりあえずリュカをのせて魔人を待つことにする。
昨日と同じく、私は馬車の御者台に座った。ノイたちも休憩がてら近くに座って三人で湖を眺める。
「契約してると、お互いの位置とかがわかるってリュカが言ってたのに、おじいちゃん本当にどこで何してるんだろう‥‥」
「ダンジョンがあっての。そこでたらふく喰っておったんじゃよ」
「‥‥!」
振り向くと、そこに仮面をつけた魔人が立っていた。私の後ろでノイたちが立ち上がる音がする。
「びっくりした‥‥! おじいちゃん今までどこにいたの!? というか、その仮面は何?」
「じゃから、ダンジョンにおったのよ。これはダンジョンの拾い物じゃ。戻ってきてみれば主らはおらんわ、馬車は壊れとるわ‥‥この湖に魔物がいようとは思わんかったでの。二人とも喰われんでよかった。いやよかった」
そう言ってからからと笑った。
「もうっ! 私とリュカがどんなに大変だったと思ってるのよ! 私を守ってくれるんじゃなかったの!」
「悪かった。今度はあまり離れんようにしよう。じゃから泣くでない」
「泣いてないっ」
と言いながら、私はふと頬を伝うものを拭った。‥‥涙だった。
魔人と合流できて、安心してしまったのだろうか? 置いて行かれてなくてよかったと?
わからないが、なぜかぼろぼろと涙がこぼれる。
「主らにも礼をせねばのぅ。ほれ、ダンジョン奥で見つけた金貨じゃ。金は食うより使う方がいいからの。小娘らを助けた駄賃にくれてやろう」
そう言って魔人はノイへ向かって両手の平くらいの袋を投げた。後ろで重たい金属がじゃらっと音を立てる。
「‥‥ありがたく受け取っておきます。ここらの税金が高くて金欠だったので、正直助かります。‥‥貴方がチトセと契約した魔人、なんですね。俺はノイ。こっちはキャット。冒険者をしています」
どこか警戒した様子でノイが言った。魔人はじっと彼らを見ている。
「ほう、冒険者。ヘリオンのではないな。他所から来たか。‥‥ではようやく、ローベルトの所業がバレて国が重い腰をあげたかのぅ」
「‥‥いいえ。俺たちは悪評を聞いてきただけで、国とは関係ありません。噂は本当だったみたいですが、もうできることはないようだし、俺たちも近いうちにここを離れます。‥‥これからどちらへ?」
「そうか。‥‥主らはわしらを追うつもりがないようじゃからのぅ。教えてもよいが‥‥わからんもんは教えようがない。ひとまずヘリオンを出て北に向かうつもりじゃがの」
「北の山脈を超えるつもりですか?」
「そうじゃ。険しいだろうが、だからこそ誰も追ってこれんだろう。追ってきたものが帰らんでもおかしくないしのぅ」
妙な雰囲気の二人に挟まれて、私は委縮して身を縮めた。
「できる限りあなた方を追わないよう、ギルドには伝えましょう。死人が増えるだけだ」
「そうするがいい」
ノイの緊張感が伝わってくるからだろうか、なんだか居心地が悪い。
「‥‥してノイ。お主天使を知らんか?」
「天使‥‥?」
天使という言葉に私は顔を上げる。魔人は相変わらず面をつけていて表情が見えない。
「そうじゃ。天使じゃ。翼があり、光る輪を持つ者らよ」
「‥‥天使のような人の話は山ほど聞きますが、実際の天使は聞いたことがないですね。山脈と聞いたのでてっきり怠惰の魔人に会いに行くのかと思いましたが、‥‥天使ですか。もし次会うことがあればお伝えできるよう調べておきましょう」
天使。魔人が会いたがっていたのは私と同じく召喚された人間だったはずだが、そういえば他にもいると言っていたような。
もしそれが天使だとしたら、魔人と天使に一体なんの関係があるのだろうか?
それに怠惰の魔人とは。
おじいちゃん以外にもこの世界には魔人が存在してるのか‥‥。
「生きて会えればよいがのぅ」
あんまり意地悪なセリフなのでおじいちゃんを見るが、表情は仮面に隠れたままだった。振り返るとノイの表情がかたい。
「ノイさん、ごめん。おじいちゃん意地悪で」
「いいや。いいんだ。それよりチトセ。北の山脈は寒く険しい。そのカバンはあげるから、使って」
「えっ? いいです、悪いですよ!」
私はあわててバッグを外す。しかしノイは差し出したバッグを受け取らない。
「中身だってたくさん入ってたじゃないですか。ノイさん、剣とかもこの中にしまってますよね? 受け取れないですよ」
するとノイはきょとんとして片手を真横に伸ばして見せた。ふっと瞬きの間にその手には光る剣が現れる。
「え、えっ?」
私は手の中にあるままのバッグと彼の手にある剣を交互に見た。てっきりバッグに収納してるんだとばかり思っていたのに、一体どこから。そういう魔法なんだろうか。
「大丈夫。剣はこの通り。その中に入れてるわけじゃないからさ。バッグの中にはポーションもだけど、いろんなものがあるから好きに使って。俺のお古でよければだけど」
売ったっていいよと笑う。
「その剣、やはりお主勇者か。‥‥ああ、なるほどなぁ」
「ゆ、勇者?」
魔人は一人で納得しているが、私はびっくりしたままだ。
勇者って、ゲームとかの主人公の、勇者? この人が?
本当にそんなゲームや漫画みたいな人もいるの? この世界は。
私は驚いて彼をまじまじ見つめた。すると照れたように肩をすくめる。
「勇者って言っても、それらしいのは剣だけだよ。この世界には勇者の敵の魔王もいないしね。だから俺は勇者の魔法が使えるだけの、ただの冒険者なんだ」
謙遜しているわけではなく、本当にそう思っているようだった。
けど、ノイは私やリュカを助けてくれた。確かに最初会った時は怖かったけど、そのあと話を聞いてくれて、湖までついてきてくれたし馬車も直してくれたし、協力してくれたし。
これからのことも案じてくれている。
そもそもあのお城をどうにかしようとしてここへ来た時点で、勇者ってやつなんじゃないだろうか?
けど、勇者というよりは‥‥。
「正義の味方みたい」
ぽつりと口にした言葉を聞いて、ノイは驚いた顔をした。
それから笑った。
「ありがとう。そうだね、正義の味方。いいねそれ」
結局バッグは譲ってもらうことになってしまった。
いつの間にか馬車の荷台に眠るリュカと一緒に乗り込んだ魔人。もう行くぞと急かすので、私はあわててバッグをあさる。ノイの後ろで息を殺してしまっているキャットさんにと焼き菓子の袋を一つ取り出した。
「道中気を付けて。まぁ、魔人がいれば大丈夫だろうけど」
「ノイさんも、キャットさんも。馬車も馬もバッグも‥‥昨日も、なにもかも。本当にいろいろ‥‥。ありがとうございました」
お菓子の袋をノイへ手渡す。
「北の山脈には怠惰の魔人がいるって言ったけど、君と同じく別の世界から数百年前にきたって話だ。だからもしかしたら、帰る方法を知っているかもしれない」
「え?」
「じゃあね。急いで森を出るんだよ。騎士団は本当に足がはやいから」
そう言ってノイはキャットを抱えて馬車から離れた。
振り返りたかったけど、荷台から魔人が馬を鞭で叩くので馬車は動き出してしまった。私はあわてて手綱を握るが、昨日数時間やったっきりで上手くさばけない。
運転に必死になって、やっと真っすぐの道に出る頃には湖畔の二人は随分と遠くなっていた。




