2-7-2話 湖へ
湖と森の間にはぼろぼろの馬車と散乱した荷物がそのまま残されていて、地面には大穴があいている。
これはきっと魔人が開けた穴だと思ってあたりを見回したが、付近に魔人の姿はなかった。かわりに湖の反対側に白い馬がいるのが見えた。
あれがノイさんたちの乗ってきた馬だろうか。馬はこちらを見ているようだ。
「この大穴は君が契約した魔人が?」
「多分。おじいちゃんはお城の壁も中庭もこういう風に穴をあけてたから」
「城に確かにあったね。おそらく湖のその‥‥恐竜? ってやつと戦ったんじゃないかな。湖からはなんの気配も感じないもの。魔人も‥‥気配がない。ここにはいないみたいだ」
「ほんと、どこ行っちゃったんだろ‥‥」
もしかして、私たちを置いて先に行っちゃったのだろうか。合流したいと言っていた誰かを探しに、先に、どこかへ。
だとしたら、私はこれからどこに行けばいいのだろう。
壊れた馬車を見つめてうつむく私の肩をポンと叩き、ノイが言う。
「馬車、天井は崩れてるし車輪も外れてるけど、直せそうだよ。元通りにはならないけど、馬もいるし走れるようにはなると思う。だからそんな暗い顔しないで」
私が馬車が壊れてがっかりしているんだと思ったらしい。違うんだけど、励ましてくれる優しさが嬉しかった。
「馬?」
私たちが連れてきた馬は、恐竜に食べられたはず。考えているとうしろからとぽとぽと蹄の音が近づいてきた。振り返ると湖の向こう側にいた馬がもうすぐ後ろまでやってきていた。
「もしかして、この馬?」
「そう。夜の森も走ってくれた度胸のある子だよ」
あれ、けどノイさんたちが乗ってきたのってギルドからの借り物なんじゃ‥‥。
馬車の車輪を担ぐノイをじっと見つめると、彼はにっと笑った。
「城主がいなくなって、城にいた人たちも全員いなくなったんだ。今更馬の一匹や二匹変わらないさ。それにここは魔獣の出る森だしね」
つまり、魔獣に襲われたことにして、パクるってこと!?
昨夜私に逃げた方がいいと言ってくれた上にギルドの馬を盗んでよしとするなんて、結構大胆なことをする人だなぁと改めて彼を見つめる。キャットはどう思っているんだろうと視線を送ると、不満そうに無言だったが反対はしていなさそうだ。
「チトセ、おしゃべりはいいけどさ、おいらたちはお前の馬車直すんだぞ。手伝えよ」
言われてはっとする。
ここにきてから、すっかりやってもらうことに慣れてしまったみたいで、私は今もぼうっと二人の作業を見守っていた。
「ごめんなさい! なにかできること‥‥なにをしたらいいですか?」
「じゃあ荷物を運び出してくれない? 重たいのは俺が運ぶから‥‥あ、これ使う?」
そう言うとノイは自分の肩掛けバッグを渡してきた。
使う、とは? これに小物をいれろってことかな?
私がバッグを手に考えていると「あ、そっか」と彼は私の手の中のバッグを開いてみせた。中にはいろんなミニチュアが入っている。
食品サンプルとかのミニチュアシリーズを思い出した。母が好きで昔はよく集めていたのが家にあった。
「あ、可愛い」
「それ収納魔法がかかってるから、見た目よりずっとたくさん入るんだよ。ほら」
ノイさんはそういうとミニチュアのボトルを指でつまんでバッグから取り出した。不思議なことに、バッグから出した瞬間にミニチュアは大きくなり、昨夜私が飲んだポーションの瓶と同じ大きさになった。
「すごい! 魔法みたい!」
「便利だろ? こうやってカバンの中に荷物の端でも入れれば‥‥」
瓶はまるで吸い込まれるようにバッグの中に入ると、途端にさきほどのミニチュアサイズになる。
「これで大きな荷物も簡単にしまえる」
「わぁ、便利‥‥」
「とりあえずこの中に入るだけ入れちゃおう。出すのはあとでやればいいし。じゃあチトセは荷物お願い」
「はいっ」
バッグを肩にかけ、まず馬車の中の荷物を収納してみる。大きな木箱の角にバッグの口を押し付けると、吸い込まれるようにするっと入った。
そのまま次々荷物を入れていき、あっという間に馬車の中は片付いてしまった。
バッグの中を見てみると、私が押し込めた木箱や食べ物がミニチュアになって大量に入っている。これだけ入れたのに、バッグはペットボトル一つ分も重たくなっていなかった。きっとこれも魔法なのだろう。
通学カバンがこれだったら最高なのにと考えながら、私は馬車周りの荷物もぽいぽい入れていった。
ちらりと眠っているリュカを見る。まだ起きないなんて、大丈夫だろうか?
やがて太陽が真上にきた頃、キャットが昼にしようと言ってきた。また干し肉を手にしたので、私はカバンの中を漁り城で作ったアップルパイやパウンドケーキ、そのほか焼き菓子の入った袋を取り出す。
「それケーキか!?」
鼻をひくひくとさせながら叫ぶ、その目は幼い子供のように輝いていて、視線はじっと袋を見ている。
「うん。甘すぎるかもだけど、食べる?」
「いいのか!?」
飛び跳ねるほど喜ぶので、フィナンシェを一つ手渡した。その場でほおばり「んん~」とつま先立ちして感動してくれる。
‥‥そんなに上手に作れてない気がするんだけども。
「キャット甘いもの好きなんだ。子供みたいだろ」
こっそりそういうノイも、フィナンシェを食べると驚いたように「美味しい」と言った。
もしかしたらこの世界のレシピだと砂糖やバターをあまり入れないのかもしれない。魔人の注文通り、城にあったありったけの砂糖やバターを消費するつもりで練りこんだので、元のレシピよりずっと入っているし。
バターと砂糖がたっぷり入れば、なんだって感動的な味になるもの。
干し肉、チーズ、果物、パウンドケーキを並べてお昼ご飯にした。
「このケーキもチトセが作ったのか!? すごいなお前! 見直したぜ」
そう言ってキャットは私の隣でアップルパイやドライフルーツ入りのパウンドケーキを両手に握ってご機嫌でいる。
しっぽが左右に揺れ、耳がぴんと前を向き、お菓子をかじってたまにうにゃうにゃ声が漏れる。
お菓子一つで私への警戒心が消えたようで、こういうのを餌付けというのだろうかと考える。
「馬車どうですか? 直りそうでしょうか」
「うん。あとちょっとだからこれ食べ終えたらちゃちゃっとやっちゃうよ」
「ありがとうございます。でも、ノイさん昨日徹夜ですし、少し休んだ方が‥‥」
「徹夜なんか気にしないでいいよ。冒険者やってると徹夜って普通にあるし。でもありがと。あと、昨日も言ったけど、騎士団が来るかもしれないから、森を出るのは早い方がいいと思うんだよね」
「‥‥そっか。でも、おじいちゃんもまだ見つかってないし‥‥」
辺りを見渡すが、湖畔は静かになぎ、私たち以外には生き物の気配すらない。
「チトセの言う通りなら相当強い人なんだろうけど、気配を感じないんだよねぇ。悪魔とかで魔力消せるのがいたりするけど、その魔人‥‥おじいちゃん? もそうなのかな。だとしたら俺たちを警戒してるのかもね‥‥」
「‥‥」
「そういえばリュカも起きないね」
「ほんとに‥‥」
こうやって三人で馬車を直してご飯を食べて、わいわい賑やかにしているというのに、楽しいこと好きなリュカはまだ起きてこない。
お昼ご飯を用意した時起こしに行ったけど呼んでもゆすっても起きなかった。
もう一度様子を見に行くと、相変わらず寝ていた。強めにゆすり、名前を呼んで、肩を叩いたりしてみても起きない。
‥‥いよいよ心配になってくる。
相談するとノイが様子を見てくれたが、どこもおかしなところはなくて、本当に眠っているだけらしい。
リュカってロングスリーパーとかなのだろうか。お城では私と一緒に寝起きしていたからそうではないと思うが‥‥。




