2-6話 説明
「それで、ここまで逃げてきたんです」
私は召喚された時のことから、殺されそうになって、魔人と契約して、城から逃げたところまで全部を話してしまった。
話していて、これは話しちゃいけないのでは? と思ったりもしたのだが、なんだか気分がすっきりしていて、今なら‥‥いや、彼ならなんでも話して大丈夫な気がしてしまったのだ。
今は少し、後悔している‥‥かもしれない。
話を聞くノイもまさかここまで素直に全て話されるとは思ってなかったような反応だった。しかし、態度が変わった様子はなく、むしろ申し訳なさそうにしている。
「なんか、ごめんね。さっきの魔法に自白の効果はないはずなんだけど‥‥。多分、全部話してくれたね?」
「はい全部です。でもなんか、私も誰かに話したかったんです。こんな普通じゃないことばかり起きて、意味わからなすぎて‥‥」
正直それは本心だった。こんな夢や妄想みたいなことばかりが次々起こるなんて、現実とわかってなお信じがたい。
今もしこれが全部夢だと言われたらやっぱりそうかと信じたくなることだろう。
まぁ、今更信じることもできないが。
「それにしても、別世界からの召喚、魔人との契約、夢の国ときたか‥‥。契約痕はあったから、悪魔と契約はしたんだろうと思ってたけど、そっか魔人かぁ‥‥」
よほど想定外だったのか、ノイは腕を組んで考え込んでしまった。
きっと、私を大罪人としてギルドに突き出さないといけないのだろう。そうなったら、‥‥どうしたらいいんだろう。
私は段々と、不安がぶり返してきた。魔法の効果が切れかけているのだろうか?
「ノイさん‥‥私、捕まるんでしょうか‥‥」
そんなことは聞くまでもなかった。人を殺したら死刑だ。きっと私は縛り首になるんだと手が震える。
しかし彼はあっけらかんとしていた。
「いや? 捕まる前に逃げた方がいいと思うよ」
「え?」
まさか、と思った。聞き間違いだろうか。
「逃げて、とりあえずヘリオン領から出るんだ。君たちのことは今のところ俺とキャットしか知らないわけだし、俺たちが見つからなかったと言えば例え国の騎士団に追われても逃げ切れるだろうからね」
「え‥‥。私たちのこと、報告しなくていいんですか?」
「しないよ。さっきも言ったけど、俺の目的はヘリオン城の悪評を確かめることだったからね。もし噂が本当で、ヘリオンが腐敗しきっていたなら、‥‥俺がなんとかしてたところだし」
真剣な面持ちで言ったかと思うと、私を安心させるためか表情を崩す。
「話を聞くと、君は完全に被害者だし。窮鼠猫を噛むってやつさ。それに、君が殺したんじゃなくて、ヘリオンに住んでいた魔人がやったんだろ? 仲たがいじゃないか。身に余る行為の果てに、ローベルト子爵が自滅しただけだ」
「けど! 私が魔人と契約して、魔人は私が願ったから、助けるためにそうしたのに‥‥?」
「だとしても、自分がしてきたことの応報だと思うけどね」
「そんな‥‥。‥‥私は」
正直、ノイの言葉は私の心を軽くしてくれた。私だってローベルトたちの末路は因果応報だと思う。ああなって然るべきだった。
けどやっぱりそれとこれとは話が違う。それでも、人殺しは良くないことで、してはいけないことのはずだ。それが例えやり返した結果であっても。
少なくとも私はそういう世界で生きてきた。
だけど‥‥。ここは、違う世界だ。
「‥‥いいの? それで‥‥」
そうだ。それが今一番知りたいことだ。言われたい言葉だ。
私は私が生きるために人をたくさん殺した。私が死を願ったのはローベルトと、その周りにいたフードの人たちだけだったかもしれないけれど、だとしても四人は完全に殺してほしいと一瞬でも願った。
結局私が言う前に魔人が殺していたけれど、魔人がしなければ懇願してでも殺したはずだ。
なら、やはり私が殺したも同然で‥‥。人を殺せば罰されるのは当然のことだ。逃げていいわけがない。
逃げていいわけがないけど、本心ではノイの言う通りだと思いたくて仕方がない。
あんなことをしておいて、のうのうと生きていられるなんておかしい。罪もない人を勝手に喚び出して、楽しむために殺していたような非道な奴だ。それを楽しんでみていたような奴らだ。
正直、死んだって全く同情はないし可哀そうとも思わない。死んで当たり前だと思っている。
むしろ私があんな目に合う前に、どうして誰も奴らを殺しておいてくれなかったのだろうとさえ。
もしこの世界が奴らを殺しておいてくれていたら、私は、私たちはちゃんと家に帰れたのに‥‥。
罰を受けなければと思う心と、逃げ出したい気持ちとか交差して頭の中をぐるぐると駆け巡る。私1人ではとても終わりの見えない問題だった。
「教えて、ノイさん。私は‥‥許されていいの? あんなこと、許されていいことなの‥‥」
そんな人たちだったとしても、だ。
人を殺しておいて、簡単に許されるような世界は怖かった。そんな世界でこれから生きていかなきゃいけないのが怖かった。
この人にそれを肯定してほしくて、否定してほしくて、私はすがるように声を絞り出した。
魔法はとっくに切れていた。
「そりゃ、許されるわけないよ」
「‥‥っ!」
うつむいた頭の先から聞こえた声は、否定の言葉だった。
けれど、責めるような声じゃなくて、迷いを噛みしめるような声音だったから、私は顔を上げられた。思った通り、ノイは真剣な顔をして、じっと私を見つめていた。
その目には怒りも嘲りもなく、ただ同情と後悔が浮かんでいるように見える。
どうしてノイさんがそんな顔をするのかはわからなかった。
「許されないさ。どれだけの悪人だろうと、この国では罪を裁くときは裁判にかけてしかるべき罰を与えないといけないからね。‥‥だけど、それでも君は逃げないといけない。じゃないと‥‥」
そして言葉を切った。なにか言おうとして、しかしやめてまた沈黙する。
やがていくつかの言葉を飲み込んだような間でもって、顔を上げた。
「‥‥せっかく生きてここまで逃げれたんだからさ」
どうしてノイさんは私の欲しい言葉をくれるんだろう。罪の重さを知ってなお、それでもそう言ってくれるんだ。
罪を犯しても自分は悪くないと思いたい、こんな私の卑しさを見透かしているんだろうか。
「けど君には迷いが多すぎる。だから、こう考えるしかないんだよ。”ヘリオンで起きたことは因果応報。仕方のないことだった”ってね」
そういいながら私の手を優しく握る彼の手は冒険者だけあってとても力強くて、あたたかだった。
私をじっと見つめる瞳は、言葉よりもずっと強く「逃げろ」と言ってくれているような気がした。
「だけど、その迷いを忘れないで。君の手にした力はとても強いものだ。きっと簡単になんでも、誰でも殺せてしまう。だからこそ、君のその許されるはずがないって心を、その正しさを見失わないでほしい」
それは心の底から願うような声だった。
真剣な眼差しの奥に、立った一人残されるようなそんな寂しさが、どうしてだか見えた気がした。
この瞬間だけ、何故かこの強い冒険者がどこか心細そうに思えて‥‥。だから、私は握られた手を両手で包んで握り返した。
まっすぐ真剣に彼の目を見て、頷く。
「うん。私、今の気持ちを忘れない‥‥。あのお城でのことも、貴方に言ってもらえたことも。この罪も‥‥ちゃんと忘れないよ」
「ありがとう。それを聞いて安心したよ。‥‥なら、俺は君を無事に逃がしてあげないとね」
ノイが笑った。
彼越しに見た空は、端っこがもう白んできていた。




