2-5-2話 同行
リュカもキャットも寝てしまって、私はノイと二人きりになった。私も眠たかったが、彼が私と話がしたいと言ったのを思い出す。
「眠たいところ、ごめんね。さっきも言ったけど、チトセと話したくてさ。もしとても疲れているようなら、体力回復にポーション飲む?」
確かに疲れているし眠かった。明日の朝話そうと言ってくれないところをみると、どうしても今話したいことなのだろう。
ポーションがどんなものか分からないが、エナジードリンクみたいなものだろうか。とりあえず眠らないために飲んだ方が良さそうだ。
「えっと、‥‥もらってもいいですか?」
「もちろん」
ノイは鞄の中から緑色の液体の入ったガラス瓶を取り出した。
それは雑貨屋さんなんかでインテリアに置かれていそうなくらいおしゃれな瓶に入っていて、とても綺麗に見えた。
緑色なのは何味なんだろうと思いながら、まさかメロンではないと想像がつく。
たしかクラスメイトが好き好んでいたエナジードリンクがこんな感じで鮮やかな色をしていた。
私は瓶を開けておそるおそるまずは嗅いでみる。なんだか薬っぽい。味の想像をつけてから、一口飲んでみた。
「ん、‥‥不思議な味」
独特の薬臭さがあって、ちょっと漢方っぽい。でも後味はハーブのようにスッキリしている。甘みもあるがエナジードリンクによくあるべたつく感じではなく、微かだ。
薬品の香りがついた癖のある少し甘い水って感じ。体に良いお茶とか、そういう系と思えば全然普通に飲めるものだった。
瓶の中身はそんなに入っていないので、二口も飲めばすぐ空になる。飲み終えてみると、すでに体の疲れがなくなっていて、眠気も感じない。
治癒の魔石みたいだった。
「すごい。疲れが取れたみたいです」
高校受験の時これがあればなぁと思うくらいには劇的に効いた。
「よかった。‥‥じゃあ、話をはじめる前に、俺のことを話した方がいいよね。知らない奴に質問攻めにされるのは嫌だろ?」
確かに普通なら嫌ではあるが、こうやって同行させていただいている手前そうも言えない。しかし、気を遣っていただけるならその方がありがたかった。
「確か冒険者‥‥でしたよね」
「そう。一応、ギルドからの依頼でここにきたんだ。そこから話した方がいいかな。なにか聞きたいことがあれば聞いて。答えられる範囲にはなるけど」
その口調が優しく丁寧なものだったから、私も遠慮なく聞くことができた。
「あの、じゃあ一つ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「ギルドってなんでしょう?」
「‥‥」
ノイはきょとんとしている。あれ? 私何かおかしなことを言っただろうか?
「あ、‥‥あー! そうか、そうだね。冒険者でもないと、ギルドなんか普通関わりないよね」
「あっ、は、はい‥‥」
とりあえず話を合わせることにした。
よかった。特におかしなことを言ったわけじゃなさそうだ。
「えーと、なんていうかなぁ。‥‥ギルドってのはさ、俺たち冒険者に依頼‥‥つまり仕事をくれる商会のことだよ。ギルドから依頼を受けて、達成するとお金がもらえるんだ。俺とキャットはそれで生活してる」
「なるほど‥‥」
この世界の職業案内所みたいなものかな?
どんな依頼を受けたんだろうか。
「ノイさんは、そのギルドから依頼されたお仕事をしにここへきたんですね」
「そうそう」
「どんなことをするんですか? あっ、さっきの魔獣? とかを倒すやつですか?」
「そういうのが基本なんだけどね。今日俺が受けたのは別の依頼なんだ」
「へ、ぇ? それって?」
私は興味津々で聞いたが、ノイはなんだか言いにくそうにしている。仕事の内容って人に言っちゃいけなかったりするのだろうか。
そうかもしれない。守秘義務ってやつ。
私が「やっぱりいいです」と言おうとしたとき、彼は頬をかきながら困り顔で言った。
「‥‥もぬけの殻になったヘリオン城の調査、なんだけど」
一瞬で心臓がしんと冷える。
私は隣で眠るリュカの肩に手を置いて、起こそうか迷った。その行動が彼にとって核心をつくものだったようで、焚き木の向こうから「ああ、やっぱりか」と声がした。
どうしよう。
考えてみれば、私たちは大量殺人鬼だ。お城の人たちを全員殺してここまで逃げてきた。
死体はなくても、城の中が空っぽだったら怪しまれるし住んでいた人たちは捜索されるだろう。なんでもっと早く気が付かなかったのか。
大量殺人鬼‥‥実際それはあのお城の人たちの方だが、それを知らない人からすれば、殺人鬼なのは私たちの方だ。
というか、事実を知っていても私たちが大勢殺したことに変わりはない。
「あ、わ‥‥私、私たち‥‥」
説明すればわかってもらえるんだろうか?
わかってもらえなくても、説明するべきだろうか?
それとも、そんなことせず逃げるべき?
私はぐるぐると後ろ向きに考えた。
リュカを起こして、逃げて、それから? だってこの人はリュカの後ろに一瞬で現れた。あんなに大きな生き物をあっという間に倒してしまった。
もし二人で逃げようとしたって、逃げ切れるわけもない。
どうしよう、どうしようと考えると自然と俯いて行く。
自分の膝をじっと見つめながら黙る私の横で声がした。
「落ち着いて」
「ひっ」
いつの間にか隣に彼が座っていたことにも気が付かなかった。私の怯えように少しショックを受けたような顔をする。
「っていうのは、あくまでもギルドからの依頼の話だから。‥‥俺の本当の目的は、ヘリオン城の調査。それだけなんだ」
同じに聞こえる。
「そ、それ、ど‥‥」
「どう違うか?」
私は頷く。
「そうだなぁ、それもどこから説明したらいいのか。‥‥ヘリオン城って、‥‥いや、ヘリオン領地ってね、悪い噂が山ほどあったんだよ。それで、俺はそれが嘘か本当か知りたくて来たんだ。ギルドで依頼を受けはしたけど、そうでもしないと城の中なんて普通入れないからね」
「う、うわさ‥‥?」
「そう。ヘリオン城で攫われた人たちを使って悪魔召喚の儀式をしてるとか、そういうやつ」
「あ‥‥」
この人は、あのお城の悪事を暴きに来た?
なら、私の‥‥私たちの味方ってこと?
‥‥だとしても、私たちのやったことは許されないはずだ。
「とりあえず、チトセが落ち着いてくれないと話もできないからね。ちょっと魔法をかけるよ。セレニタンス」
「あっ‥‥?」
体がしゅわりと炭酸の中に入ったような感覚になったと思ったら、私の頭はすっきり落ち着いていた。さっきまでの不安や焦りが消え、凄く‥‥普通だ。
「ノイさん、これ‥‥?」
「精神を安定させる魔法だよ。どう? 話せそう?」
「うん。すごい。さっきまで、いろいろ頭の中がパニックだったのに、今はすっごく落ち着いてる」
「じゃ、落ち着いたところでもう一度聞いてほしいんだけど。俺は別にチトセの敵じゃないからね。もちろんリュカの敵でもない」
不思議と今はその言葉を信用できた。心の平静って大切なんだと感じる。
「はい‥‥けど、私たちお城の人たちを全員食べてきちゃったから‥‥それはきっと捕まって、裁判とかで裁かれちゃいますよね」
安心しきって、なんだか余計なことを言ったかもしれない。けれどこれすらなんだか普通の気分だ。魔法って凄いなと思う。
しかし、おちついた私とは反対にノイの表情は呆然というか、凍り付いているというか、驚いている感じだった。
「お城の人を、食べた? ‥‥え?」
「え?」
とまどうノイの反応さえ、魔法が効いているためか穏やかに見つめることができた。




