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生贄少女の異世界探索紀行 〜友達ゼロの私にも親友ができました〜  作者: 清水谷
二章・旅のはじまり、冒険とダンジョン
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2-4話 冒険者

 岩屋を出てすぐまた爆発音が響いた。今度こそもっと近くで。

 今度の爆発音で、近くの森がざわめくのか聞こえた。


「ちっちゃいのがこっちに向かってきてる! 崖によけて!」

「ええっ」


 リュカが言い終わらないうちに森ががさがさと音を立てはじめる。まるでたくさんの生き物が移動しているような音だった。


「あっ」


 森から、小さな生き物が飛び出してきた。暗がりでよく見えないが、猫くらいの大きさだ。


 一匹出たと思ったら、それは次々に飛び出してくる。そのうちの一匹が方向を失ってこちらへ突進してきた。


「きゃー! こっち来るー!」

「っ、ごめんね!」


 リュカがその生き物を蹴り飛ばすと、それは方向を変えて群れに戻って走り去っていった。


「な‥‥っ、なん、なに! あれ!」

「うさぎかな?」

「う、うさぎがあんな‥‥!」


 大きいわけがない。


 間近で見たそれは、猫じゃなかった。犬くらいある大きなウサギだった。赤い目が光っていた。


 大小のウサギがなん十匹も勢いよく私たちの前を通り過ぎていく。


 ウサギの額には一角のような長い角がついていて、明らかに私が知っている普通のウサギではなかった。この世界ではうさぎですらあんなに凶悪な見た目をしているのかと、走り去っていくそれらを眺めながら呆然とする。


 ウサギだけでなく、ねずみのようなものもいたが大きさがまるで違う。どれも大概中型犬以上あって、あれもきっと普通のねずみではないのだろう。


 暗い森の中を走っていくものもいて、彼らの赤い目が暗闇の中束のようにもつれながら移動する。


「一応、僕らは見えてないはずだし、あの音にびっくりして逃げてるだけだから大丈夫だと思うけど‥‥。襲ってくるかもしれないから、チトセ、僕から絶対に離れないでね」

「う、うん!」


 あんな数の生き物が潜んでいるようには見えなかった。けれど、すべて私たちのいた岩屋のそばの森からでてきていた。あれがリュカが言っていたうじゃうじゃいた何かなのだろうか‥‥?


 だとしたら‥‥。

 私はぶるりと震える。


 爆発音。


 今度はさっきまでいた岩屋のすぐ近く。私たちとはまだ多少距離があるものの、爆発の衝撃で吹いた風が届いてくるくらいには近い。

 怖がっている暇はなかった。


 逃げなければ!


「リュカ、行こう!」


 けれど、リュカは立ち止まったまま、爆発音の方をじっと見ていた。


「なにしてるの、早く逃げよう!」

「あれ、人だよ。人がでっかいのと戦ってるみたい」

「ええ?」


 倒れた木がおこす砂煙、爆炎による煙に加えて、夜で視覚が悪すぎて私には何が起きているのかよくわからない。

 けれど耳を澄ますと爆発音以外にも地面を蹴る音だったり、崖にぶつかったような音だったり、地響きだったり、金属音だったりが聞こえてきた。


 音の正体も何が起きているのかも、リュカには鮮明に見えているようで、しきりに「すごいすごい」と口にしている。

 それを見つめる瞳には先ほどまでの眠気も疲れも見えない。ただただ目の前の光景に見とれて好奇心に輝いていた。


 男の子だからそういうの好きなのもわかるけどさ!


 逃げなくて大丈夫なんだろうか?


 向こうでまた爆発が起き、近いからかそれなりに強い爆風に吹き飛ばされそうになる。

 思わずリュカの腕にしがみつくと、彼も私にしがみついてきた。二人で支えあいつつ突風を耐える。


「に、逃げなくて大丈夫なの?」

「だってほら、あの人、すごく強い。もう倒しちゃうところだよ」


 どうも噛み合わない。魔獣から逃げたいって言うのもあるけど、そもそもその人たちって私たちにとって危なくない人なんだろうか。

 この世界の人間をローベルトたち以外に知らないので、もし荒くれ者が闊歩するような世界なら出会った瞬間にジエンドなのでは?


 けど、リュカはそういう風じゃないし。

 荒くれ者が闊歩してるわけじゃないのかな。大丈夫なのだろうか?


 今はリュカに頼るしかない。


 音はだんだん小さくなっていく。そして、五分もしないうちにあたりは静かになったのだった。


「わぁっ! すごいねぇ! すごいすごい!」


 リュカは呑気にぱちぱちと両手を叩いてはしゃいでいる。


「ねぇチトセも見た? あんなに大きいのが最後は真っ二つ! どうやったんだろうねぇ!?」


 相当感動したようで、興奮しきった様子で目を輝かせている。


「ね、ねぇリュカ落ち着いて。そんなに大きな声を出したら、その凄く強い人に気が付かれちゃわない?」

「だって、すっごく格好良かったんだもん! ほら、あの猫ちゃんも何度も爆発魔法を‥‥」


 早口で喋りながら、戦いのあった方へ視線を戻した瞬間、リュカは私の手を掴んで自分の方へ引き寄せた。そのまま、片手で抱きしめるみたいにする。


「ど、どうし‥‥」


 リュカの横顔をのぞくと、さきほどまでの楽しそうな笑顔はどこにもなかった。緊張し、少し怯えたようなまなざしで戦いのあった方角をじっと見ていた。


「‥‥リュカ?」


 抱き寄せてくるその力が強くて、私も身構える。


 まさか、荒くれ者が‥‥!?


 視線を下ろすとリュカのもう片方の手には人形が下がっていて、やはり何かやばいことが起きたんだ、と私もリュカの視線の先を見た。けれど何もないし、誰もいない‥‥。


「一応聞くけど、悪魔とか、魔物じゃないよね」


 急に背後から声をかけられ、驚き振り向くといつの間にかそこには若い男の人が立っていた。


 髪型がモヒカンとかだったらどうしようかと思ったが、見た目は、普通。ちょっとだけ安心する。

 話はできそうだ。


 しかし彼は何かを探るような目をして私たちをじっと見つめていた。手には映画やアニメに出てくるような長い剣が握られていて、その剣の先がリュカの首にかかっている。


 剣にはまだ新しい血が付いていて、それがどろっと垂れてリュカの肩を濡らした。


 とっさに私は叫んでいた。


「わ、私たちは人間! 人間、です!」


 男の人はそうだよねとほほ笑む。


「じゃあさ、その子は君のお友達?」


 リュカを見るその視線がこわかったから、私は必死になって頷いた。


「そう、そう! 友達! この子はリュカ。私は、チトセ‥‥」

「そっか。俺はノイ。よろしくねチトセ」


 ノイと名乗った青年は話している姿は普通の態度に見えるのに、やはりどこか怖いと感じた。


 笑っているのに、彼はいつでも私たちを殺せるという雰囲気を纏っている。穏やかに会話をしているはずなのに空気はぴりぴりとしていた。


 ノイは私に対しては友好的な笑顔を向けてくるが、リュカへ向ける視線はずっと冷たい。


「で、あっちで動けなくされてる子は、俺の友達のキャット」

「え?」

「リュカ、俺の友達を自由にしてくれないかな。じゃないと、俺は君の首を落とさないといけなくなる」


 ゆっくりとリュカを見る。その横顔は緊張のためかピクリとも動かない。瞬きすらもしない。


「リュカ‥‥?」


 一点を見て、じっとしている。


 リュカの視線の先に誰かいるのか私には見えないが、きっとキャットという人がいるのだ。手に持った人形で、きっとその人に何かしてるんだ。

 ノイはそれを怒っている。


「リュカ! 何かしてるならやめて‥‥! じゃないと、本当に‥‥」


 リュカにしがみつくと、ようやく視線だけが私に向いた。今まで何度も見てきたその臆病に揺れる瞳が、私を見てさらに揺れる。


「けど‥‥」

「大丈夫だから‥‥!」


 しがみつくとリュカは怯えた顔をしながらも、なんとか頷いてくれた。


「わ、かったよ。術を解く。‥‥解くから、‥‥解いても、チトセを斬らないでね」


 緊張して震えた声。

 また、私を心配している。


「斬らないよ」


 ノイの声は優しいけれど、真剣だった。


 人形を持つ手がゆっくり下がると、術が解かれたようだ。ややあって遠くから子供の声が聞こえてきた。

 それを聞いたノイは一安心という風にため息をついて剣をしまう。


 ようやく私たちを取り巻いていた緊張もほどけた。


「のーいー!」

「キャット無事ー?」


 膝から崩れ落ちてしりもちをつく私たちの前で、ノイは声の方へ大きく手を振っている。


「だいじょぶだー!」

「はは、よかった」


 心から安心した声。それを聞いて、ようやく目の前のノイが人間らしく思えた。

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