2-2話 大きな恐竜
私たちは空を見上げたまま言葉を失い、恐怖に凍り付いていた。
あれはなに? 私の知っている首長竜はあんなにとげとげしい見た目じゃない。
恐竜には頭にも首にもとげのようなものがたくさんついていて、恐竜というよりはドラゴンと言われた方がそれっぽいと思った。しかし、ドラゴンというにはあまりにも首が長い。蛇のような生き物といったほうがしっくりくる。
もしあの首に見合うだけの体が湖の中から出てくるとなると、相当なものになる。下手したらお城くらいの大きさになるかもしれない。
ぐるぐると頭の中ではそんなことが浮かんでは消えていくものの、状況の理解が追い付いていなかった。魔人もいない今、二人だけであれからどうやって逃げればいいのだろうか。
恐竜の口が開いていくのが見えたとき、混乱している思考がどこか他人事のように逃げろと囁いたが、硬直した体は動かなかった。
突然の轟音が私たちを襲う。
「‥‥っ!!」
恐竜が吠え、巨大な口から吐き出された叫びが生臭い突風となって私たちを襲った。
鼓膜が破れそうなほどの音と振動。吹き飛ばされそうな衝撃に、とっさに体を曲げて耳を塞ぎ、目をつむる。
それでも音は防げず、体を貫通していく振動に心臓が止まるかと思った。
「ぅあ‥‥」
やがて風はやんだが、耳がキーンとして、さらに体は痺れたように動かない。耳に添えた腕をおろすのでさえ難しいありさまだ。
そんな中、なんとか目を開けたのと体が傾いたのが同時だった。
「あ‥‥っ!」
ぐるりと回る世界。太陽がまぶしい。地面に真っ逆さま。
スローモーションのような視界に、突如巨大な影が現れる。
突風、水滴、生臭さ。
それらを意識するかしないかのうちに私は地面に背中を強打して、痛みに目を閉じた。
「痛っ!」
痛みに悶絶している場合ではないと目だけはすぐ開くが、体は立て続けの衝撃でまともに動いてくれない。
目の前には大きな影が伸びていて、その影の周りを水滴だったり馬車の破片と思われるものがばらばらと舞っていた。
これは、さっきの恐竜‥‥?
‥‥リュカは!
慌てて首を回しリュカを探すと、私のすぐ隣でのびていた。とりあえずほっとする。
また私をかばってどうにかなったんじゃないかと思った。
見上げる恐竜の首はまだ動かない。
倒れるリュカまでなんとか這っていき、腕を引っ張りながら恐竜の影を出る。
確認するとリュカは鼻血を出して目を回しているものの、他に目立つケガはなさそうだった。意識もある。
なんとか立ち上がり、リュカも立たせて走り出す。
体がまだ痺れていて膝がうまく動かなくて、走っているつもりだけど足を引きずって歩いているような速度しか出なかった。それでも、少しでも離れないとという気持ちから懸命に走る。
振り向くとリュカも同じで、くらくらと頭を揺らしてまるでまともに走れていない。
恐竜の頭は馬と馬車を食い破って、勢い余って森の中へ突っ込んでいた。逃げながら森の中を覗くが、暗い森の奥まで突っ込まれた頭は今どうなっているのかわからない。
湖の方を見ると、首はまだ水底へと続いている。恐竜の全容を脳内で修正すると、お城以上に大きい生物が浮かんだ。
こんなに大きな生き物がいるほど大きい湖には見えないのに!
「リュカ、できるだけ急いで!」
恐竜の叫び声のせいで耳がおかしくて、自分の声がどのくらいの音量で出ているのかわからない。けど、リュカには聞こえたようでくらくらの目がはっと私を見た。
こんなに大きな音がしたのに、魔人は一体どこにいるのだろう。あやうく恐竜に食べられてしまうところだった。リュカがいなければ、きっと死んでいた。
‥‥あの魔人は、本当に私を助けてくれる存在なのだろうか?
地面が揺れて、私たちは止まった。振り返ると、恐竜がもう湖の上に頭を戻している。
大きな口には馬が挟まれていて、恐竜が一度大きく首を揺らすと馬は一瞬で見えなくなった。恐竜が次の獲物を探して私たちの方を見る。
大きな目と目が合った気がして、私はまた体が硬直したように動けなくなった。そんな私をかばうように、リュカが手を上げる。
「‥‥‥‥‥‥!」
何をしたかはわからないが、きっと呪術をかけたのだと想像する。証拠に恐竜はあたりを探し回るように首を動かしはじめた。
「‥‥‥‥‥‥? ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。‥‥‥‥‥‥」
「ごめん。リュカ、なんて言ったの? 私、聞こえなくて」
リュカが何か言っているのはわかるんだけど、何一つ聞こえない。痛みはないんだけど、もしかして鼓膜が破れてしまったのだろうか?
とりあえず、リュカが手を引いて森を指さすのでそっちへ一緒に走る。木の影に入ったところで、私たちの背中をまた突風のような衝撃が襲ってきた。あの恐竜が吠えたんだと思った。
バランスを崩した拍子に繋いでいた手が離れ、私もリュカもそれぞれ前のめりに倒れるように吹き飛ばされる。
さっきみたいに頭が突進してくるのではと倒れた体制のまま頭をかばってうずくまった。けれどいつまでもなんの衝撃も襲ってこないので、おそるおそる目を開けてみる。
視界にうつる森の中はなにも壊れていないし、首も見当たらない。振り返ると、日のあたる湖畔が遠くに見える。
咆哮によって十メートルくらい吹き飛ばされ、そのおかげで恐竜は私たちを見失ったらしかった。ひとまず、安心だろうか。
リュカを探すと、私より何メートルも先の茂みに引っかかっていた。
とにかく、今は森の奥へ入ってあの恐竜とできるだけ距離を取った方がいい気がして、引っ張り上げたリュカに無言で森の奥を指して見せた。私が言いたいことが伝わったようで、リュカも頷いてくれる。
私たちは暗い森の奥へと進んでいった。




