24話-6※ 幕間/冒険者の話
※魔獣との戦闘描写が入ります。
軽度のグロテスク描写かと思いますのでご注意ください。
バキバキと木がなぎ倒される音が聞こえてくる。割と近い。
「これは、猪突猛進に突っ込んでくる系のやつか。やりやすくていいね!」
「あっち!」
指さし、逃げようとしたキャットは足が動かないことに気が付いた。地鳴りのせいか足の裏がまるで地面にくっついたような感覚で、歩けないどころか片足を上げることもできない。
「危ない!」
叫ぶと同時にノイがキャットを抱えて飛び上がった。
飛んだというより、跳ねたと言った方が正確だが、ふわりと浮かぶ感覚は、浮遊に近い。浮遊感が苦手なキャットは思わず口を両手で抑えた。
ノイはキャットを抱えたまま、太い枝を蹴って勢いをつけ森の木より高く跳躍する。
すると、月明りに照らされた黒い森の中、煙を巻き上げながら走ってくるものの位置がはっきり見えた。大きさは森の木と比べればまだ小さいものの、通常の魔獣と比べれば相当大きい。
「舌噛まないように!」
「んん!」
キャットは歯を食いしばり、衝撃と衝動に供える。このあとどうなるかは知っていた。
予想通り、抱えられた体が空中でぐるんと回転する。逆さになったあたりで、ノイは何もないはずの空を蹴った。途端に物凄い勢いで体が急降下する。
急降下の真下にはちょうど、猪突猛進する魔獣の姿があるが、キャットは目を閉じているのでその姿を見てはいない。
それは、巨大なイノシシ型の魔獣だった。
ノイは魔獣の頭部を目で捉えると、再度体を高速で回転させ、その勢いのまま剣を振った。分厚い肉と骨を裁つ音が聞こえ、魔獣の首が跳ね上がる。
巨体はコントロールを失なってなお木々をなぎ倒し進んだが、木にぶつかるごとにバランスを崩し、やがて横倒しになって止まった。
「はい、キャット明かり明かり。魔石取ろう」
「おぇえ‥‥!」
回転するといつも吐き気が襲ってくる。
キャットはその場でおえおえとえづいたが、両手足を地面につけたことでまたもや地鳴りを拾ってしまった。
「ノイ‥‥! またくるぅ‥‥!」
目を回しながら伝えると、すぐに抱きかかえられる。キャットは悲鳴を上げながら、その後もくるくる回転を続けた。
必死に我慢していたが、次から次へと湧いてくるイノシシ型の魔獣はいなくなる気配がない。何体目か数えきれなくなった時とうとう限界を迎え、キャットは空中で吐いた。
「おぼぼぼぼ‥‥っ」
「うわ!?」
キャットのゲロは高速で回転してあたり一面に飛散し、キャットを抱えていたノイはそれをもろにくらって悲惨なことになった。
「まだあんなにいるってのに‥‥! こうなったら、一体一体はやめだ! アブソリュート・ゼロ!」
絶対零度の魔法を唱えると、地上が一瞬で真っ白く塗りつぶされた。草も木も、突進してきていた魔獣たちも一息の間に凍り付き動きを止める。
氷結した地上に向かって二人は落ちていった。
「ゲロ回転切りって技名にしようか、あれ」
氷漬けにしたところでイノシシ型の魔獣の群れもひと段落し、ようやく地面におろされたキャットはまだ目を回していた。ノイは寒いと呟きながら氷を解かす呪文を唱えている。
「ふざ、‥‥ふざけんなよ‥‥。まだ目が回ってるぅ」
「返り血ゼロなのにキャットのゲロ全身に被った俺の悲しさを足して、悲しみのゲロ回転切りってどう?」
ゲロを拭きながらノイは笑っている。
「おいら、鎧も盾もあるんだから、抱えて回らなくたっていいのによぉ」
「ああいう突進してくるタイプは盾の自動防御だと威力が完全に殺せないから、キャットどこまでもふっとんでくよ? それに鎧着てるから胴体へのダメージゼロでも、兜がないから頭をぶつけたら終わりだしね。そもそも今みたいに次々きたんじゃ、抱えて戦った方が安全だって」
「じゃあ回るのをやめてくれよ、あれ気持ち悪いんだよぉ‥‥おぇえ」
「突進してくる魔獣はあれが一番効率いいんだけどなぁ。まぁ、じゃあ今日はもうあれはしないよ。俺も二度もゲロまみれになるのはごめんだし」
「最初から魔法使えよぉ‥‥」
「いつも言ってるけど魔法苦手なんだよ。今だって範囲間違えてかなり広い範囲氷漬けにしたし。もし近くに城の誰かがいたら森ごと氷漬けだよ? 危ないだろ」
「練習しとけよぉ!」
「んー、うん。そのうちね」
会話から逃げるように、ノイは魔石を探し始めた。
魔石は大概、心臓付近にあることが多いので、魔獣の死体を何度か切れば肉に埋もれた魔石が出てくる。
「城の件だけどさ、追いかけるって言っても、正直これだけ一気に魔獣に来られるとねぇ。この後も襲ってくるだろうし、正直夜が明けてもまだあの馬車の人たち見つからなかったりしてね」
「夜が明けたら魔獣はおとなしくなるし、その方が探しやすかもよ‥‥うぇうぇ‥‥」
「あ、ほらキャット、かばんにいれといて」
「おっとと‥‥。あ、あ、あ! 魔石が! こんなにでかい魔石が五つも!!」
上等な大きさの魔石を手にして、キャットは一気に酔いが覚め、元気が出てきた。これだけあれば、財布はだいぶ膨らむことだろう。突然にやる気がわいてくる。
「あっちの魔獣はまだだよな!? おいらとってくる!」
「あー、もう。キャットには無理だよ。全身血だらけになるよ」
「そんなのいいんだ! 魔石、魔石! ‥‥ん?」
「ん?」
また、地鳴りが響き始める。
「またきた?」
「‥‥まただ。もう回転は嫌だかんな!」
「しないしない。魔法もなし。それよりキャット、スクロール使ってみない? ぼったくりの街で大量に買ったやつ。それで俺の方に魔獣を誘導してよ」
あの時は人助けなんて言っていたくせに、しっかりぼったくられた認識はあるんだもんなとキャットは思ったが、今はそんな嫌味を言っている暇はなかった。
地鳴りは突然現れたし、どうにも妙だった。
さきほどの個体たちはキャットが気が付いてから強い揺れを感じるまで時間があった。今回は気が付いてすぐに地面が大きく揺れだしたのだ。それにもう音がそこまで迫っている。
つまり、獲物が大きいのかもしれない。
「回転するより断然いい! スクロールくれ! ありったけ! 音はあっちだ!」
カバンごとスクロールをすべてキャットへ投げ、ノイは音のする方向へ向き直り剣を構えた。今度は飛び上がらず、巨大な影が目の前に迫るのを待つ。
暗闇の森の奥、その物体が数十メートル先の木々をなぎ倒したのがキャットには見えた。
「きたぞ!」
声が響くと同時に、ノイは魔獣の方向へ斬撃、風の刃を飛ばした。それは物凄い勢いで飛んでいく。
斬撃は、行く手を遮る太い木をいくつも切り倒してなお威力を落とすことなく魔獣へ到達し、魔獣を唸らせた。
最初からそれやれよ! と後ろでキャットが吠えるが、ノイはじっと魔獣を見据える。
地鳴りはやんでいない。それに聞こえてきたのは断末魔や叫び声ではなく、唸り声だ。
魔獣は倒れず、先ほどとなんら変わらない勢いのままに突っ込んできた。
それを確認したノイはキャットに向かって「見たか!?」と叫んだ。
「回転のと違って一撃じゃないだろ! 集中がいるし! 威力はないし! それに」
抗議しながらノイは追加で斬撃をいくつも飛ばす。斬撃はすべて魔獣へ向かって真っすぐ飛んで行ったが、魔獣に到達する寸前、突然魔獣が地面を蹴って跳躍した。
蹴られた地面が大きく揺れる。獲物を失った斬撃は森の闇の中へ吸い込まれるように消えていく。
「ほらな、避けられた!」
どこか誇らしげに言うので、キャットは呆れて閉口する。




