24話-3 幕間/冒険者の話
ノイの言う通り、ヘリオンの街へは昼過ぎに到着した。番所からでも見える大きな城が悪評のヘリオン城だ。
やはりというかなんというか、この街も相当ぼったくりであることは間違いなく、番所で金が底を尽き、ノイのカバンの奥底にあった小銭をかき集めてどうにか入ることができた。
もし足りなくてもギルドに立替をお願いすることもできるが、S級がそれをするとなると相当恥ずかしいことだ。ノイは気にしないだろうが。
ギルドに行く前に立ち寄った宿屋で料金を聞いたキャットはまた悲鳴を上げた。贅沢などしていないはずなのに、とんでもなく法外な金額だったのだ。
売れるものもなく、金もなく、そうなると野営をするしかないがむしろキャットは嬉しそうだった。
「野営はいいけど、ならついでに魔獣が出るっていう森の討伐依頼でも受けよう」
「そうしよう! 討伐依頼で稼いで、ついでに魔獣を倒して魔石も手に入れるんだ。これなら二倍儲かるもんな!」
そういって意気揚々と向かったギルドには、魔獣の討伐依頼など出ていなかった。
「どうして‥‥」
「誰かが受けた後なんじゃないかな。なにかないか聞いてくるよ」
肩を落とすキャットをギルドの隅に座らせる。
掲示板に目立った依頼がないためかギルド内は閑散としていてとても静かだった。冒険者に見えない普通の格好をした村人たちがたむろして話し込んでいたりもする。
なのに受付には十分すぎるほどの数のスタッフがいて、みんな楽しそうにおしゃべりに興じていた。
そのうちの一人に声をかけると、嫌そうな顔をされたが、しぶしぶ受付に座ってくれる。一応仕事はしてくれるらしい。
「この近くに魔獣が多い森があると聞いたんですが、その討伐依頼はないですか」
「ああ、あの森ですか。ないですよ。城主様の命令で、あそこの討伐は依頼を出さないことにしてるんです」
受付の女性はどこか冷たく言い切った。
「依頼を出さない? なぜですか」
「はぁ、あそこに魔石の鉱山があるんです。ここの特産、知らないんですか? 不法採掘だとか、鉱山泥棒なんてのが出るんで森自体許可がなければ進入禁止ですからね」
「鉱山‥‥。森は近くと聞いたんですが、かなり距離が離れているんでしょうか?」
「いえ、城の裏側を半日馬車で行けばつく距離ですが?」
「魔獣の数が少ないんでしょうか。多いと聞いていたんですが」
「さぁ、多いんじゃないですか」
まだ質問が? という態度を露わに女性は眉をひそめた。
「なら、この街に魔獣は来ないんですか? 普通、その距離なら」
「この街には魔獣除けも魔物除けもありますからね。来ないです。わかりました?」
「そうですか。‥‥あと、一つだけ。街の南以外にも魔獣や魔物除けの施された街道はありますか?」
「ないですね。皆さん、南の街道を通ってこられますけど」
女性は最後には鼻を鳴らし、なにを当たり前のことを聞くんだ? とでもいうように眉を吊り上げておしゃべりに戻っていった。
魔石の鉱山のことは知らなかった。ヘリオンの特産品なんて聞いたこともない。ただ、魔獣が出る森の中にある鉱山だなんて、誰が採掘に行くというのだろうか?
通ってきた街道やこの街自体には確かに魔獣除けがあるようだが、それだけで十分なのだろうか。普通その上で討伐依頼というものがあるものだが。
その特産の魔石というのが魔獣除け効果でもあるのだろうか?
しかし、そうなるとここへくる行商人や旅人はどれほど苦労することか。
それにヘリオンは子爵領のはずだ。ヘリオン城主は領主も兼ねていて、そんな人物の居住するところの街が出入り口一つだけとは。
何かの折に城が攻められたとして、強い魔獣が出る森は確かに盾になるだろう。攻め入る方向が決まっていれば戦略も絞られる。
しかし、それは諸刃の剣だ。もし逃げなくてはならなくなった時、前門の虎後門の狼とならないのだろうか。
今考えるべきは金である。ノイは構わないが、金を稼げないとなるとキャットが泣き叫ぶかもしれない。
「森への立ち入り許可はどうしたらいいでしょうか。魔獣を討伐しないと、路銀がもうなくて‥‥」
「無理ですよ。特に今は、城にお客様が来てますからね。許可は取れません」
にべもない。
質問が多かったせいか、女性はノイをじろじろと疑うように見てくる。信用してもらうためにギルドカードを見せるべきだったなとカバンに手を入れたその時、ギルドに一人の男が血相を変えて駆け込んできた。
ノイを押しやり、受付にギルド長を呼んでほしいと伝える。女性はめんどうくさそうにしたが、男の勢いに気圧されたようだ。奥へ引っ込み、ギルド長を呼んできた。
「ああ、はい、なんですか」
呼ばれて奥から出てきた男はギルド長というには細く覇気もなく頼りなさげな人物だった。魔術師だろうかと考えるが、魔力も普通の人並みか、それ以下だ。
「城がもぬけの殻なんだ!」
男が叫んだ。
「は?」
「城に誰もいないんだよ!」
「ああ、‥‥はぁ」
ギルド長の男は関わりたくなさそうに眼鏡の位置をなおし、やる気のないため息交じりの返事をする。みかねてノイは二人の会話に割り込んだ。
「どうしたんですか」
するとギルド長も男も、ノイの全身を上から下までじろじろ見てから顔を見合わせた。訝しむように眉を寄せる。
「あんた‥‥誰だよ」
「冒険者です。さっきついたばかりの」
「‥‥冒険者?」
ギルドに駆け込んできておいて、冒険者を前に疑問形とはいったいなんなんだと思わなくもなかったが、ノイは話の続きを促した。
男の話はこうだ。
彼は毎週城にものを届けている商人で、今朝も配達があったが、城から事前に昼過ぎに物を届けてほしいと言われていたため、言われた通り昼が過ぎた頃城へ配達に行った。
いつも通り勝手口に馬車を止めたが、いつもなら馬車の音を聞いて出てくるはずの使用人たちが出てこない。勝手口は開いていたので中を覗いてみると、人の気配どころか先週来たときはあったはずの棚や椅子などの家具がなくなっていて、よく見れば近くの厩には馬も馬車もなかったそうだ。
声をかけても返事はなく、おかしいと思いふと城の窓を見上げてみると、カーテンすらかかっていなかったという。
それでギルドへきたというわけだった。
たしかに、話だけ聞けばそれはギルドか、騎士団があれば騎士団へ駈け込んでおかしくない状況のように思われた。
しかしギルド長はそれを聞いてもはぁだのそうですかだの気のない返事しかしない。まるで雇われの素人か、対応をよほど面倒に思っているのか、もしくはその両方のようにも思えた。
「そう言われてもねぇ‥‥」
「あのさ、俺困るんだよ! 配達はしたが、俺は知らねぇ! もし何か起きてたってんなら俺が疑われるかもしれねぇだろ? 頼むよ。ギルドならなんとかなんだろぉ」
ふと見渡したギルド内は全体が白けていて、誰一人話にのってこようとはしなかった。皆が遠巻きに事が過ぎ去るのを待っているような、そんな時間が流れる。
これにはさすがに不信感が芽生える。
今まで立ち寄ったギルドはどこももっと活気があって、こんな話一つ舞いこめばその場で依頼が発生し誰かが即受注するものだったが、そんな気配これっぽちもない。この街のギルドは何かがおかしい。
そんな違和感を感じつつも、これは城に入る千載一遇のチャンスだとも考えた。
当たり前だが通常、招かれていなければ領主の屋敷だの城だのには入れない。だから今夜あたり忍び込もうと思っていたところだったので、ちょうどいい。
「あの、俺様子を見に行きましょうか」
「‥‥君は?」
ギルド長が訝しげにノイを見る。商人も眉をひそめていたが、もはや自分の手を離れるなら誰でもいいというようにそわそわとしだした。
「ギルドカードを渡しておきますね」
「S級? 君が?」
カードを見せたというのにも関わらずギルド長は信じがたいものをみるような視線を向けてくる。何も言うまいと無言でいると、やがて息交じりに頷いた。
「じゃあ、頼めるかな。‥‥一応、依頼という形にはするけど、書類は今から作るから‥‥。時間がかかるから、先に見てきてもらって、報告にきた時に内容の確認をしてもらうってことで‥‥。それでいいかな」
依頼の報酬についてこの場でなにも言わない。つまり、空依頼になる可能性もあるが、ノイは気にしなかった。
「いいですよ、それで。‥‥それじゃあ、貴方、案内を頼めますか」
商人へ声をかけると、男は心底嫌そうに肩をすくめる。
「ええ? 俺が‥‥? 俺は、無理だよ。このあと仕事があるんだからさ」
「けど、城へ荷物を届ける途中なんですよね? 俺今日ついたばかりで、城のことわからないですし」
「案内なんかいらないだろ。城は見えてるんだからさ。荷物は勝手口の前に置いておいたし。あんたが行って、誰かいたら伝えてくれればいいからさ。じゃあ、頼んだよ」
そういうと足早にギルドを出て行ってしまった。本当に自分以外の誰かに押し付けることができればそれでよかったようだ。というか、依頼料も支払っていない。
案内役をほかに頼めそうな人はいないかと見渡したギルド内はしぃんとしている。受付奥ではギルド長が部屋に引っ込んでいく後姿が見え、受付の女性も知らん顔。
ギルド内の誰もが自分は関係ない、かまわないという風にノイから視線を外す。
仕方がないので、自力で向かうことにした。




