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22話 おやすみ

「ここじゃ」


 まず案内された部屋には大きな天蓋付きのベッドが一つ。

 このお城にはこういう部屋がたくさんあるらしい。一昨日からもうずっと別の部屋で寝泊まりしている。ホテルの部屋を贅沢に使いつぶしている感覚があって、これもこれで楽しい。


 部屋を見るなりリュカは走って行ってベッドに飛び乗った。そのままトランポリンのように跳ねて遊んでいる。


「わーい! 大きなベッド!」


 そんなリュカを横目に、私は寝室の入り口で私の部屋はいつ案内されるんだろうと待った。しばらくすると魔人が不思議そうに私を見つめ、お主も早く入れというので目を見張る。


 一緒の布団で寝るの!?


「なんで!? 他の部屋は!?」

「明日出ていくつもりじゃったからの。ここ以外はベッドもすべて食うてしもうた」

「はぁ!?」

「じゃから、食った。ベッドは一つで足りるじゃろう。主らが寝ころんでもまだ余裕があるのに、なにを嫌がる」


 私は狭さのことを言っているんじゃないとさらに首を振る。


「恥じらいは!? あなた私に言ったじゃない! もっと恥じらいを持てって! リュカは男の子だよ‥‥?」

「言うたがの。よく知りもせん男の前に全裸で飛び出してくるような娘に今更恥じらいがあると思えと? くだらん。それに小僧と主がどうなったとて知ったことではないわ。小僧が死んだとあんなにぴいぴい泣いとったくせに、なんじゃ。よくわからんやつじゃの」

「だってそれは、あの時は‥‥!」

「うるさい。いいから寝ろ。睡眠が足りんと簡単に病むじゃろうお主らは」


 そう言って魔人は出て行ってしまった。


「チトセ、寝ようよ」


 さっきまではしゃぎまわっていたリュカは突然電池が切れたのか、もう眠たそうに眼をこすっている。

 リュカは嫌じゃないけど、男の子と一緒のベッドと聞くとどうしても抵抗がある。


 当たり前でしょう? だって私、女子高生だよ?

 青春思春期真っただ中の、乙女だよ!?


 魔人の前に裸で飛び出したのだって、あの時は自分でもそう思うくらいおかしくなってて、普通じゃなかったからで、普段はちゃんと恥じらいだって人一倍あるのに。


「チトセ‥‥?」

「寝る、寝るよ」


 しかしほかにないなら仕方ない。私はリュカと布団を分け合うことにした。


 誰かと一緒の布団で寝るなんて、子供の時以来だった。修学旅行ですら一人一つのベッドだったし、布団の中で手を伸ばせば触れられる距離に誰かが寝ているなんてことなかった。

 しかも相手は男の子。落ち着けるわけがない。


 ろうそくが一つ点いてるだけの暗い部屋の中、布団に入って隣に寝ころぶリュカを見る。あの時と違って陶器じゃない、生きた人間のリュカ。


 あの時。


「‥‥っ」


 突然、思い出す。

 クローゼットの中で聞いた男女のあれな声と音を、鮮明に。途端に顔に血が集まってきた。


 そうだ、リュカとはああいうのを一緒に聞いたんだと今更恥ずかしさがこみあげてきた。

 意識してしまってこんな真っ赤だろう顔をリュカに気づかれたくなくて、私は体育座りで膝の間に顔をうずめて、湧き上がってくる羞恥心に耐えた。


 あ、でも確かあの時リュカは焦る私とは対照的に全然平気そうだった。隣にいるリュカをちらりと見ると、やはり平気な顔をして仰向けになってうとうとしている。


 私がこんなに意識してしまっているというのに、やっぱり年下のそういう知識もないただの子供なのねと考えてることにして、必死にこの自意識を捨て去ろうと努める。

 すぐには捨てられないが、しばらくするといくらかマシになった。


「おじいちゃん、怖い魔人じゃなかったね」


 そんな時に突然話しかけられて、心臓が跳ねた。

 リュカは眠たそうな目をしながらふにゃふにゃ笑っていた。


「そ‥‥、そう思う?」

「うん。だって僕のこと怒らなかったもん。それに、お風呂の後頭撫でてくれたよ」

「あれは拭かれたんだよ。びしょびしょだったから‥‥」


 その光景を思い出すと面白くて口の端が上がる。リュカのいう通り、確かに魔人は優しいのだと思う。


 あの時、リュカが死んでローベルトを倒した後、私は気持ちが沈んでいて気が付いてなかったけどお世話をいろいろしてもらった。おそらくだけどメンタルケアもしてくれていたと思う。

 ホットミルクを作ってくれたあの日、私が起きるまで魔人は何を考えていたんだろう。


 そんなことを思い出しながら、考える。

 私の中にあった魔人への警戒心は、リュカのおかげもあってもうすっかりなくなっていた。


「ふふ。私はお風呂上りに怒られたわ」

「えー?」


 リュカのことで泣いていたら、ちゃんと埋葬の手伝いをしてくれた。‥‥雑なところもあったけど。


 私は膝を伸ばしてろうそくを手にした。揺らめく一粒の炎の穏やかさは、どことなく魔人に似ている気がした。


「そうだね。おじいちゃん、優しいのかも」


 私が契約をしたからじゃなくて、きっと本来あの魔人はそういう性格なのだろうと思う。


「もう寝る?」


 布団から少し顔を出して、ほとんど目を閉じているリュカが見上げてきた。


 隣に男の子がいても、もう大丈夫だった。


「うん、寝よっか。腕とか、お菓子の作りすぎでもうへとへと。明日絶対筋肉痛になるよ」

「なにそれ」

「筋肉痛知らないの? きっと明日になったらわかるよ」


 ろうそくの火を消して、布団に入る。


「それなら、明日が楽しみだねぇ。おやすみなさい」

「おやすみ、リュカ」


 今朝まで絶望の中にいたけど、今は少し希望が見えてる気がしてる。知らない世界に来たけれど、きっと帰れるとそんな気さえする。


 ああ、今日は一日中お菓子を作ってとても疲れた。気のせいかもしれないけど、私もリュカも甘い匂いに包まれているようなそんな気がする。きっと爪の先とかにバターの香りが付いているのだろう。


 ほのかな幸せの匂いの中、私はいつの間にか眠っていた。


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