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21話-2 おいて行かないでの涙

「しかし、役立たずを連れて行くわけにもいくまい」

「え?」


 顔を上げると、魔人がまっすぐリュカを見ていた。


「小僧。貴様何ができる」


 リュカはおずおずと私から手を離し、魔人に向き合った。そして長い袖の中から操り人形を取り出してみせた。


「じゅ、呪術。‥‥できるよ」

「それはあれか。わしの腕を操ったあれか」

「うん」


 そんなこといつ? と思ったが、そういえば塔ではじめて魔人に会った時、暗闇の中で一瞬私を掴んでいた手を離した時があったことを思い出す。すぐに掴み直されたんだけども。

 あれはリュカがやったことだったのか。


「では今、同じことをしてみよ」


 魔人はにんまり笑っている。


「おじいちゃんに?」

「そうじゃ。わしにじゃ」


 リュカはなぜ今そんなことを言われているのかと悩んだらしい。しばらく困惑した顔をしていたが、何か閃いたようだ。


「できたら、ついて行っていいの?」

「できたらな」


 リュカの腕前テストといったところなのだろうか。魔人すらどうにかできる実力があれば連れて行ってやろう的な。


 なるほど。けど魔人は一度リュカに腕を操られてるんだよね? 大丈夫なんだろうか?


「おじいちゃん、平気なの? だって前に一度‥‥」

「不意打ちでなければあの程度の呪い、わしには効かぬわ。それよりも、これであやつは確実に置いていく事になるのだぞ。本当に良いのか?」

「うん。‥‥いい」


 だって、その方がリュカにとっては安全だもの。


「わかった‥‥。僕やる。おじいちゃん、そこの型を持っててね。それを落としてみせるから。そしたら僕を連れて行ってね?」

「よかろう」

「チトセ、いいよね?」

「うん。いいよ」


 仕方なく頷くと、リュカは満面の笑みを浮かべた。

 それから、真剣な顔をして人形をかまえる。


「じゃあやるね」

「いつでも良いぞ」

「‥‥」


 魔人をじっと見据え、何度か深呼吸する。


「呪術 踊る子供たち」

「ほう」


 魔人は感心したように笑ったが、それだけだ。私の目には何も起きたようには見えなかった。実際四本の腕はピクリとも動かず、型はまだ手の中にある。


 しかし、リュカの表情は真剣で、まるで動かない石でも持ち上げようとしているかのようなそんな雰囲気を纏っている。おそらく、今も魔人の腕を操ろうと奮闘中なのだろう。

 しかして魔人は笑みを深くして目を細め、いかにも意地悪そうな顔をしている。


「どうした。動かして見せよ」

「ぅう‥‥」


 リュカは一生懸命だが、やはり難しいのだろう。リュカには悪いけど、私はほっとしていた。これで夢の国に帰ってもらえると。


「うー‥‥! 呪術 かくれんぼ!」


 ところが、それを唱えた瞬間、魔人の手から型が消えた。


「なにっ」


 突然空を握った己が手を見つめ魔人も驚いた様子だった。


 しかしそれは一瞬だけだった。


 次の瞬間にはがしゃんという音がしていて、魔人の足元に型が転がった。魔人は感心したように落ちた型とリュカを交互に見る。


「ほう。ぬかったわ。感覚を消されるとは思わなんだ」

「うふ、僕の勝ち!」


 嬉しそうにリュカが笑う。


「よかろう。連れて行こう」

「えっ」

「やったぁ!」


 リュカに抱き着かれ、私は魔人を見た。睨む気力もなく、ただじっと。魔人は相変わらず笑っている。


 けど、そういう約束だもんね。私にはリュカを説得できなかったし、私なら一瞬で操られて終わりだろうし。


 脱力しながら私は諦めようとなんとか思考をめぐらせる。

 私の両手はリュカを抱きしめ返せばいいのか剥がせばいいのかわからず空を彷徨い、その肩に着地した。


「わかったよ‥‥。一緒に行こう。だけど、約束して。もうあんな風に私のために死んだりしないで。できれば怪我もしてほしくない。身代わりなんて絶対ダメ。それに‥‥リュカは人なんか殺さなくていいんだよ」

「約束出来たら、チトセは安心する?」

「うん」

「じゃあ約束する。僕絶対に死なないようにする。怪我も‥‥頑張るよ。身代わりもしない。人も殺さない。でも、チトセのことは守ってもいいでしょう‥‥?」


 私の顔を覗き込む戸惑った表情。


「ふふ、ありがとう」

「んへっ」


 その笑顔を見て心のどこかで良かった、と思った。リュカが来てくれたら嬉しいと思ってしまう自分がいるのも確かなのだ。


 この世界で、きっと大概の人よりは強いんだろう魔人という味方を手に入れたというのに、私は未だ不安を抱えている。これから魔人と二人きりでいろんな場所へ行くときに、きっと怖くて心が折れてしまいそうになることだってあるだろう。けど、そこにもしリュカがいてくれたら‥‥。


 飛行機の中からずっと、リュカは私のそばで私を導いてくれていた。常に私の味方でいてくれて、何度も助けてくれた。不思議なほど懐いてくれているが、それもあってか、リュカがそばにいると妙に安心できてしまうのだ。


 一緒に行けて嬉しい反面、キルターンの言葉が頭の隅から離れない。


『特に友達のためってなると、火の中でも構わずに飛び込む』


 そんなふうにして欲しくはない。そんな事にならないよう約束してくれたけど、その場になった時どうなるかは分からなかった。


「小間使いは多いほうが便利なものよ」


 魔人が呟く。


 そうだ、魔人は?

 魔人ならリュカのことも守ってくれるんじゃない?


「おじいちゃん。私と一緒にリュカも守ってくれる?」


 しかし鼻で笑われた。


「はっ! 自分の身くらい自分で守れよう。のう、小童」

「うん! できるよ!」


 私はため息をついた。


 ‥‥こうなったら、私がリュカを守れるように‥‥は無理でも、この子が無茶をしないように行動しよう。それならできる‥‥はず。


 リュカが無茶をしないでいるには、つまりは私が危険に陥らなければいい。そうすればこの子が身を挺して私を守ることもないわけだし。

 これから先は魔人が私を守ってくれるなら、リュカが体を張るような場面もないはずだけど、心構えはそうであっていいだろう。


 そうだそうすればいい。頷きかけたが、冷静になると不安になる。はたして、この未知の世界でできるだろうか‥‥。何が危険かもわからないのに。


 不安を抱える私をよそに、二人は普通に会話を繰り広げている。


「ねぇ、おじいちゃん。おじいちゃんの名前を聞いてもいい?」

「じゃから忘れたというに。しかしまぁ、共に行くのだものな。わしもきちんと名乗っておらなんだし、ちょうどよかろう」


 なんの話? と二人を見ると、ちょうど魔人と目があった。


「ではの、小娘。貴様から名乗れ」

「え、急に‥‥」


 突然ふられ戸惑ったけれど、確かにきちんとした自己紹介はしていなかった。こういうのはしておいた方がいいよね。

 それに魔人の本名を知るチャンスだ。


「えっと、私の名前はカトウ チトセ。えぇと、ほかに何か言った方がいいことはある?」

「得意な料理、菓子はなんじゃ?」

「好きなものはなに?」


 二人が同時に言う。


「えっと、得意料理は‥‥特にない、かな。お菓子も、別に得意というわけでは‥‥」

「なんじゃ、人間のくせにつまらんのぅ」

「なによ。作れるだけいいでしょ」


 魔人って本当に食べ物のことばかりだ。


「ねぇねぇ、好きなものは!? 好きなものはある?」

「す、好きなものはねぇ‥‥。なんだろう‥‥」


 私って趣味とかないんだよね。静かな部屋で紅茶とか飲みながら雨の音を聞いたりとか、窓の外の風景を眺めるのとか、お花を見るのとか? けど、それって好きなものなんだろうか?


「お主、つまらんのぅ‥‥」

「う、うるさいな! あ‥‥、りんごパイが好き、かな」

「わぁっ! りんごパイ!?」

「では作れ。りんごならあったはずじゃ」


 この魔人は‥‥! と呆れつつ、首を振る。


「そんな時間ないよ。明日の朝出発するんでしょ? そもそも今からだとパウンドケーキすらいくつ作れるか‥‥」


 キッチンの隅に置時計があるが、もう二十時を回っている。それに、十個も作ったパウンドケーキだって、作った片っ端からあっという間に食べちゃう誰かがいるしね。

 なので諦めてくれると嬉しい。


「ならば出発は明後日にする」


 しかし魔人は食べ物のこととなると譲らなかった。


「どうしても食べたいわけね。でも作り方知らないよ? 適当になっちゃってもいいの?」

「良い。代わりに山ほど作れ。ああ、楽しみだのぅ」


 すっかりその気になっている魔人に、今更嫌とは言えず、私は了承した。もうすでに両腕が痛いし怠いんだけど、仕方ない‥‥。


「ではの、小僧。次は貴様じゃ」


 促されたリュカはびしっと背筋を伸ばした。


「僕はリュカ。リュカ・キルタンサス。夢の国のお屋敷で庭師ウサギの役をしているの。その前はキルターンと旅をして、いろんなところに行ってたよ」


 キルタンサス‥‥笛吹水仙という花と同じ名前だ。ラッパに似た小さな花をたくさん咲かせる可愛い花で、リュカにぴったりだ。


「リュカってキルターンと同じ名前じゃないんだ?」

「どうして同じ名前なの?」

「えっと‥‥なんでもない」


 だってキルターンがそう言ったから、とは言わないでおく。どこでいつ見ているかわからない以上、何が彼の逆鱗に触れるかわからないからだ。


 それでもキルターン・リュカルイと音が似ているのは、やはり作家と作品だからなんだろうか。

 なんて考えていたら、リュカがじっと私を見ている。さっきの名前の件が気になっているらしい。


「えっと、キルタンサスって花の名前だね。こっちにもあるの?」

「きっとあるよ。キルタンサスはね、ただのリュカが嫌だって言ったら、友達がつけてくれたの」

「そうなんだ」


 名前ってそんなあとづけで名乗れるものなんだ。

 でもきっと、その友達もリュカにぴったりだと思ってつけたのだろう。リュカの周りには素敵な友達がたくさんいるらしい。


「得意なことはねぇ、呪術! 好きなものはねぇ‥‥沢山あるよ!」

「リュカ。貴様は呪術のほかに魔術や魔法は使えるか?」

「ううん、魔法と魔術はできない。呪術だけ‥‥」

「ふむ」


 やっぱり、魔術とか魔法って呪術とは違うらしい。聞いたら、教えてくれるかな。

 今聞いていいんだろうか。いや、今はやめておこう。


 私とリュカは顔を見合わせて、それから魔人を見つめた。考え込んでいた魔人は私たちの視線に気づくとにやっと笑った。


「わしだの」


 魔人は立ち上がると二本の腕を振って軽いお辞儀をする。

 その身のこなしは優雅でどこか気品めいたものを感じた。さっきまで涎を垂らして手づかみでケーキを食べていたというのに。


「魔界は東。ベリーチュチュタルトが魔王、男爵領が領主。食欲魔人じゃ。領民からははらぺこ男爵と呼ばれとった。本名は忘れたでの。おじいちゃんでもおじい様でも、なんでも好きに呼ぶがいい」


 身のこなしから想像していたけれど、やはりというかなんというか、名乗り慣れていて素直に感心する。それよりも。


「爵位があるのね」

「あるぞ。人の真似事だが、しかし位が上がれば力も上がる」

「でも男爵って、一番下じゃない?」


 社会科歴史の授業でちらっと学んだ貴族の階級に当てはめると、男爵は最も地位の低い身分だったと思う。テストに出ないからちゃんと読んでなかったけど‥‥。


「そうじゃ。東魔界いち広大な領地を任されとったがのぅ。爵位は一番下よ。まぁ、妥当じゃの。なんせわしは東魔界の魔王の座をかけた戦では現魔王の敵じゃったからな。魔界の歴史をよく知ると引き入れられたが、敵じゃった相手に高い爵位など与えんよ。力をつければ寝首をかかれかねん」


 戦争で負けて、爵位も低くて、けど沢山働かされていたという。なのになんだかそれを話す魔人は楽しそうで、余裕があった。


「魔界にも政治があるんだ」

「あるぞ。懐かしいのぅ」

「おじいちゃんはどうして名前を忘れたの?」

「長く生きとると忘れるんじゃよ」


 キラキラ目を輝かせるリュカに、魔人も素直に答えてくれる。しかしそれは嘘だと私だけが知っていた。だって契約書には書いてたもの。

 ああ、本当になんて書いてあったんだっけなぁ‥‥。


「おじいちゃんの得意なことは? 好きなものは?」

「得意なことか。早食いと大食いじゃ。好きなものは喰えるものすべてじゃが‥‥しかしわしに喰えんものはないからのぅ。ではカロリーの高いものじゃな。というわけでチトセ、わしは治癒の魔石を探して来る。その間にもっと菓子を作っておけ。それから、日付が変わる前に寝よ。人の子は眠らんとすぐ病にかかるでのぅ」


 自己紹介が終わったと思ったら、魔人はさっさとキッチンから出て行ってしまった。治癒の魔石で腕の疲れを癒す話は、本気でやるつもりらしい。

 魔人の行動原理の根底には食に対する異常な執着がある。これは今後何かに使えるかもしれない。私の腕が犠牲になりそうだけど。


「はぁ‥‥。じゃあ、リュカ、作ろうか」

「うん! クッキーとケーキ、どっちにする?」

「ケーキにしよう。ドライフルーツとか瓶がまだあるし」


 その後は二人で日付が変わるぎりぎりまでかかってさらに大量のお菓子を焼いた。


 お菓子作りがひと段落し、お菓子のつまみ食いでお腹を満たした私たちは魔人の案内で入浴を済ませ、寝室へと向かう。手には治癒の魔石を握らされ、明日も朝から作れと言われる。


 私はこの魔人と一体何の契約をしたんだっけ。

 専属パティシエールにでもなったんだっけと思うが、お菓子作りは楽しく、憂鬱な気分がまぎれるので本気で嫌なわけじゃなかった。

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