20話-2 みんなで楽しくお菓子作り
「魔人がすごくおじいちゃんだったんだもん。凄いんだ。十、じゅう‥‥うんと、凄く長生きなの。だからおじいちゃん!」
「ふぅん。魔人って何歳なの?」
おじいちゃんってことは、七十歳とか? 喋り方からして九十歳くらいだったりして。
見た目は二十代中盤とか、後半とかにしか見えないから、そうだったらとんでもなく若作りだ。
けど、魔人って人間じゃないのよね。なら普通に百歳‥‥いや、二百歳とかって可能性もあるのか。
「十万を超えてからは数えておらん」
「じゅっ‥‥!」
なんていったの? 十万?
十万歳ってこと? 十万歳ってなに?
十万年前ってマンモスがいた時代じゃない?
嘘かと思ったが魔人を見る限り嘘をついている様子はなく、本当らしい。というかサバを読むどころじゃない年齢だし、嘘ついて何になるのか。
でも、正直そんなの信じられるわけがない。
「そんなに長生きなの? あなた」
「魔界ではそう珍しくもない。創世記から生きる者すらおるからのぅ」
魔人は鍋一杯に作ったミルクティーをがぶがぶ飲む。美味しかったのか目を閉じて堪能するように、がぶがぶ飲む。
しかしそんなことは今どうでもいい。私の頭の中は十万年と言う途方もない時間についてで一杯だった。
魔界ってところはとんでもない場所のようだ。
創世記って? 恐竜だって何億年前とかでしょ? 地球ができたのっていつ? 魔界もそれくらいはあるんだとしたら、凄まじいことだ。
十万歳の生き物が普通に存在している事実に改めて驚愕する。
「チトセもおじいちゃんって呼ぼうよ。魔人って呼ぶよりずっといいよ」
リュカはすっかり魔人に懐いている。おじいちゃんなんて呼ぶと本当に孫と祖父感が出てきそう。
けど、考えてみれば確かにと思うところもある。これからここを出て旅をするなら、人前で魔人のことを魔人と呼ぶわけにもいかないんじゃないだろうか?
そもそも魔人って普通に存在してていい世界なのだろか。
街中で魔人と呼んだら警備を呼ばれたりするのか、それともそんなものは普通のことで、スルーされる程度のことなのか。それすらわからない。
そうだ、こういうのを聞けば教えてくれるんだった。
「ねぇ、魔人。街中であなたのことを魔人って呼んだら、普通の人はどんな反応をするの? 普通? それとも驚くのかな?」
「‥‥まず頭のおかしい小娘の戯言だと信じまい。が、わしはこの通り異形だからのぅ。呼ばれずとも知られような。知られれば恐怖され悲鳴を上げられ、最悪排除しようとしてくるやもしれん。大概は逃げ惑うだけじゃろうが」
「そう、なんだ‥‥」
だめだ。ならほかに呼び方を考えないといけない。
けど、思いつかないよ。本名だって教えてくれないのに、なんて呼べばいいわけ?
魔人だから、まーちゃん?
ないないない。それはないわ。それならまだおじいちゃんのがいい。でもおじいちゃんは‥‥その‥‥言いにくい。
「ねぇ、だからおじいちゃんがいいよ」
リュカはミルクティーでひげを作りながら言う。
「あんまりにも好き勝手呼びすぎじゃない? いいのそれで?」
「よいと言うとる」
魔人は鍋を食べはじめた。
本名を名乗る気はないらしいし、他に良い呼び方も思いつかないし、とりあえず私も呼んでみようかなと思ったものの、いざそう呼ぶとなると恥ずかしい。
私はもじもじと口ごもった。そんな大層なことじゃないはずなのに。
お祖母ちゃんはいたけど、お爺ちゃんは戦争で死んじゃっていたから会ったことがない。だから、あんまり呼びなれていないというのもあるのかもしれない。
「じゃあ‥‥‥‥‥‥‥‥おじいちゃん」
たっぷり間をとってしまった。逆に照れくさい。けれど魔人はいたって普通に顔を上げる。
「なんじゃ」
気恥ずかしさからただ呼んでみただけと言えなくて、私はわたわたとキッチンを見回した。窯を見つける。
「ぱ、パウンドケーキ食べる?」
「できたのか?」
にんまり笑って魔人は立ち上がった。
キッチンにはすでにクッキーや紅茶、焼けたパウンドケーキの甘い匂いが充満しているため、匂いで焼き具合はわからない。でも魔人は生焼けでも食べれるしかまわないだろう。
窯を開けた魔人は熱いだろうにケーキの型を素手で取り出した。そういえばさっきもクッキーの鉄板を素手で触っていた。
やはり、人間とは体のつくりが違うんだろうな。なにせ十万歳も生きる生き物だし。
「ほう、美味そうではないか」
「いいにおーい」
「あ、待ってね。串を指して中を確認‥‥うん、いい感じ! お、おじいちゃん。ケーキここに並べてくれる?」
テーブルの上にケーキ型が並んでいく。少し冷ましてからの方が外しやすいかもしれないが、魔人はもう我慢ができないらしく、よだれを垂れ流してケーキを凝視している。このまま頂くことにしよう。
ミトンをはめて型からケーキを取り出す。ドライフルーツ、くるみ、レーズン、チョコレート、プレーン、ミックス‥‥。
一切れずつ切り分けていたら、我慢ができなくなった魔人は端から丸のまま食べ始めてしまった。
「ちょっと待っておじいちゃん! 味見させてよ!」
しかしあっという間に一つのパウンドケーキが魔人の大きな口の中に消えた。
「美味い。やはり菓子は人間に作らせるのが一番よな。これをもっと焼け。もっと喰いたい」
「結構疲れるのよ、これ」
もうすでに怠い両腕を撫でる。
そういえば、さっきは凄く自然に魔人のことをおじいちゃん呼びできた気がする。
「治癒の魔石を持ってこよう。ローベルトのやつが大量に持っておったからのぅ。あれを使えば菓子作りの疲労などすぐとれような」
本気? と思ったがどうやら冗談ではなさそうだ。ばくばく食べる魔人から、私とリュカの分のケーキを離して置く。
ドライフルーツのを食べたかったのに魔人が全部食べてしまった。私たちの手元にあるのはチョコレートとレーズンだ。
「リュカ、あとでまた作るからね」
「うん! 沢山つくろうね。ケーキっておいしくて、僕好き」
にこにこしながらケーキを頬張るリュカ。
私も一口食べてみると、チョコレートの味が口いっぱいに広がって、バターの香りが鼻を抜けていった。ああ、なんて罪な味だろうか。




