20話-1 みんなで楽しくお菓子作り
さて、泥を落とし終えた私はいわゆるメイド服に着替えている。
黒い長袖ワンピースに白いシンプルエプロンの、クラシックな装い。サイズは合ってなくてなかなかダボついているけれど、元がメイド服なだけあって動きやすい。
魔人が食べ切る前に何着か服を用意しておいたほうがいいかもと思ったが、このメイド服なんかエプロンがなければシックなワンピースだし、形がスッキリしていて可愛くて正直好み。
鏡の前でいろんな角度を見て楽しんでいると、隣の部屋からリュカの叫び声が聞こえてきた。楽しい感じではなく、絶叫だったから心臓が止まるかと思った。
「いじわる! おじいちゃんのいじわるー!」
「たわけ。足りん貴様が悪い」
先ほどまでの様子はどこへやら、なにやら言い合っている様子だ。
急いで寝室へと戻ったが、来てみればなんてことはなく、二人はソファに仲良く並んで座っているだけだった。
まぁ、仲良くというか、リュカは魔人に引っ付こうとしていて、魔人はリュカの頭を掴んで抱き着きを拒否しているのだけど。
思っていたよりは断然仲良しな感じだった。
「チトセ!」
私を見るや否や、リュカの興味は私に移り、走り寄ってきて抱きついてきた。
あまり身長の変わらない男の子にこうやってされると、ちょっとドキッとするから正直やめて欲しい。けどリュカだしなぁ、と思う自分もいる。
多分‥‥というかほぼ確実に、リュカはスキンシップが好きなのだろう。キルターンに会ったあとからは特にそう感じる。
若返った分余計に、なんだろうか?
私にだけじゃなくて、魔人にも抱き着くところを見るとちょっと安心する。
もしリュカが女の子好きで、女の子とみれば誰彼構わず抱き着くタイプの男の子だったら、ちょっと嫌だと思ったから。
かといってウェルカムって気持ちでもない。
鬱陶しい、と言ってしまえばそうなんだけど、反面可愛いと思わなくもない。リュカのキャラがああだからそう思わせるんだろうか。
でも見た目の年齢だけで考えれば中学生くらいなんだよね。本人の性格面の子供っぽさが強すぎてあまり邪険にもできないんだけど、やっぱり男の子だし、諌めるべきだろうか。
なんて考えているとリュカが私の肩を掴んだ。掴む力には子供らしく一切の遠慮が感じられなくて、少したじろいでしまう。
「な、なに? どうしたの?」
私の全身を上から下までよぅく見て、にっこにこしている。顔が近い。
「かわいいね、この服メルリアンみたい」
「夢の国の人だっけ」
「メイドさんなの。優しいんだよ」
「ああ、これメイド服だもんね。やっぱりどこもメイド服って同じようなものなんだね」
そして私の周りをくるくる回って可愛い可愛いという。悪い気は‥‥しない。
跳ねるリュカの後ろで魔人が立ち上がった。こちらへやってくる。
「なにをしておる。さっさと行くぞ」
「そっか。お菓子作って約束だったね」
言うなり手を引かれ、お菓子が食べたい魔人にキッチンへ連行される。
連行されながら窓の外を見ると、もう外が暗くなり始めていた。そんなに時間が経った気はしていなかったのに、と思う。
魔人が廊下にある燭台に火をつけつつ進むので、室内は明るかった。
キッチンへ着くとそこでも同じようにいたるところに火をつける。キッチンは廊下と違い、ガラスの蓋が付いた照明がいくつもあって、そこに火を灯すとまるで電球のように辺りは明るくなった。
見た感じは普通のランタンなのに、どんな仕組みなんだろう? と不思議な照明に見とれていたが、ふと視線を感じて振り返る。そこには私をじっと睨んでいる魔人がいた。
‥‥お菓子、お菓子ね。わかっています。‥‥作ります。
ダボ付く袖をまくり台へ向かうとようやく魔人は隅の椅子に腰をおろした。お菓子作りを眺めているというよりは、監視だろうか。
魔人の視線のことは一旦忘れて、なにを作ろうか考える。
山のようにお菓子を‥‥と言われたけれど、正直お菓子作りは得意ってわけじゃない。
幼いころはお母さんがほとんど毎週手作りのお菓子を作っていたから、休みの日はそれを見てお手伝いをしていたこともあったけど、中学生以降はあまりそういう記憶もない。
でもその経験から家庭部に入部したこともあって、そこそこお菓子を作る機会には恵まれたと思う。簡単なレシピなら覚えているし。
一人で作るならそれこそ無謀な挑戦だと思うけど、リュカという助手ができたこともあってなんとかなりそうではある。でもこの最後の晩餐みたいに長いテーブルいっぱいと考えると、どうだろう。
ちらりと魔人を見ると、じっと見つめられている。‥‥できる限り頑張ろう。
机の端で小麦粉をぺたぺた触っているリュカには、何をしてもらおうか。とりあえず、材料を準備してもらえたらあとは私が作れる。
「じゃあ、リュカには材料を計ってもらおうかな。できる?」
「できるよ! ワールドエンドのお手伝いいつもしてるもん」
「頼もしい。じゃあ小麦粉とバターをお願い。量は‥‥」
私はレシピを思い出しながらリュカと共に食糧庫から材料を取り出した。一通り材料をそろえたあとは混ぜれば生地のできあがりだ。
正直丁寧には作っていないが、焦げや生焼けクッキーを食べた魔人の反応からしてこれでも充分なんじゃないかと思う。
リュカは一度教えると次々計量してくれて、それが終わると混ぜるのも手伝ってくれた。おかげで生地がどんどんできあがる。
型抜きクッキーのレシピなんだけど、本来なら生地を寝かせるところ、寝かせず次の工程へ移る。そうやって工程をすっとばしながら時短で作っていく。じゃないと山ほどは難しい。
それに、低クオリティでもなんでも、なるべく早く作らないと部屋の端で涎をこぼしている魔人があとどのくらい我慢してくれるか分からないしね。
型もなかったので成形は手のひらで丸めて潰すだけにした。
生地作りの合間に準備していた焼き窯の温度もなかなか良さそうなので、鉄板に並べたクッキーを次々窯に入れる。ピザ窯みたいに大きな窯だけあって、広い鉄板が四つも入った。
「さぁ、クッキーは焼けるのを待つとして‥‥」
焼きあがるまでに次のを作ることにした。時間は有限なのだから、きびきび動かなければ。だんだん楽しくなってきた。
戸棚を開けると長方形の型がたくさん出てきたので、これでパウンドケーキはどうだろうか。
食糧庫にドライフルーツやくるみ、レーズンやチョコレートなんかもあったのでそれらで適当に味変したやつを沢山並べてさ。クッキーよりボリュームもあるだろうから、魔人も満足してくれるはず。
それもリュカに手伝ってもらうと一人でやるより断然早かった。戸棚の焼き型すべてに生地を流し込む頃、魔人が窯からクッキーを出して勝手に食べ始めてしまう。
少し焦げた臭いがする。
「ああ、ごめん。焦げてる?」
「かまうものか。うむ、美味い」
見ると最初に作ったものよりは少ないものの、しっかりと焦げていた。けれど魔人は気にせず、焼き立ての熱々をばくばく食べている。
食い意地がすごいと思っていたが、こうしてみるといっそ清々しい喰いっぷりだ。
「そんなにお腹すいてるの?」
「こういった物を喰うのは久しぶりでのぅ。美味くて仕方がない」
「ふふ」
正直に褒められて嬉しくなった私たちも丁度よく焼けているのをいくつか口に入れる。バターがたっぷり入ったクッキーは香りもよくサクサクで、かなり罪を感じる味わいだった。食べながら作業を進める。
クッキーがなくなった窯にはパウンドケーキの型を入れていく。
「おじいちゃんが沢山食べちゃったから、クッキーなくなっちゃった。もっと食べたかったのに」
頬を膨らませたリュカが不満を言う。確かに、私も数枚しか口に入れていなかった。
ここ数日まともに食事をしていないのでおなかはすいているし、正直言えばもっと食べたい。リュカも同じだと思うが、ふと彼の痩せた体を思い出す。
あばらの浮いた体と、頬のこけた顔。今は顔は多少ふっくらしているものの、リュカはもっと、私よりもっと沢山食べたらいいと思う。
「また作ればよかろう?」
「そうだよ。一休みしたらまた作ろう。それより、そのおじいちゃんってなに? いつの間にそんなに仲良くなったのよ」
食糧庫の氷室に牛乳があったので持ってきた。沸かしたお湯で茶葉を蒸らして、それを牛乳で煮だしてロイヤルミルクティーを作る。砂糖も入れて、甘くする。
きれいな柄の入った高そうなカップ二つに注ぎ、残りは鍋ごと魔人へ渡し、そうして私はようやく腰を下ろした。
はぁ、やっとひと休みだ。




