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19話 無知と愚者

 客室の応接セットで泥だらけの私は魔人と向き合っていた。

 魔人は小皿に入ったクッキーを手にしていたが、あれは私が中庭へ行く前に失敗作をよけておいたやつだ。キッチンにあったものを見つけて持ってきたらしい。


 遡ること十数分前、キッチンに戻る途中で先に泥を落とすことにした私たちは近くの部屋の浴室に立ち寄った。たまたまバスタブに水が溜まっていたのでそれで体を流すことにしたのだが、なにせ二人一緒には入れない。


 順番に入るのでもいいが、リュカは全身泥だらけなので先に入れるとして、私もはやく泥を落としたかった。そこでその浴槽はリュカに譲り、他の部屋を確認しようと廊下に出たところで魔人とはちあってしまったのだ。


 泥だらけの私と次いで部屋から出てきたリュカを見て、魔人はにんまり笑った。

 魔人の目が説明しろと言っているような気がして、仕方なく泥だらけのままこうしているというわけだ。


 泥は落としたかったし、説明なら後でいいとも思った。そもそも無視することもできただろうが、私からも話したいことがあったから‥‥リュカがいない間に相談することにした。


「ほう。人形師の人形が生きておったか」


 私の話を全て聞き終えた魔人は蘇生方法を聞いても反応を示さなかったが、キルターンについては驚いているようだった。


「魔人、キルターンのこと知ってたの?」


 魔人は焦げたクッキーや生焼けのクッキーを次々に口に運んでいく。山のようにあった失敗作はあっという間になくなった。


「キルターンなる人形とは面識はない。それの兄弟人形のことを知っとるのよ。そやつが何度も言うたからのぅ。兄弟たちのことを何度も何度も耳にタコができるほどに」


 魔人はクッキーを入れていたお皿をまるでお煎餅のようにバリっと齧る。本当になんでも食べるんだと目を疑ったが、そんなことより。


「リュカが生き返る方法があるって知ってたの?」

「人形師の人形ができるとは知らなんだが、蘇生方法ならばいくつもある。それがなんじゃ」

「‥‥!」 


 魔人があまりにもあっさりと認めるので絶句した。

 そういう方法がやっぱりあったんだ。ならなぜ教えてくれなかったのだろう?


 私は魔人を睨みつけたが、にやけた顔は変わらなかった。


「なぜ教えなかったという顔をしているな」

「ええ」


 とても重要なことだった。特に、あの時の私にとっては。


「教えたところでわしは蘇生魔法を使えん。むろん貴様もな。できんことを教えてどうなる」

「けど、知りたかったの」


 そうしたらあの深い絶望も少しは軽くなったかもしれない。あの時の私には希望が必要だったのだから。


「そうは言うてもなぁ。蘇生は難しいぞ。第一に魔力、第二に術者の技量、第三に素材、第四に時間。これらがうまく嚙み合わんとできん。人形は時間を戻したのだろうが、時間魔法などそれこそ蘇生より難しかろうよ」

「‥‥」


 黙り込んだ私を見かねたのか、ため息混じりに魔人は口を開く。


「蘇生には最低限の素材として蘇生させる者の肉体が必要じゃ。五体すべて揃っているほど、肉が新鮮であればあるほど容易になる。しかし、この世界で蘇生を扱う者にはまだ会ったことがないでのぅ。おることはおるじゃろうが。これを貴様に言えば死体を連れて行こうとすると思うたのじゃ」

「だめなの?」

「阿呆。死体は腐る。それにそんな物を持っておれば人間共から怪しまれよう。それに腐った死体で蘇生など、更に難しかろうよ」


 魔人の言い方からして、事実なのだろうと思った。

 けど、今の私は説明が欲しいんじゃないから、そんなことを聞いたってはいそうですかと納得することはできなかった。


 だけど、もし仮にあの時それを聞いていたら、魔人のいう通り私はリュカの死体を離さなかったかもしれない。そう考えると、魔人ばかりを責めることもできないのかもしれなかった。


 リュカに八つ当たりをしたあの時と同じような気持ちだった。わかるのに、わかりたくない。意固地な気持ち。


「のぅ、知ったところでどうしようもあるまい?」


 穏やかな声を聞いてようやく私は顔を上げた。

 魔人は呆れているかと思ったが予想外にもいつも通りのにんまり顔だった。それをみて何故かほっとしてしまう。


 ほっとして、あの時からなにも変わっていないままじゃいけないんだと自分に言い聞かせる。

 深く息を吸って吐く。それから、口を開いた。


「きっと、魔人が正しいんだと思う。けど、それでも、知らないより知ってた方がよかったって思うの」


 これは駄々だ。

 この世界でどんな身の振り方をすべきなのか私にはまだわからない。今は魔人の言うことを素直に聞いて、従うべきなんだろうと思う。


 魔人のため息を聞くたび、私はどこかでそれをこわいと感じる。落胆、失望、疲労‥‥私のせいで相手が抱くその感情がとても嫌で、恐ろしかった。


「私、この世界のこと何にも知らないし、リュカしかいなかったから‥‥。だから、そんな方法があるなら教えてほしかった‥‥。知っていたら、きっとあんな気持ちにならずにすんだって‥‥思うの」


 あんな気持ちにならずにすんだからと言って事実は変わらないが、そうしてほしかった。ただそれだけ。


 こんな風に駄々をこねたら相手にどんな顔をされるのかと想像するだけで嫌な気持ちになる。できれば避けたいことだったけど、どうしても譲れなかった。


 魔人は今度こそ呆れるだろうか。


「ならば、今後は必要あれば話すことにしよう。それでできぬものはできぬと、諦めてくれるかの」


 しかし、以外にも魔人は私のわがままをすんなり受け入れてくれた。


「ありがとう。‥‥だけど、嘘とか、適当は嫌だよ」

「あい、分かった」


 疑っても嫌な顔一つしない。

 魔人の態度は変わらず不遜で上からで顔はにやけていたけれど、その瞳にはちゃんと私が映っていた。


「しかし、主が何を知りたがり、何を知らんのかはわからんからな。知りたければ聞け。大抵のことは答えてやれるでの」

「けど魔人、私が何か聞くとため息つくじゃない。馬鹿にするしさ。迷惑じゃないの?」

「迷惑もなにも、説明ほど面倒なものはないからのぅ。仕方ないじゃろう。それに主の境遇を鑑みたとて、目に映るもの全てをいちいち教えてなどいられんわ。しかし、聞かれれば答えよう」


 魔人はポットから直接水を飲む。常に何か口にしていないといられないようだった。


「いいか、無知を自覚するのであれば無知を恐れぬ勇気を持て。無謀ではなく勇気じゃぞ。わかるか? ため息なぞに怯えてどうすると言うておるのだ」


 説教くさかったけど、言い方は穏やかで優しかった。これが魔人なりの気遣いなのだと思うと、なんだか嬉しくて少しおかしい。


「偉そ」


 だからだろうか、こんな軽口をたたけるのは。


「教えを乞うてくる者相手に、なぜわしが下らねばならん」


 魔人はソファの背もたれに肩を乗せてくつろぎながら、空になったティーポットを頬張り咀嚼し飲み込んだ。


「小僧がようやく出てきたのぅ。主も早ぅ泥を落としてこい。そして菓子を作るのだ。先ほどの焼き菓子は美味かった。またあれを作れ」


 あの生焼けや焦げたのを? と思いながら振り返ると、真新しい服に着替えたリュカが水を滴らせながらこちらへやってくるのが見えた。


 リュカが歩くたび絨毯には彼の足跡型のしみができる。あわてて立ち上がり、バスタオルを探した。たしか浴槽のある部屋にあったはずだ。


「チトセおまたせ、どう? 綺麗になった?」

「びしょびしょじゃない。ちゃんと拭きなさいよ、もう」

「えー」


 リュカが両手を広げてくるくる回ると、毛先や指先に溜まった水滴があたりに飛び散った。浴室からタオルを持って戻ると、リュカを捕まえた魔人がタオルを受け取る。


「よい。わしがやろう。主はさっさと泥を落としてこい」


 よほど早くお菓子が食べたいらしい。


 魔人は大きなバスタオルを広げると、リュカの頭部を包み込んで四本の腕でめちゃくちゃに拭いた。


「‥‥きゃっ!」

「動くでない。お主は愚者そのものじゃな。全く呆れるわ」


 乱暴に拭かれてぐらぐらとするリュカは体の向きを変えて魔人の腹に抱きついた。バランスをとっているのか甘えているのか分からないが、あんなことができるなんて相当大胆だと思う。


「魔人、僕のこと嫌い?」

「子供は好かん」

「ええっ、そんなのやだぁ」

「では身の回りのことくらい己でできるようになれ」

「そしたら好きになる?」

「今よりはな」


 なんだか微笑ましい光景だと思ってみていると、魔人が顎でさっさと入れと促してきた。怒られないうちに着替えを持って浴室へ向かう。


「じゃあ、頑張る」

「お主は愚かじゃが素直じゃのぅ。愛い愛い」

「きゃーっ!」


 隣の部屋から楽しそうな悲鳴が聞こえてきた。


 魔人て実は子供好きなんじゃないだろうか?

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