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17話-2 人形師の人形

 鎌が降り降ろされる、その時だった。


「だめヨー!」

「あっ! カリンカ! こらっ」


 どこからともなく女の子の声がしたかと思うと、赤いドレスの子供が走ってきて私とキルターンの間に割って入った。そして踊り出した。くるくると。

 するとキルターンも同じように踊り出した。くるくると。


 何が起きているのかよくわからないが、とにかくキルターンに首を刎ねられずに済んだ。


「た、助かった‥‥?」


 と思った私の目の前をブンッと風が音を立てて通り過ぎていく。

 踊るキルターンの手に握られた鎌が目の前を通過したのだった。


「ひっ」


 思わずその場でへたり込んだ。

 あと数センチ近かったら、首か顔面がすっぱりと切れていたかもしれない。恐怖で膝が笑う。


 やがて踊り続けるキルターンの手から鎌が落ちると赤い子が叫んだ。


「無題の時計! それ持っていっテ! 隠しちゃっテ!」


 黒い人形は言われた通り鎌を持って中庭の端の方へ走って行ってしまった。


「ああっ! もう! どうして邪魔をするのさカリンカ! 時計も!」

「キルターンのおバカさン! リュカのお友達ヨ! 怪我なんテさせたら、今度こそ本当にリュカに嫌われちゃうわヨ!」

「あ‥‥」


 どこか、近くでティーカップが割れるような音がした。


 やがて、カリンカと呼ばれたその子が踊るのをやめるとキルターンも止まった。二つの帽子の先がうなだれるように垂れている。キルターンもうつむいていて、表情がよく見えない。


「わかっタ? もうしなイ?」

「うん‥‥。そうだね。彼女を傷つけるのは止すよ」


 しょんぼりとした声だった。

 それを聞いて、赤いドレスが満足そうに揺れる。


「いイ子!」


 狂気的に暴走したキルターンはなんとか説得されてくれたようだ。命の恩人だ、とカリンカを見つめる。


 見つめていたその子がくるりと体の向きを変えた。


「あ‥‥っ!」


 その顔は手書きだった。よく見れば彼女の体は頭からつま先まで全てが布でできている。金色の髪の毛は毛糸だ。


 昔おばあちゃんが持っていたのにこんな感じのがあったはずだ。同じなら、ラグドールってやつかもしれない。


 カリンカはトトト‥‥とバレリーナがつま先で歩くような歩き方で私に近づいてきた。ふわりとドレスを持ち上げて会釈する。


「ごめんネ。おどろかせテ。もう大丈夫だカラね。‥‥キルターンと仲直りシてあげてほしいノ」

「‥‥な、仲直り‥‥?」

「お願イよ。キルターンにも悪気はなかったと思うノ。キルターンって思い込みが激しくテ、たまにこうやって暴走しちゃうのヨ‥‥」


 そう言ってペコペコと頭を下げるカリンカは小さいのにしっかりしていて、とても健気に思えた。


「‥‥」


 カリンカは命の恩人だし、キルターンに悪気があったわけじゃないなら、仲直りはやぶさかではない。

 むしろ、いきなり鎌を振り回すような狂人とはここで仲直りしておいた方が、禍根を残さず済んで良い気もする。


 これでキルターンの暴挙の原因が、私がリュカを殺したせいだっていうならその方がよっぽど理屈が通るけど、様子を見る限りそうじゃないみたいだし。


 黙り込んだ私を見上げて、カリンカは手書きの瞳に毛糸の涙を浮かべて懇願してくる。


「リュカの友達と喧嘩をしたなんテ、リュカに知られたら、この子、嫌われちゃうワ‥‥」


 どこかでまたカップの割れる音がした。


「うん‥‥。私も悪かったし、仲直り、してくれるならしたい」


 膝はもう大丈夫だ。ゆっくりと立ちあがる。


 正直キルターンとのやりとりの中で私に非があるとはこれっぽっちも思えなかったが、先ほども言った通り仲直りは私のためでもあったし、命の恩人のカリンカのためでもある。


 それに私だって、リュカの友達‥‥いや、子供といつまでも仲悪くいたくない。きっとリュカは仲良しを一番嬉しいと思うだろうから。


「ありがトう! よかったワ。コれでリュカも悲しまないわネ」

「‥‥」


 カリンカはくるくる踊りながらキルターンの足元へ移動する。


 ごめんねカリンカ。

 そのリュカはもう‥‥いないんだよ‥‥。


 私はその言葉を口にできなかった。言ったらキルターンがどう暴走するかわからなかったし、リュカがいないとわかったらカリンカもキルターンを止めないかもしれない。


 それに、リュカの名前を口にするとき嬉しそうにするカリンカの様子を見て、悲しませたくないと思ってしまったのだ。


「キルターン‥‥ごめんなさい。私、勘違いして‥‥」


 歩み寄ったキルターンはまだうつむいていて、正直差し出した右手が震えた。

 もし彼がまだおかしなままだったら、という恐怖が残る。


 しかし、恐怖とは裏腹にキルターンは普通に右手を差し出してきたのでそのまま仲直りの握手ができた。


「‥‥?」


 その手は妙に固かった。

 まるでそう、ちょっと違うけど、例えるなら陶器製のティーカップのような手触りだ。


「いや、俺こそ怖がらせてごめんね。ちょっと興奮しちゃったみたいだ‥‥」


 ばつが悪そうに頭を上げたキルターンの顔を見て、私は固まった。


 彼の頬には大きなヒビが入っていたのだ。

 まるでお皿が割れたようなそんなヒビが‥‥。


 それを見て、何度か聞いた何かが割れる音の正体を知る。

 握手したその手を見ると、キルターンの手首には丸い関節がついていた。人間にはないパーツ、球体関節というやつだ。


 どうして今まで気が付かなかったのだろう?

 気が付いてしまえば、彼の首にも指にも細かな線や関節パーツがついているのが見えるのに。


「あなた‥‥人形なの?」


 もう一度キルターンの顔を見る。人間のような血色にスムーズに瞬きする瞳。口は柔らかく弧を描き、滑らかに動く。


 顔には継ぎ目なんて全くない。一体どうなっているんだろう?

 それから、このせいだとわかった。


 私は彼と対面した時、その自然な表情の変化や血色から、彼を人間だと思い込んだのだ。

 それで、手でばってんを作った時やクッキーをつまんだ時見えていたはずのものに気づかなかった。


 だって、今でも信じられない。

 夢の国から出てくるときに見たリュカ人形とは全然違う。


「そう。俺は人形なんだ。天才人形師キルターン・リュカルイの遺作。タイトルは、人形師キルターン・リュカルイ」


 キルターンは反省しているからか少し大人し気に名乗ったが、どこか胸を張っているようにも見えた。


 しかし肯定されてみてもやはり人形とは思えなかった。

 その頬のヒビがなければ、いやあったってそう感じたかもしれない。球体関節やヒビなんて、特殊メイクで作れるだろうし。

 こうして触れなければ納得できなかっただろう。


「リュカルイ‥‥。そっか、あなたを作ったのがリュカってことなのね? だから、リュカがお父さんで、あなたが子供‥‥」


 けど合点がいった。

 そういうことなら、納得できる。


 しかし、あのリュカがこんな立派な人形を作れるのだろうか。

 リュカを見くびるわけじゃないけど、私の知っている彼と目の前の人形のクオリティにはなんだか乖離を感じる。


 リュカの持っていた操り人形はハンカチで作る人型とか、てるてる坊主みたいな簡易で簡素な作りのものだった。子供が作る可愛いお人形、あれはリュカのイメージ通りだ。


 しかし、キルターンやキルターンの持っている操り人形は素人目にも造形や細工がプロの技という感じだ。まさに陶器の人形。美術館にありそうな、個展とかに出されていそうなやつ。

 間違っても十代そこらの子供が作ったものとは思えない。


 フランス人形だった時のリュカもそりゃ綺麗な人形だったけど、キルターンはあれとも全然違う、比べ物にならない。

 本物を前に圧倒される感覚、というのがこれなのだろうか。


 だからこそ、どう考えても何度見ても作者と作品とのイメージがずれる気がするのだった。


 あれかなぁ、人形好きだったおばあちゃんがたまにうんちくを話すのを興味が持てなくて聞き流していたけど、あれで妙な知識が付いてしまって、逆に素直に作品を見れなくなったとかなのかなぁ。

 とか考えてしまう。


 しかし、私が彼ら親子の関係性をしっかりと認識したとわかるとキルターンは笑顔になった。太陽のような笑顔で嬉しそうに胸をはる。


「そうなんだ。俺を作ったのがリュカ。だからリュカがお父様!」


 けれどすぐに表情が抜け落ちてがらんどうの人形みたいな顔になる。このギャップにはまさに呪いの人形的な恐怖を感じる。


「‥‥けど、そう言うとリュカは怒るんだよね。それで俺、‥‥今、リュカに距離をとられてて‥‥。これ以上リュカにき‥‥、き‥‥っ」


 バリンと音を立ててキルターンの頬が欠け落ちた。

 私はあわてて落ちた破片を拾い上げる。


 カリンカがキルターンの足元に寄ってきて、なだめるように優しく語り掛けた。


「いいノ、いいノよキルターン。それは言ワなくていいノ」

「そうだね、そうだ‥‥。うん。カリンカ、ありがとう。もう大丈夫だ」


 なんとなく、この二人の関係性が姉と弟に見えてきた頃、中庭の向こうにいた時計の子がいつの間にかキルターンの肩に現れた。

 無言で自分の頭に着いた時計の針を逆回しに動かす。


「あっ!」


 時計の針が逆に回ると、キルターンの頬がみるみる元に戻っていった。私の手の中にあった破片はそのまま残っているのに、もうキルターンの頬のどこが欠けていたのかわからないほど完璧に、彼の顔は元通りになっていた。


「ありがとう、時計」

「ケケ‥‥」


 どこからか少しだけ熱っぽい金属の臭いがした。


 完全に直ったキルターンは、最初に会った時と同じ笑顔をしてみせた。


「とにかく、俺は今リュカとちょっと喧嘩をしていてね。ちょっとだけセンシティブになってるんだ。だから、俺がここにいたってことはリュカには内緒にしていて欲しいんだけど、約束してくれるかな?」


 ちょっとのセンシティブで鎌は振り回さないだろうし、頬も割れないんじゃないだろうか。


 そう思ったからこそ、私は深く考えるのはやめて頷くだけに留めた。


「わかった。内緒にするね」


 それに、そもそも、そのリュカはもう‥‥。


 私はリュカの墓標へ視線を移す。キルターンもつられてそちらを見たので、まずいと思って視線を戻したが、彼はいたって普通に時計に話しかけ始めた。


「じゃあ、そろそろやろうかな。時計、いつも通りでお願いできる?」

「ケケケケ‥‥」

「そう言わず。いいじゃない。リュカだよ? 俺たちのお父様じゃないか」

「ケッケケ、ケケッ」


 時計は吐き捨てるように音を立てると、しぶしぶと言った感じでキルターンの肩から降りて、のろのろとリュカの墓標へ向かって歩いて行った。


 それを見て、考えるのをやめた私の脳内が、これってやばくないかと警鐘を鳴らす。


 彼らがリュカの死を知ったら、どうなると思う? 関係性のクイズを外しただけであの騒ぎだったのに、止められなくなるんじゃない?


 というか、これはわかっているんじゃないだろうか。だって今リュカのことを話していたよね。

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