17話-1 人形師の人形
中庭へ着いた時そこに人影が見えたから、思わず物陰に隠れてしまった。
城の中にいた人たちは全員魔人が食べたらしいが、生き残っていた人だろうか?
それなら魔人を呼んだ方がいいのだろうかと悩む。
けど、魔人を呼んだ場合確実にあの人は死ぬだろう。それは自分が直接殺すようなものだ。
ローベルトのように直接手を出してきた張本人ならいざ知らず、観客としてきた人や城の住人なら多少の抵抗を感じる。
彼らもまた悪辣な儀式を放置し楽しんだであろう悪人であることに変わりはないとは思う。ローベルトとの違いは直接なのか間接的になのかの差くらいしかないだろう。
それでも自分の行動により人が死ぬというのがいまだに受け入れがたかったし、万が一関係のない人であればそんな間違い犯してはならないと思った。
この世界ではそんな綺麗ごとがどこまで通用するのかわからないし、いつか受け入れなければならないのかもしれない。けれど今はまだ、その覚悟を持てそうになかった。
だからその人影が本当に魔人を呼ぶべき存在なのか見定めるためにも、もう少し様子を見るべきだ。
私は物陰から顔を出し、中庭の様子を窺った。
ようく観察したその人が、青い服を着ていたからだろうか。思わず彼の名前を呟いていた。
「リュカ‥‥?」
目を疑い、クッキーを落としかけた。
そんなはずはない、リュカのはずがないと、もっとじっくりと観察する。
「‥‥」
噴水のあった大穴のきわに、ピエロのような格好の人が立っている。リュカよりずっと青い、空のような色の服。長く垂れた襟は白く、まるで雲の浮かぶ青空を連想する色合いだった。
帽子はリュカみたいに先が二つに分かれているけれど、ボリュームがあってまるで耳の折れたウサギのよう。その人が動くたびに鈴の音が聞こえてくる。
その人の周りを膝の高さくらいある人形のような生き物がくるくる踊るように回っていた。赤と黒の生き物と彼は何かを話しているようで、ときおり笑い声が聞こえる。
様子からして、お城の人ではなさそうだった。
やっぱり、恰好がリュカに似ていると思う。
‥‥もしかして、もしかしてだけど、本当に‥‥リュカ?
けど、彼とは背の高さが全然違う。
それでも期待しないではいられず、気が付けば私は物陰から出て彼らの元へとゆっくり歩み寄っていた。
じっとピエロの人の顔を見る。
もう少しこちらを見てくれたら、顔がよく見えるのに‥‥。あと数メートル、というところまできて、我慢できなくなって口が動いた。
「リュカ?」
その声にその人は振り返った。目と目が合った瞬間、私は落胆する。
ああ、やっぱりそんなわけがなかった。
似ていると思ったのは恰好だけで、リュカとは似ても似つかない人だった。
視線が地面に落ち、手元のクッキーが視界に入る。
「お嬢さんはリュカのお友達?」
「えっ」
顔を上げるとリュカの偽物がいつの間にか目の前にきていて、人懐っこい笑顔を浮かべていた。屈んで私に視線を合わせてくれている。
「は、い‥‥」
近くで見るとやっぱりリュカとは全然似ていなかった。
健康そうな血色で肌艶のいい頬。くまなんてない目元。口の端をにっと上げて楽しそうに眼を細めると、思わず見とれてしまうくらい眩しい、太陽のような笑顔。
全然リュカと違う。なのに、やっぱりどこかリュカに似ている気がするのはなぜだろう? やはり服装のせいだろうか? 上手くは言えないが、それだけじゃない気がする‥‥。
不思議に思い私は彼をまじまじ見つめた。初対面の相手をこんな風に見るなんて大変不躾な行為とはわかっているけれど、そんなことすら頭から抜け落ちていた。
しかし彼は怒るでもなく、逆に私を観察しているようだった。そりゃ、こんな女がいきなり現れたら警戒してそうなるだろう。
けど警戒しているというわけでもない。単純に興味があるみたいに見えた。
彼が何かに気が付いたように視線を落としたので、つられて私も視線を下げると、手に持ったクッキーの包みが開いてこぼれ落ちそうになっていた。慌てて持ち直す。
「いい匂いだね。それ、食べてもいい?」
「あ、これ‥‥」
私が言い終わる前に彼は一つ手に取っていた。
「リュカに上げようと思って‥‥」
もう口に放り込んでいた彼は、リュカの名前を出すとむせた。
「ごめん。一つ食べちゃった。でもこれ甘くてすごくおいしいね。リュカの好きな味だ」
リュカのことを知っている彼は、一体何者なんだろうか?
きっと知り合いなんだろうけど、ただの知り合いじゃない気がする。だってとても親しそうにリュカのことを話しているから。
そう考えて、一人思い浮かぶ人物がいた。私は思わず叫んだ。
「あ、あ! ワールドエンドさん!?」
リュカのことを、私のことを助けてくれた、夢の国の、お嬢様関係の人!
なら、きっとリュカをどうにかしてくれるのでは!? 生き返らせたり、できるのでは!?
私は大いに期待を込めて彼を見た。
しかし、彼はぽかんとしている。
「うん? それはあの家庭教師のこと? 違う違う。僕はキルターン。見ての通りただの人形師の人形さ」
彼はそう名乗りくるりと回った。
いつの間にかリュカが持っていたような操り人形を手にしている。その糸の先にぶら下がる人形はリュカのよりずっと精巧なものだった。
「そっ‥‥か。ちがうんだ‥‥」
がっくりと肩が落ちる。
私の期待は外れてばかりだ。けれど、どうしても期待してしまうんだ。
魔法がある世界だし、ケガもすぐ治るんだから、死んだ人だって生き返るんじゃないかって。そういう方法がなにかあるんじゃないかって。そう期待してしまうの。
またリュカに会いたくてたまらない。
生きてるリュカを抱きしめて、生きてるんだ、よかったって言って安心したい。
せめて、あんな別れ方じゃなければよかったのにと心の底から思う。
「‥‥じゃあ、リュカのお兄さん?」
リュカではないけど、それでもこんなにリュカに似ていて親しそうなら、きっと親族か誰かなのだろう。それなら、リュカの死んだ原因を説明した方がいいだろう。
‥‥私のせいで、リュカが死んだと。
暗い顔をしているだろう私と正反対に、キルターンはけろりとしていた。それから両手を広げて肩をすくめる。
「ぶっぶー。それ、よく言われるんだよねぇ。そんなに兄弟っぽいかな?」
「あ‥‥、すみません‥‥。似ていたから‥‥」
「そう、似てる? それは嬉しいなぁ。じゃあクイズ! 俺はリュカのなんでしょうか?」
なんだか、初対面の人にこんなことを思うのってどうなのって感じだけど‥‥さっきから、この人のこの明るさってなんなんだろうか。なんだかちょっと苦手な感じがする。
というか、リュカの知り合いでリュカの墓前にいたということは、リュカがあそこに埋まっていることをこの人は知っているんじゃないだろうか? たまたま偶然、あそこにいたとは考えにくいのだけど‥‥。
「はやくはやく!」
急かされ、私は焦る。
今はこの人の質問に答えた方がいいだろう。リュカの死因なら、このあといつでも話せるのだから‥‥。
「じゃあ‥‥」
「うん?」
しかし私は口ごもった。答えを待つ彼の目が、異様にキラキラしていたからだ。私の返答に大いに期待を込めている。まるでさっきの私のように。
下手なことを言えばがっかりさせてしまうだろう。
さっきの私のように。
私ががっかりしたのと同じような気分を味わってほしくはないと思う。
けど、関係性なんて沢山あるんだから、ヒントもなく当てるなんて難しいとも思う。まぁ、恰好とかがヒントだって言われたらそうかもしれないんだけど。
ここは、無難に‥‥。
「友達、ですか?」
「ぶぶーっ。ええー? 友達に見える?」
両手で大きくばってんを作る。よく見れば両手に下げられた人形たちも両手でばってんを作っていた。
素直にすごいけど、なんだかちょっと‥‥。
この人はピエロとかが本業なんだろうか。
人を笑わせるのとか得意そうだと思うことにする。
「じゃあ、ヒント! 誰にでもいて、いない人はこの世に存在しない人と言えば?」
「え?」
「ちなみに、間違えたら罰ゲームがありまーす!」
「ええっ」
いやにハイテンションだなぁと思いながら、私は真剣に考えることにした。さっきまでもまじめだったんだけどね。なにしろ罰ゲームがかかっているから‥‥。
罰ゲーム、とは。
「罰ゲームってなんですか?」
「ダメダメ。それを教えたら君逃げちゃうから、教えないよ」
「‥‥え?」
逃げちゃう罰ゲームって、いったい何?
顔に落書きとかそういう次元じゃなさそう。急に怖くなってきた。
「さ、答えて~? 時間制限つけよっか。無題の時計、おいで。さぁ、一分計って」
「ケケケ‥‥」
キルターンの元へ駆けてきた黒いのは、近くで見るとやはり人形だった。人形はキルターンの足元で細い針のような腕を立てて止まった。かと思いきや一定のリズムでその腕は時計回りに回りだす。
その様子はまるで時計の秒針みたいに見えた。呼ばれた通りこの子は時計なのだろう。
人型の時計とは、なんていうかシュールだ。
「急がないと。時間が過ぎたら罰ゲームだよ~。残り五十秒!」
「ええっ!?」
一分って短すぎるから違うと思っていた。
やばい、あと五十秒で答えなければいけない。
とりあえず、改めて考えてみよう。
えっと、誰にでもいて、いない人はこの世に存在しない人‥‥だったよね?
それで、キルターンとリュカの関係性。
お兄さんではなかったし、友達でもなかった。
他に考えられるのは、ピエロ(仮)の師匠と弟子とか? でもどちらも誰にでもいるわけじゃないか。私にはいないし。
あとは、そうだ、キルターンは人形師の人形って言った。
人形師ってことは、やっぱり弟子とかいるのかな? ああでも、それはさっきと同じか‥‥。
なら人形? いや誰にでも人形はいないし。女の子ならお気に入りの人形の一つ二つあるかもだけど、私お気に入りの人形なんかなかったし、誰にでも、は当てはまらないと思う。
「あと十秒だよ」
「わわわ‥‥っ」
えっと、えっと。
私にもいるんだよね? いるってことは、身の回りの人!
「ご、よん、さん‥‥」
カウントダウンするキルターンの手にはいつの間にか大きな鎌が握られていた。死神とかのイラストでよく一緒に描かれてるみたいな大きなやつだ。
‥‥え? 鎌?
もしかして罰ゲームって、それ‥‥?
「に、いち‥‥」
笑うキルターンと目が合う。
けど、口元だけが笑みを浮かべていて目だけが笑ってない。ガラス玉みたいな透明な瞳が、何の感情も浮かべずに私を映している。
いや! こわい!
けど、焦りと恐怖でまともに考えることなんかできなかった。とにかくもう、なんでもいいから答えようと思った。身の回りの人、として一番に思い浮かんだのは家族‥‥。
そう、家族だ。
「お、親子!」
家族と連想したのに口から出たのは親子という単語だった。まぁ、言い方は違えど、答えとしては同じだよね?
そうだよ。
家族なら兄弟って答えと重複するけど、親子ならもっと限定的な意味になる。‥‥そのくらいしか違いがないはず‥‥。
キルターンは動かなかった。じっと考えているみたいだ。
考える必要があるってことは、ぎりぎり違うってことなのだろうか? ぎりぎり当たっていて欲しい。
私は心臓をどきどきさせながら、答えを待った。
ああ、この緊張感はリュカの時にもあったな、やっぱり二人は似ている気がする。
緊張の数秒間はまるで何倍にも感じられた。
真顔だった彼がふっと表情を崩しほほ笑んだ時、大きくて深いため息が漏れた。私は息を止めていたらしい。
「‥‥親子、うん、そうだね! 僕らは親子!」
「よ、よかった‥‥」
妙な緊張感から解放されて、どっと疲れた。
「それで? どっちがどっちでしょう?」
「ええっ!?」
まだ続いていたのかと思うけど、今度は簡単だった。
「そんなの‥‥そりゃ」
だって、そんなの年齢を考えたらわかるじゃない? リュカって私と同い年くらいなんだよ? なら、まだ二十歳にはなってないくらいかな。
で、キルターンって若く見えるけど、まぁ、二十代中盤くらいに見えなくもない、と思う。
‥‥年上の人の年齢なんて実際よくわからないけど。
もしかしたらもっと若いかもだけど、でも若くして子供を持った可能性も十分あるよね?
とにかく、リュカよりは年上で間違いないと思う。逆はないかな、普通に考えて。
だから‥‥。
「キルターンさんがお父さんでしょ?」
私は自信満々に答えた。
「ぶっぶー!」
「えっ!?」
しかし不正解。予想だにしなかった結果となった。
じゃあ何!? リュカがお父さんってこと!?
見た目詐欺じゃない!?
いやいやいや、絶対に! ありえないでしょ!
「じゃあ、罰ゲームね? 首を刎ねまーす!」
結果に驚いている暇もなく、キルターンが鎌を振り上げる。突然のことで悲鳴を上げる余裕もなかった。私は息を飲んで頭上高く振り上げられた鎌を見上げる。
こんなところで、こんなことで、死ぬんだろうか。
頭が真っ白になる。




