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16話-3 本契約

 魔獣ってなんだろう。首が何個もある犬とかそういう怖いオバケと動物が合体した‥‥的な‥‥?


「魔法の生き物のことじゃ。一般的な動物とは違ってのぅ。凶暴で強く、魔法の力を秘めておる。主の治療をした魔石はやつらから奪うことが多いのじゃが、魔石を食うのは魔力を直接喰うに等しい。魔獣本体も相当魔力を秘めておるからの。効率が良い。人がだめならそれしかあるまいて」

「なんだ、そんな方法もあったんだ。じゃあ、そうしてよ」


 人を殺さなくたって大丈夫なんだと思うとほっとした。殺さなくていいなら、断然その方がいい。


「あい、わかった」


 魔人がやけににんまりしているが、私は何か間違ったことを言っただろうか?

 いや、言ってない。


「これより先、契約に至ったのちは体力仕事はすべて貴様に任せることとなる。それも良いか?」

「え? 体力仕事って? まさか、旅の間中あなたを抱えて移動しろってわけじゃないよね?」

「そうではないが、そういうことじゃの。主、馬を扱えるか。旅では必要不可欠なのじゃが」

「う、馬!?」


 乗馬経験すら、ない。というか本物の馬を見たこともない。


「ないか。まぁ、なくとも問題はない。そう難しいことではないでのぅ。教えてやるから覚えるんじゃの」

「‥‥わ、わかった。やってみる」


 魔人をおんぶして歩くよりは断然楽だけど、けど、馬‥‥。できるか不安になるが、やるしかない。


「では、これで契約書を作るかのぅ」

「‥‥わ」


 魔人が手をかざすと、そこに白い炎が燃え上がった。その中から一枚の紙が出てくる。そこには私たちが今話したことが小難しい言葉で書いてあった。

 読み終え、特に問題はない‥‥と思うので契約の最終段階である署名をする。


 契約書にそれぞれサインをすると、真っ白な炎に焼かれ書類は消えた。魔人との契約は割とシンプルでわかりやすかった‥‥と思う。


「これでいいんだよね? 私、騙されてないよね‥‥」


 サインをして今更不安が襲ってきた。


「不安か?」

「当たり前でしょ‥‥。私を騙せるって言った口でよく言う‥‥」


 すると魔人は不思議そうに首を傾げた。


「これでも信用を得るために譲歩しとるのだがなぁ」


 驚いた。

 そんなことを考えていたとは思っていなかったから。


「例えば‥‥なにを?」


 言ってから、願いの範囲を譲ってもらったっけなと思い出す。


「仮契約を成した時、わしはあれを本契約とはせなんだろう?」


 予想斜め上からの話に私はぽかんと口を開けた。


「だって、詳細を決めないと本契約できないって言ったじゃない」

「うつけ。本来ならば助けてのあの一言ですべてが決まっても文句は言えんかったんじゃぞ。命がかかっている場合、契約書はいらんのだ。命や魂に直接書き込まれるからのぅ。‥‥まぁ、知らんで当然か」

「‥‥」


 その通り、そんなこと知らなかった。

 じゃあ、私は危うく魔人側にしてみれば都合のいい契約を、そうとは知らず押し付けられる可能性もあったってわけだ。


「知らんで当然の貴様が考えられるよう、色々話してやっただろう。期限も付けたしのぅ」

「‥‥たし、かに?」

「ああ、主の考えなしには頭が痛くなる」


 そう言って大げさに頭を抱えてみせる。むっとして、言い返したくなる。


「‥‥けど! でも‥‥」

「けど、でも、なんじゃ」

「‥‥。‥‥‥‥。‥‥‥‥たしかに」


 言い返したかったけど、言い返せなかった。


「まぁ、無知な者を騙すのは簡単だがの。主とは長い付き合いとなろう。ならば信頼は築いておくに越さん。十年などわしにとっては瞬きの間じゃが、主にとっては長かろう。その間、いつ自分を騙すかもわからん者が隣におっては精神が病むじゃろう?」

「‥‥」

「病んだものは面倒くさいでのぅ。なるだけ、心身ともに健康でいるよう努めよ。信頼はそれに最も重要な肥やしじゃ」


 言われて、そうなのかな? と考えてみる。でも、リュカのことを信じようと思った時のことを思い出して納得した。


 魔人は意地の悪いことを言うけど、契約の時も細かに説明してくれた。願いだって拡大解釈してくれた。私を騙そうとしていたらきっと自分が不利になるようなことは言わないししなかったはずだ。


 それでも、交わした契約が本当にフェアかはわからない。

 今からだって、魔人が私を騙そうと思えばきっと騙せるのだと思う。私には圧倒的にこの世界の情報が少ないから、判断材料がそもそもないし。


 けど、リュカを信じられなくなったあの夜、信じようと誓った時、私が思い出したのはリュカの行動だった。彼の発言と行動には嘘偽りがなかった。あったのは私の勝手な猜疑心だけだった。


 そう考えてから魔人の行動を思い出してみた。するとなんだか、魔人の行動はすべてが優しくて、私のために動いてくれていたような気がするのだった。


 私を労わる様にわざわざベッドに寝かせてくれたし、ご飯だって用意してくれた。お風呂に水をはったり着替えも用意してくれたし、リュカのために穴を掘ってくれたりもした。私の怪我を治すための石もどこかからか持ってきてくれた。


 そもそも、塔で私が足を滑らせたとき助けてくれたんだった。


 ‥‥捕まえようとしただけだったのかもだけど。

 だってあの時から魔人は契約をしたがっていたわけだし、すべて契約のための打算かもしれない。それとも契約者への最低限の対応なのかもしれない。


「そっか」


 でも、それでも、私が助かったのは事実だ。


「ねぇ、魔人」

「なんじゃ」


 今言うのもなんだか変かもしれないが、今言わないときっとこの後ずっと言えない気がする。だから、私は魔人を真っすぐに見た。魔人も相変わらずのにんまり顔で私を見ている。


「ありがとう、‥‥ございます」

「ほう?」

「‥‥助けてくれた、から」


 魔人は面食らったように呆けて、すぐに笑んだ。


「なんじゃ。チトセ、貴様少しは可愛げと言うものがあるではないか。愛いのぅ、愛いのぅ」


 そう言って私の頭をがしがしと撫でる手は、痛いけどあたたかくて優しい気がした。

 しかし髪の毛もめちゃくちゃになっていくし、子ども扱いは恥ずかしい。


「や、やめてよ! 子供じゃないんだから‥‥って、あれ? 私の名前‥‥言ったっけ?」


 そう言えば、名乗っていないことに気がついた。

 普通契約する相手の名前くらい知っておくものじゃない? 信用云々言うなら、なおさら。


「契約書に書いたろう。その時に見た」


 それありなの?

 私も魔人の名前が知りたい‥‥かもしれない。というか、魔人って呼ぶのも変な気がするしね。


「魔人の名前見てなかった。なんて言うの? 教えてよ」

「さぁ、忘れたわ」


 なのに魔人ときたらそんなことを言う。

 契約相手の名前も見なかったなんて私もうかつだったけど、こんなことはじめてだからわからなかったのだ。仕方がないと思う。


 私は記憶を辿った。英語は苦手だから、さらっと見ただけでは読めなかったけど、流暢な筆記体の始まりは、そう‥‥。


「自分の名前を忘れるわけないでしょ。えっと、Eから始まってたよね? なんだっけ‥‥。契約書ってもう見れないの?」


 しかし、魔人は嫌そうに顔を歪めた。


「呼びたければ食欲魔人でもはらぺこ男爵でも好きなように呼ぶがいい」

「なにそれ」

「字名じゃ」

「‥‥」


 本名を名乗らないなんて、本当に信頼関係を築く気があるのだろうか? まぁ、字名ってことは愛称だから、仲良い感じではあるのかもだけど、本名を名乗らず愛称で呼ぶなんて、距離感どうなっているんだろう?


 まぁ、呼び方はおいおいでいいか。


 なんて考えていたら魔人が立ち上がる。


「さて、契約がまとまったなら早い方がいいのぅ。明日の朝、ここを発つとするか。それまでに準備をせねばのぅ。‥‥主、菓子は作れるか?」

「え? ‥‥少しなら」

「ならばありったけの食材を使い、できるだけ多くの菓子を作れ。カロリーの高いものが良い。できるな?」

「まぁ、はい」


 突然すぎるものの、私は頷くしかできなかった。


 手招く魔人について行くと、城のキッチンへ案内された。さすがお城なだけあって広く大きく、食材は豊富で、お菓子の型もたくさんある。


「わしは明日の準備があるでの。チトセ貴様は今からこのテーブルがあふれるほどの菓子を作れ。生焼けでも丸焦げでもかまわんから、砂糖もバターもたっぷりとあるだけ使え。よいな」

「え、えっ? 今から?」

「そうじゃ。今からできるだけ多く作るのじゃ。このテーブルに山ほど。さぁ、はじめよ」


 それだけ言い残すと魔人は去っていった。


 私はキッチンを見渡す。

 奥の方に大きな黒い鉄の扉がついたピザ窯みたいなものがある。この世界ではもちろん電気などないので、薪に火をつけて焼くのだろう。電気式のオーブンしか使ったことがないので不安だが、生焼けでも黒焦げでもいいならどうにかなるだろうか。


 とりあえずありあわせの材料をそろえ、火の調整もかねてクッキーを焼いてみた。思った通り釜は火の加減がかなり難しく、クッキーは焦げを通り越して消し炭になったものもあるし、生焼けのものもできた。


 不思議な感覚だった。今朝まであんなに塞いでいた気持ちが、今は少し軽い。頭の中も心の中もリュカのことでいっぱいだったはずが、今はこうして必死にクッキーなんか焼いている。


 魔人に言われるがまましていることだけど、嫌だとは思わなかった。

 むしろ、なんだか今はこうしてやることがある方が、動いている方が楽な気がした。

 こうやって、いつかリュカのことを忘れちゃうんだろうか?


 それは嫌だ。


 前を向くのは大切だけど、失った悲しみも出会えた喜びも忘れたくない。

 だから、できあがったクッキーの中からできるだけおいしそうなものを選んで戸棚の中で見つけた薄紙で丁寧に包む。


 キッチンへ来る途中、昨日開けた大穴を見た。中庭へはきっと簡単に行くことができるだろう。

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