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14話※ 食事

軽度なグロテスク描写があります。

軽度じゃないと思われた場合はお知らせください。

 地下通路の先、儀式の会場で魔人はローベルトと対峙していた。

 魔人がいるからか、ローベルトは私に全くと言っていいほど関心を向けない。


 数分前、魔人の肩に担がれていた私は扉の先に進むやいなや、入口を少し過ぎたところで落とされた。


「そこにおれ」


 そう言ってローベルトの方へ行こうとする魔人の服の裾を掴む。


「待って、リュカを探したいの」

「‥‥好きにせい」


 それだけ言い残し、魔人はゆっくりとローベルトへ向かって歩いて行った。私は椅子の陰に隠れて、隙間から会場を見渡す。


 天井から下がる火のおかげで、なんとか物の位置がわかる。しかし、動いていなければ人影を探すのは難しい。けれど大体の位置は見当がついた。

 最後にリュカを見たのは寝台の上だったから、もしかしたらそこで拘束されているかもしれない。私の時のように。


「魔人! 裏切ったのか」

「子供のようなことを言うでないわ。ほれ、おとなしくそこで黙っておれば一瞬ですむぞ」


 ローベルトが叫び、大きな火球を魔人に向かって放った。しかしそれは魔人には届かず、一瞬で消えてしまう。

 火球自体はすぐに消えてしまったが、遅れてやってきた熱風だけでも私の皮膚をじりじりと痛いほど焼いた。そんなものを一瞬でどうにかできるなんて、本当にこの魔人は強いのだと心強く思う。


 これなら、ローベルトは魔人に任せて私はリュカ救出に専念できる。


「今までの恩を忘れたか。ここでどれほど人間を食わせてやったと思ってる!」

「忘れておるのは主じゃローベルト。互いに利用しあっておっただけじゃろう。わしがおれば他の魔人が来れんとな」

「そうだな。その通りだ。しかし、それでも貴様にはここが必要だったはずだ! 大喰らいめ‥‥!」

「わしが喰うに困らん大義名分、ご苦労じゃった。しかし飽いてしもうた。人間などつまらん。人間ばかりではつまらん。中でも貴様は実につまらんかったのぅ。しかしじゃ、主は楽しんだじゃろう。もう十分に」


 魔人と対照的にローベルトは走り出したようだ。暗闇の中、遠くで聞こえていた足音が消える。

 もはやローベルトは私のことなど忘れてしまったらしい。


 私は整然と並ぶ椅子の下に潜り込んで階段状になっている観客席をおりていく。

 手に持った石が邪魔で、その辺に捨てる。ここまでの道中で魔人がくれた光る石だった。


 石は握るだけで私の傷を癒してくれた。手の傷と肩が治り、足は完全には治らなかったものの、大分痛みが消えた。それでも十分だった。

 十分、動ける。


 真っ暗のホールに火球が飛ぶ。瞬きの間にそれは消え、魔人に届くことはない。

 火球の明かりで鮮明になったホールの、寝台の上に青い色を見つけた。それはリュカの服の色に思えた。


 やっぱり、寝台に拘束されているんだ!


「‥‥リュカ!」


 私は二人に巻き込まれないように慎重に寝台へ向かった。

 ときたま、ガラガラと岩が崩れるような音が聞こえ、頭上では火球が飛び、どこからか小石が降ってきて、砂煙のようなものが視界を塞いだ。砂煙を吸い込んでしまい、少しせき込む。


「ローベルトさん!」


 私の背後、入り口の方で声がした。フード男の一人が到着したようだった。


「お前ら! 魔人を殺せ! 裏切り者だ!」

「なん」


 男の声は途中で消えた。次いでもう一人が来た声がしたが、それもすぐ消えた。


「くそ! 化け物! 化け物め! なぜ今なんだ! これだけ食わせて、これだけ好きにさせて、俺がどれだけ贄を捧げたと思ってるんだ!」


 ローベルトの追い詰められたような声がする。火球がぼんぼんと連続で飛んだ。その位置関係でなんとなく二人の居場所を感じながら、私は進む。


「贄? あれがすべてわしへの供物だというならば話は違ったかもしれんのぅ。‥‥くく、っははははは! ままごとの言い訳すら稚拙でかなわんわ! 怯えるくらいならばおとなしゅうしとれば良かったのじゃ。人間ごときが。のぅ? そうじゃろう」

「私がすべて悪いというのか? ふざけるな! ヘリオンの地は偉大なる歴代城主達が築き上げてきた歴史ある地だ! この地に流れた血すべてが最高の魔術を極めるための礎なのだ! それが、くそっ! くそ! お前ら魔人のせいで!!」

「可哀そうに、可哀そうにのぅ。はっ! ははははは! そう怯えるな。わしは主と違って優しいでのぅ。苦しまぬよう楽に殺してやる。じゃからそう逃げるでないわ。待てというに」

「ふざけるなあああ!」


 何が起きているのか全く分からないが、火球で照らされる儀式会場がどんどんと跡形もなくなっていく。そのうち天井が崩れでもしそうだ。

 急がなければ。


 中央に近づくにつれて、ぐちゃりとしたものが増える。

 這うように近づいているから、その生臭い不気味なものにべちゃべちゃと触れてしまう。


 指先にべっとりと何か物体めいたものが付いて気持ち悪い。

 這うついでに床で拭うと、そこはぬめる水たまりだった。溶けかけのキャラメルみたいにべったりとしている。汚れが落ちたのか、汚れが足されたのかわからない。


 だけどもはやそんなこと、気にしていられなかった。中央の広間はもう目前だ。


「リュカぁ‥‥!」


 私はやっとのことで寝台へ、リュカのもとへたどり着いた。


「リュカ! 助けに来たよ‥‥!」


 寝台の下からだとリュカの姿がぎりぎり見えない。立ち上がろうにもまだ膝に力が入らなくて立てなかった。


 私は寝台の上で横になっているリュカに手を伸ばした。めいっぱい腕を伸ばして服の一部を掴んで、引く。どうやら拘束はされていないらしい。

 手繰り寄せるように、全身の体重をかけて引っ張った。


「りゅ‥‥」


 べしゃりとリュカが振ってきた。棚の上からものが落ちてきたような、そんな予想していなかった感覚にとまどう。それに思ったより、ずっと軽い。


「びっくりした。リュカ? よかった。拘束されてたわけじゃないんだね。ねぇ、リュカ」


 私はリュカを膝の上にのせ、体をゆすった。ぴくりともしない。


 触れた指がぬるりとしているのは、さっき水たまりに触っちゃったからだよね。他にもいろんなものを触ったから‥‥汚い手で触ってごめん、と思いながら必死にリュカを呼ぶ。


 心臓がどきどきとする。


「リュカ、起きてよリュカ?」


 なんだか、変だ。


 これ、 リュカ、だよね?

 別の人じゃないよね‥‥?


「りゅ、リュカ‥‥?」


 膝の上のそれを覗き込む。

 大きさと、手の感触的に、顔だと思うんだけど‥‥なにかが妙だ。そうだ、なんだか息をしていない感じがする。


 その時、ちょうど火球が頭の上を通過した。私が抱きかかえているそれを照らすように飛んで行って、消える。


 言葉を失った。


「ひ‥‥っ」


 一瞬見えたそれは、確かにリュカだった。


 だけど、けど‥‥。


 リュカの顔には、眼球がなかった。


 真っ黒い眼窩がぽっかりと開いた顔。けど、その帽子も服装もリュカのものだった。


「りゅ、か‥‥うそ。うそ、いや‥‥。いやぁーー!!」


 私の絶叫の後ろで、ローベルトも悲鳴を上げた。


「あぐぁあああ!」

「もう逃げられん。しまいじゃ、しまいじゃ」


 魔人の楽し気で穏やかな声が聞こえる。二人の追いかけっこももう終わる頃らしい。


 けど、そんなことよりも。


「リュカ‥‥! いや! 返事、返事をして‥‥っ!」


 震える指先でリュカの体を手繰る。すると細い体に突然ぽっかりと空洞が開いた。

 そんなわけないと思ったのに、火球が飛んでって私たちを照らした。


 ない。

 リュカの胸から下の、体がない。


 背中はあるのに、お腹の中がなんにもない。


「いや‥‥。そんな‥‥」


 死んでいた。

 リュカは、死んでいた。


「いやああああ!!」


 叫び、動かないリュカを抱き寄せる。

 まだ温かいのに、少しひんやりとした彼の体温を感じるのに。

 これは死体だ。


「いや、いや、いやぁーーー!」


 無我夢中で現実を否定した。否定したってなにも変わらないけど、受け入れるなんて到底できやしなかった。


 だってさっきまで生きてた!

 私を助けて、笑いかけてくれて、逃がしてくれた‥‥!


 なのにリュカのおなかの中が全部ない。


 ひどい、ひどい、ひどい!


 目もくりぬかれてる。


 ひどい、ひどい! ひどい!


 おなかも、目も。

 ローベルトが、あの男が、リュカをこんな風にしたんだ。


 地下の光景がフラッシュバックする。むごくて、残酷で、ひどいあの光景。

 私が恐怖した痛くて苦しくてつらい死に方。私が忌避した、嫌な死に方。


 そんな死に方を、させてしまった。


 こんな私を唯一助けてくれた、優しい友達に!


「魔人! そいつを殺してぇえ!!」


 のどから血が出るんじゃないかというくらい大きな、悲鳴に似た叫びだった。

 その声は会場中に響き渡り、反響する。


「もう殺しとる」


 頭の上の方で魔人の声が聞こえた。


 敵はもういない。

 やり返す相手はもういない。

 この気持ちを、リュカを殺された私の怒りをぶつけることができる相手は、もう‥‥。


「リュカ、リュカぁ‥‥! うああ、あああっ、ああーー!」


 私は死体を抱きしめて泣きじゃくった。

 行き場のない感情が悲しみとなってあとからあとからあふれ出てくる。あの時の、リュカにあたったあの時と似ていた。


 すると、突然呼吸がおかしくなる。


「‥‥ひぃっ、ひ、‥‥ひっ、‥‥っ」


 泣きすぎて、もう悲鳴だけのような声しか出なくなったんだろうか。苦しい。声というより、そもそも息ができない。


「泣いて叫んで‥‥喧しいのぅ。どれ、落ち着いて息を吐け」


 魔人が私の口を手で覆う。息苦しいが、しばらくすると呼吸が戻った。呆然とする私を残し、魔人は立ち上がった。


「さて、わしはここを掃除したら残りの飛び虫共を食い歩いてくるでの。その小僧も食うてよいか?」

「だめ! リュカは、だめ‥‥!」


 私は必死にリュカに覆いかぶさった。

 おなかを開かれた死体は生臭くて、最悪な臭いがして、勝手に吐き気がこみあげてくる。


 けど不快に思いたくなかった。だってこれはリュカなんだもの。


「あいわかった。ではしばらくそこにおれ。終わったら迎えに来るでの」


 魔人はそういうと会場を歩き回る。

 ゆっくりと歩いて床に落ちたものたちを拾い上げていく。何をしているのか、見ていなかった。


 私の視界には暗がりに浮かぶ白い死体、リュカの顔だけがうつっていた。


 やがて魔人も出ていくと、会場はしんと静まりかえる。

 ぼんやりと涙を流して、たまらなくなって叫んで、また静かに泣いて‥‥。


 血まみれの私は冷たいリュカを抱きしめたまま、暗闇の中で震えて、泣き続けて、いつの間にか意識がなくなっていた。


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